3/11『スーツ×水×メトロノーム』

お題『スーツ×水×メトロノーム』


 謎野映子は謎の美少女である!

 ひょんなことから住んでるマンションが全焼した俺は彼女の家に泊まることになる。のこのこと彼女について行った先にあったのはなんと想像を絶する豪邸だった。

 意味の分からないまま豪華な歓迎を受けた俺は意味の分からないまま一夜を過ごすのだった。


『あ、やっと繋がった! ちょっと! あんた家が全焼したんですって!? どうなってるのよ! 電話も繋がらないし! 友崎くんの家にも泊まってないって言うし、今どうなってるのよ!?』

 スマホを付けると真っ先に届いたのは口うるさい学園のアイドルこと愛取姫子からの罵詈雑言だった。今となっては内弁慶な彼女の罵詈雑言も懐かしく思える。

「静かにしてくれ。これでも俺はその、被災者なんだ。少しは労ってくれよ」

『あ、ごめん』

 わがままお嬢様も流石にこれにはしょぼんとした返事。殊勝なことだ。

『学校はどうするの?』

「今日は休むよ」

『そっか。色々大変ね。私に出来ることがあったら何か言ってよ。可能な範囲で助けてあげなくもないわよ』

「そこは助けてくれよ」

『どうかしら。私はあんたの彼女でもなんでもないからね』

「そうだな」

 そう、彼女は俺の幼なじみに惚れている。内弁慶で、勝ち気で、わがままでいい加減なお嬢様である。

『じゃあ、あんたにとって私は何?』

「悪友かな」

『なかなか言うじゃない。ちょっとはいつもの調子が出てきた?』

「ああ、元気を貰ったよ」

『で、話戻すけど、今あんたどこにいるの?』

「――豪邸でメイドさんに着替えさせられてる」

『え? ちょ、それどういう――』

 俺はスマホの電源を切った。

 着替えを終えるとメイド達は音も無く部屋から退室していった。

 外にあるあのふかふかの絨毯は足音を吸収する役目があるんだとなんとなく気づいた。「さて、行くか」




 メイドさんに案内されて昨日の食堂へと入る。

 そこで待っていたのは謎野さんと――いかめしい顔をした初老の男性だった。

 ぴっしりとしたスーツを身に纏い、まるでサンタクロースか何かのような白いヒゲを蓄えた鋭い目つきの老人。結構なお年だろうに背筋はまっすぐと伸びており、今もなお現役と言った雰囲気を醸し出している。

「初めまして、折野と言います」

「映子の祖父だ。話は聞いている。席に座りたまえ」

 昨夜とは打って変わって、俺は謎野さんの対面にあたるゲスト席に迎えられた。

「おはようございます。折野さん。よく眠れましたか」

 小声で謎野さんが話しかけてくる。

「……たぶん」

 眠るのは眠れたはずだ。

 だが、昨日何があったのかとんと思い出せない。

 というか、さっきまで同室にいたっぽいのに色々と白々しい発言だ。

「住む家が焼けたそうだが、これからのアテはあるのかね?」

 謎野さんの祖父が口を開ける。

「それは、その、親がなんとかすると思いますが、連絡待ちですね。この後父と連絡を取ろうかと」

「ふむ」

 謎野さんの祖父はじろじろと遠慮無く俺の身体を舐めるように見つめてくる。

 だが、このご老人も謎野さんの祖父だけあって吸い込まれそうな黒水晶のような瞳をしており、瞳孔に光がないように見えて色々と怖い。

「君が望むなら、ご家族で我が家にしばらく滞在しても構わない」

「……っ!? 何故?」

「部屋ならば空いている」

「しかし、俺は見ず知らずの人間ですが」

「なに、孫娘の思い人なのだろう? ならば他人というわけでもない」

 視界の隅で謎野さんがまぁ、と頬を赤らめる仕草をする。

 ――え? ちょっと意気投合くらいはしたけど、まだ出会って一週間も経ってないのだけど? そこまで俺は彼女に気に入られていたのか?

「それに――人が多い方が退屈はしない」

 にやり、と謎野老は笑った。

 やたらめったら意味深な感じの笑みはまさに謎野さんそっくりの笑みだった。

 部屋の隅にある時計の秒針の移動するカチカチカチカチと言う音がやたら耳に残った。秒針は進んでいるはずなのだが、俺の脳内ではメトロノームがチッコチッコチッコと左右に振れるばかりでどこにも行けずに右往左往してるイメージが湧く。

 破格の条件。

 こんな豪邸に住まわせて貰うなど、まるで夢のような話だ。

 こんなにうまい話はない。

 俺はテーブルの上にあるコップを手に取り、ゴクリとすべての水を飲み干した。

 心は固まった。

「お断りします」

「ほう」

 俺の発言に謎野老は片眉を上げる。

「理由を訊いても?」

「なんとなくです」

「ふむ」

「強いて言えば、あまりにも都合が良すぎる。ただより高いものはありません。

 あえて訊いていませんでしたが、この屋敷に滞在する、俺の対価があるんじゃあないですか?」

 俺の言葉に謎野老はにたぁとなにやらあくどい笑みを浮かべた。

「さぁて。ワシは何も君に求めるつもりはないが。のう、映子よ」

「ええ、そうですわ、お爺さま」

 謎野さんはあくまですまし顔だ。

「若いの。貰えるものはなんでも貰っておくべきではないのかね?」

「では、一日ください」

「ほう」

「親と相談します」

「なるほど」

 かくて、話は終わり、この後は三人で朝食を共にした。

 謎野家が何故俺を迎え入れようとするのかは分からない。

 だが、一度距離を置くためにも俺は豪邸を後にした。




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