3/8『生活必需品×花×人形』

お題『生活必需品×花×人形』


「……マジかぁ」

 燃えていた。

 何が原因かは分からない。

 ただ、俺の家が――住んでるマンションがこれでもかというくらいに燃えていた。

 けたたましいサイレンの音。

 消防士達の避難誘導の声。

 物見遊山に集まった野次馬達の声。

 慌ただしくマンションから逃げ出してくる住人達。

 何もかもが現実離れしていて夢でも見ているかのような気分だった。

 放課後、彼女とたわいない雑談をした後、家に帰ったらこれである。

 夕暮れの住宅街でひときわ大きな炎を上げるかつて我が家だった建物。

 幸いにして日付が変わる前にはマンションの火事は収まった。

「……なんというか、あっけなく無くなるもんだな」

 生活必需品やら、お気に入りの本やプラモ、その他の諸々、思い出の品の数々。

 そのすべてがあっという間に失われてしまった。

「大丈夫か、折野」

 まっさきに駆けつけたのは幼なじみの友崎だった。

「一応、大丈夫だ。たぶん、な。ショックが大きくて細かいことを考えられなくなってるだけかもしれないが」

「そうか」

 友崎は多くは聞いてこなかった。こういう時、変にアレコレ聞かれることを俺が嫌いなのを親友はよく知っていた。

「今日、寝る場所どうする? ウチに来ても良いが」

「そうだな。親と相談して、他に候補がなければそれでもいいが」

 父と母は今消防士やら警察やらと色々と話している。火事は収まったが、大人は色々と後処理で大変らしい。もしかしたら親たちは順当にいっても徹夜で後始末なのかもしれない。

「お前ん家なら親も文句は言わないだろうな。今から近くの親戚の家に行くにはちょっと遠い」

「ちょっとお待ちになって」

 不意に、俺たちの会話に少女の声が割って入った。

 俺たちはマンションの近くにある消防士が用意した仮設避難所に座っていたのだが、夜の闇からぬるりと黒髪ポニーテールに黒瞳の少女が出現した。

「えっ?」

 突然の出現に友崎が驚くが、俺は気にしない。

「やあ、謎野さん。来てたのか」

「この度はご愁傷様。大変でしたね。彼氏の家が燃えたと聞いて私としても居てもたってもいられなくて、迷惑かもしれないと思ったのですけど、つい駆けつけてしまいました」

「ありがとう」

「え? え? ちょっと待って」

 俺と謎野さんの会話に友崎が割って入る。

「どうした友崎?」

「……彼氏? お前が? ということは……彼女はカノジョなのか?」

 家が全焼した俺以上に友崎が動転して謎野さんと俺を交互に見つめる。

「そう言えば、言ってなかったか」

「ふつつか者ですが、折野くんとお付き合いをさせていただいている謎野映子です」

 俺が紹介するよりも早く謎野さんが丁寧にお辞儀する。

「――――!?」

 俺の家が全焼したこと以上にショックだったらしく友崎は何も言わないまま凍り付く。

「えっと、こちらの方は?」

「俺の親友の友崎だよ。幼なじみで、ガキの頃からずっと一緒だった。幸い住んでる場所は離れたところにある別のマンションだったおかげでこいつの家は焼けなかったな」

「そう、それはよかった」

 と話している間に友崎がはっと正気を取り戻す。

「待て。折野」

「おう」

「――ちょっとこっち来てくれ。謎野さんは待っててくれ」

 謎野さんを俺の座っていたパイプ椅子に座らせて俺たちは仮設避難所から離れる。

「あの子は危険だやめておけ」

「……分かるか」

「分かるよ! なんだよ今の子! 全身から死の匂いみたいなものがぷんぷん漂ってくるぞ!こいつはくせぇ、生まれついての危険な女だ! て全身でアピールしてるような人じゃないか! あの人が悪人かどうか知らないけど、関わったらマズい人だってのは明かだ!

 なんだったらこの火事も――」

「おっと、そこまでにしておけ」

 まくし立てる友崎を手で制する。

「――すまない。ちょっと言い過ぎた」

「いや、お前の危惧も分かる。俺もちょっとあの子が現れた時に『もしかして』と思ったところはある。だが、思ってても口にはするな」

「…………」

「あの子が何者なのか、俺もよく知らない」

「え?」

「危険な匂いしかしないのも分かってる」

「え?」

「だが、そこが彼女の魅力だ」

「えぇ?」

「今のところ、別に彼女に関わったからと言って何か被害が起きたわけじゃない」

「家が全焼したじゃないか」

「それは彼女が原因とは限らないだろ」

「いやなんというか、不幸の人形みたいな瘴気が彼女からばっさりマイナスイオンのごとく漂ってるのに」

「それは認めるが」

「それは認めるんだ」

「証拠もないのに、今の時点で何かを言うのはダメだ」

「……それもそうか」

「今はただ、トゲのある花のような彼女を愛でるだけさ」

「……トゲのある花か……むしろ毒のキノコか何かだろう」

 彼女を毒キノコと呼ぶ辺り、俺と発想が被っている。さすが幼なじみか。

「分かった。彼女については俺も口出ししない」

「そうしてくれ」

 こうして俺たちは避難所へと戻る。

「ごめん、待たせた」

「いえいえ。大丈夫ですよ。私は出来た彼女ですから」

「…………」

 謎野さんの言葉に友崎は口をつぐむ。

「ところで、今夜は寝るところをどうするんですか?」

「あー。それなんだけど――」

「よかったら、私の家に来ませんか?」

「え?」「え?」

 俺と友崎は時間差ながらも同じようにきょとんとした。

 ――いやいや、いくら恋人とはいえ年頃の女の子の家に男子である俺があがる訳には。「ぜひ、お邪魔させていただく」

「折野ぉぉぉぉぉぉぉ!」

「まあ嬉しい! 是非来てくださいね」

「ちょっと待てちょっと待って! 折野冷静になれって! お前、いくら恋人だからって――」

「悪いけど、今夜はよろしく」

「はい、喜んで」

「うーそーだろー!」

 かくて家が全焼した俺は彼女の家に泊まることになったのであった。




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