3/10『裂け目×鳥×妖精』
お題『裂け目×鳥×妖精』
謎野映子は謎の美少女である。
ひょんなことから彼女と付き合うことになった俺は何故か家が全焼し、何故か彼女の家にお泊まりすることになってしまった。
彼女の家はかなりの豪邸で、メイドやら執事がずらりと並ぶ中、俺は謎野さんが手ずから向いたリンゴを食べる。
そして彼女はささやいたのである。
「浴場に行きましょう」
びっくりするほど大浴場だった。
お金取って商売が出来るほどの、大浴場が屋敷の地下に広がっていた。
壁の裂け目からは温泉らしきお湯がさあさあと止めどなく溢れ、流れている。
浴場の隅にはサウナや水風呂も完備されており、さらには露天風呂もあるようだった。入り口は地下なのにそんなものを用意しているということはわざわざ土地を掘り返したのだろうか。浴場のガラス張りの外には見事な日本庭園が広がっている。
「場違いにもほどがある」
しかも、最初はお付きの人が風呂にお供しようと言い出されたので流石に断った。恐ろしい話だ。
とはいえ、やっと俺は一人になれて落ち着く時間が貰えた。
なんというか、今日はいろいろな事があった。
マンションが焼け落ち、謎野さんの豪邸に連れられ、これでもかとおもてなしをされ――。
――なんなんだろうな。
こんなお嬢様がなんでまた俺に付き合うと言い出したのだろうか。いや、付き合って欲しいと言い出したのは俺の方だった……はずだ。
正直、彼女が俺にこだわる理由はよく分からない。
風呂に入りながら様々な思いが頭をよぎっていく。
だが、結局結論が得られないままに――。
「もしもーし、落ち着かれましたか?」
聞こえてきた謎野さんの声に俺は思わずびくんっと背筋を伸ばした。
――まさか風呂に。いや。この声の残響は。
俺は浴場の天井を見た。
隣の部屋との壁は完全ではなく、上で繋がっているようだった。
つまりは――隣に女湯があるのだろう。
意識した途端、隣の女湯でぴちゃぴちゃと響く少女の足音がやけに響いた。
ざぁぁぁぁ、と湯浴みらしき音がする。
「……あぁ! 最高のお風呂だよ!」
「それはよかったです」
壁を一枚隔てて一糸まとわぬ謎野さんがいる。
それを意識するとやたら気恥ずかしい気分になった。
「……俺はそろそろ上がるよ」
「そんな。もっとゆっくりしていただいて結構ですよ」
「ちゃんと身体も洗ったし、充分だよ」
「そうですか。着替えは外に用意させておりますので」
「ありがとう」
――謎野さんもちょっと大きな声を出すんだな。
そんなどうでもいい感慨を浮かべつつ、俺は浴場を出た。
そこには確かに真新しいトランクスとバスローブが用意されていた。
「…………バスローブ」
テレビなどではよく見かけるけど、人生で始めて着る。旅行に行ってもせいぜいが浴衣くらいしか着たことがない。
意を決してトランクスを手に取り、装着した。
――おぉ。
素材が違う。
細かい理由は分からない。だが、装着した時からびっくりするほどの柔らかな肌触りに思わず俺はぎくりとした。
――高級なトランクスの履き心地……これは異次元だ。
たかがぱんつの癖にこれ一枚を履いただけでなんだかとても心地よい気分を与えてくれたので高級品には高級品の意味があるのだと知った。
――このトランクス一体いくらなんだ。
なんとなく、聞くのが怖い。
心地よさに包まれつつ、俺は後ろ暗さを感じたが、そのままパンツ一丁で居るわけにもいかず、バスローブを羽織った。
――か、軽い。
バスローブは見た目よりもずっと軽く、肌もちくちくしないこれまた柔らかな肌触りだった。
「……金があるってこういうことなんだなぁ」
俺はため息をつきつつ着替え室から出た。
そこでには有野と呼ばれた老執事が直立不動で待ち構えていた。
「あの――」
「伺っております。こちらへ」
「はぁ」
こちらが何かを言うよりも早く老執事は俺を先導すべく歩き出した。
訳も分からずついて行くと、二階の、日当たりの良さそうな部屋へ案内される。
「本日は、こちらにお泊まりくださいませ」
「あ、ありがとうございます」
お礼を言うのが精一杯だった。
「では」
見る間に老執事は音も無く廊下の奥へ消えていった。
まるで幽霊か何かのようだ。
「……ふぅ」
通された客室はまるでホテルの一室のようだった。
冷蔵庫もあればテレビもベッドも完備されている。
そしてそのどれもがきっと高級品で統一されているのだろう。俺には判別がつかないが。
「寝るか」
テレビをつけてニュースでも見ようかとも思ったが、そんな気にならなかった、今はなんとなく、燃えてるものを見たくない。
ベッドに腰掛け、中に入ろうとして――。
「――おや、眠れそうですか」
背後から声がした。
振り向くと黒い闇が集まり、中からぬるりとまるで影から生まれたかのように謎野さんが姿を現した。
絶句する。
彼女は黒いシースルーの薄いネグリジェ姿だった。上からカーディガンを羽織っているが、なんというか俺の視点では下着姿同然にしか見えない。
「――何をしに?」
「眠れない夜のお供でもしようかと」
その片手にはグラスと、瓶がある。まさかお酒だろうか。そんなことはないと思いたいが。
「年頃の娘がそんな格好で男の前に現れるのはよくないと思う」
「あら、君は私よりも危険な男だって言うのかしら?」
「……それは、ないな」
くすくすと黒い妖精のごとき姿の謎野さんが笑う。
これは――俺に一体どうしろと言うのだろうか。
少し考えた後、俺は彼女に告げた。
「出て行って欲しい。今日は一人で寝たい」
「一人で眠るのは寂しいのでは?」
「別に、子供じゃあるまいし、むしろ今日は一人で寝た――」
「私はさみしいです」
俺の言葉に被せるように、謎野さんが告げてくる。
「な」
「私に添い寝してもらえないですか?」
「め、メイドさんとかに頼めば――」
「私は、君が良いんですよ」
むわっとした風呂上がりの少女の匂いが鼻先に広がった。
ずずぃっと謎野さんが距離を詰めてくる。
「まだ早い。お互いをもっと知ってからで良いだろう」
「それは、今から知れば良いことです」
つん、と彼女の細い指が俺の手に触れた。
「違いますか?」
――俺は。
気がつけば鳥の声が外で響いていた。
朝。
鳥たちのなく声が窓の外から聞こえてくる。
ベッドから身体を起こすと、隣には彼女の姿は――ない。
――記憶が。
昨日、彼女と話していたところまでは覚えている。
だが、不思議と途中までの記憶しか無い。
昨夜、何があったのか。
何も分からない。
ただ――ベッドの側には不思議と生暖かい人間の温度が残っていた。
数分前まではきっとここに彼女が眠っていたに違いない。
「……嘘だろ」
呆然とする俺をよそに、外ではチュンチュンと鳥たちの鳴き声だけが響いていた。
了
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