3/9『耐久テスト×街路樹×リンゴ』

お題『耐久テスト×街路樹×リンゴ』


 謎野映子は謎野美少女である。

 ひょんなことから彼女と付き合うことになった俺はこれまた不幸な事故により住んでるマンションが全焼した。

 住む場所がなくなった俺はなんやかんやあって彼女の家にお泊まりさせていただくことになったのだった。


「さあさ、折野くん。こちらへどうぞ」

 彼女に手を引かれて電車に乗って移動した先にあったのは郊外にある大きな大きな門だった。

 夜のせいか、門の外から中の様子はうかがえず、ただ門と壁があるとしか言いようがなかった。

「――ここが」

 もしかしなくても、彼女は結構良いところのお嬢様なのかも知れない。

 彼女は俺の手を握ったまま門へ近寄っていき、インターホンを鳴らす。

『はい』

「私です」

『かしこまりました。今、門を開きます』

 インターホンで返答した老人の声よ遅れてぎぎぃと門が自動で開き始める。

「いきましょう」

「……自分の家のインターホンを押す人初めて見たな」

「あら、そうですか。幼い頃からからこうなので気づきませんでした」

 門に警備員がいればまた別なのだろうが。

 なんにしても、ちょっとこれはおかしいな、と言う気がしてきた。

 門の中に入ると見事な街路樹がずらりと並んでいた。門が開くと同時に門から館への道が薄くライトアップされ、ちょっとしたデートスポットみたいな雰囲気を演出していた。

「……あれが、君の家?」

「はい」

 夜なのではっきりと見えないが、正門からライトアップされた道の先に見えるのはかなりの豪邸に見える。というか、正門から豪邸までにかなりの距離を歩かされる辺り、この敷地の面積がどれほどのものか思い知らされる。

 ――深窓の令嬢、というレベルじゃないぞこれは。

「お家が全焼してさぞ、心労がたまっていることでしょう。今日はここを自分の家だと思ってゆっくり休んでください」

「無理ですね、それは」

「あら、急に敬語。そんなよそよそしい」

「……なに、ちょっと緊張しただけだよ」

 屋敷の前に俺たちが立つと謎野さんが扉に触れなくとも向こうからぎぃぃと巨大な大扉が開かれた。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

「「「「お帰りなさいませ」」」」

 老執事が頭を垂れるとともに幾人もの使用人達が同時に頭を下げ、俺たちを迎え入れる。

「あら、皆さん。珍しくお揃いで」

「お嬢様のボーイフレンドをお招きするのです。当然のことです」

 ――よかった。普段はこうじゃないのか。

 とちょっと思ったが次の瞬間に今の俺はかなりすごい待遇を受けているのだと思うと色々と背筋が凍るような思いに襲われる。

「有野さん、食事の用意をお願いします」

「既に整っております」

「ありがとう」

 有野と呼ばれた老執事に礼を述べ、謎野さんは俺の手を握ったまま中へと引き入れる。

 玄関の正面から幾つかの階段を抜けて食堂らしき場所へと通された。その床にはすべてふかふかの絨毯が敷かれている。

「……そろそろ手を離しても?」

「ダメです」

 ぺろりと舌を出し、彼女は強引に食堂へと引き入れる。

 中は巨大な長テーブルがあり、白いテーブルクロスがぴっちりと敷かれており、等間隔に飾り物の花が並べられている。

 そしてあらかじめズラされている二席の椅子へと連れられ、俺は彼女と手をつないだまますっと椅子に座らされた。

 椅子に座った途端、どこからともなく現れた給仕達が音もなく皿を並べていく。

 ――これは、何かの耐久テストなのだろうか。

 庶民がどこまで金持ちの生活環境に耐えられるかどうかという。

 出されたのは意外にもスープとパンとサラダというまるで朝食のようなあっさりしたものだった。てっきり豪華なフルコースでも出されるのかと身構えていたのだが拍子抜けだ。

「家が燃えて、心労がたたっていると思い、消化の良いものを用意しました」

「そぉか」

 なんとなく返事も上の空になる。

「……有野さん、リンゴと果物ナイフをお持ちして」

「こちらでお切りすることも出来ますが」

「私が手ずから差し上げたいのです」

「失礼しました。野暮なことを」

 執事が手を挙げると奥から給仕があらわれ音も無くリンゴの載った皿を俺たちの前に置き、果物ナイフをその横に添える。

「さぁ、どうぞ、食べてください」

 そう言ってようやく彼女は握っていた手を離してくれた。

 俺は少しその手を見つめた後、やがて意を決して用意されていた布巾で手を拭いて、パンをかじった。

 それを見て謎野さんは静かに微笑むとリンゴを手に取り、しゃりしゃりと皮をむき始めた。

「意外ですか? 私とて女ですもの。料理の心得くらいありますの」

「いや、謎野さんはきっと料理上手だと思ってたよ」

「まあ嬉しい」

 見ているウチに彼女は皮を少し残してウサギの形にリンゴを切り刻み、皿の上に並べた。

「デザートにどうぞ」

「……どうも」

 正直なところ、味なんて何も分からなかった。

 ただただ非日常の空間に引き込まれた俺は、訳の分からぬまま、出された料理を無我夢中に食べた。

 家が焼けたこととは別に、生きた心地がしなかった。

 あるいは、もしかしたら俺はもう既に死んでいるのかも知れない。

 やがて、最後のリンゴを食べきったところで謎野さんの放った言葉に俺は急速に現実へと引き戻されることとなる。

「では、浴場へと行きましょうか」

「え?」

 そして俺の頭は完全に真っ白となった。




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