3/6『規約違反×紫×穏やか』

お題『規約違反×紫×穏やか』


 謎野映子は謎の美少女である!

 年齢不明。この学校の生徒ですらないと思われる謎の美少女。

 黒髪を真っ赤なリボンでまとめたポニーテールのすらりとしたスレンダーボディの美少女だ。雪のように白い肌を持ち、なんだか浮き世離れした印象を持つ。

 だが何よりの特徴は、彼女のまとう不穏な雰囲気だ。

 彼女のその黒い瞳には光が見えず底知れぬ深淵の闇が伺える。

 まるで瘴気のような、「淀み」。

 もしも、傾国の美女というものが本当にいるのだとしたら、彼女のような存在のことを言うのかも知れない。

 そのあまりにも危険な匂いからして、彼女はどう考えてもお近づきになるべきではない危険人物としか言いようがない。冷静で、常識的な人間ならば回れ右をして去るべきだろう。彼女の毒牙にかかる前に。

 だが、その圧倒的な危うさが俺の琴線に触れた!!

 普通の女子ははいはいといなすこの俺だったが、見え見えの危険な女の姿にむしろ俺は気に入ってしまい、彼女に付き合って欲しいと交際を申し入れてしまったのだ!

 かくて俺たちは恋人となったのである!


「で、あんた恋人できた訳?」

 放課後の教室。

 帰ろうとしていたところ、俺は学園のアイドルこと愛取姫子に捕まっていた。

「安心しろ、ちゃんと出来た。これからデートだ」

「もう! やっぱりまだなのね早く恋人を――ってええっ!? もう見つけたの!?」

 学園のアイドルにあるまじきすさまじい形相で驚く愛取。

「うっそぉ! あんたなんかを好きになる物好きが居たの!? そんな馬鹿な!?」

「お前、人に早く見つけろ、と言っておきながらいざ見つけたらそのリアクションは酷くないか」

「いやいや、だまされないわよ。正直に言いなさい。今なら許してあげるから。意地張って彼女が出来た振りしてるだけなんでしょ?」

「お前より美人の彼女だ」

「はぁぁぁぁぁぁ? ざっけんじゃねぇわよ! 私より美少女がいる訳ないでしょ? 仮に居たとしても日本国内では私が一番かわいいに決まってるわ」

「まあ、そこは個人の価値観だからな。俺にとっては、彼女の方が美人だ」

「ちょっ、え? どうしたの? 折野? なにか悪いものでも食べた? トップスピードで惚気だして私がついていけないんだけど!!」

「悪いが、彼女を待たせている。お前と遊んでいる暇はない」

「いやいやいや。絶対嘘。嘘でしょ。そんな簡単にあんたが恋人なんて作れるはずがないし」

「仕方ない。会ってみるか?」

 俺の言葉に愛取は目をひん剥く。

「えっ!?」

 彼女はそのまま固まり、言葉を失う。

「いや、ちょっと待って、何言ってるか分からない」

「俺の彼女を紹介するぞ」

「あーあー! 聞こえない! 全然聞こえない! 意味分かりません! 日本語で話して貰えます?」

「…………どうしたんだお前?」

 愛取はいつになく混乱しているようだった。

 いつもの高慢ちきな態度はどこへやら。

 まるで幼稚園児か何かのように意味の分からない駄々をこねている。

「落ち着け、愛取」

「……分かった。ストップ。ちょっと待って。待って。お願い」

 俺の言葉にやや正気を取り戻したのか彼女は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 それを二度三度繰り返した後、ようやく俺の方へ向き直った。

「よし、完全に落ち着いたわ。会うわ。会ってやるわ。会ってやろうじゃない」

「こらこら、既に興奮が再発し始めてるぞ。

 いいか、ほら、俺の指の数見えるか? これは何本だ?」

「チョキでしょ」

「二本だよ! こういうときは二本って答えるんだよ! 変なボケはいらん!」

「ぷーっ、ばっかじゃないの」

「はっはっはっはっ」

「あっはっはっはっ」

「…………」

「…………落ち着いたな」

「ええ、完全に落ち着いたわ」

 彼女の言葉に俺は指をパチン、と鳴らした。

 途端、廊下の向こうから黒い靄(もや)のようなものが出現し、俺たちの周囲が突如として真っ暗闇と化した。

 だが、それも一瞬のこと。

 俺たちの周りが何もかも真っ暗になったと思った次の瞬間には何事もなかったかのように黒い靄は一気に晴れていき、いずこかへと消えていった。

 後に残されたのは、俺と愛取、そして俺の彼女こと謎野映子の三人である。

「うわぁぁぁぁっ! え? 今の何っ!?」

「気にするな。で、こちらが俺の初めての彼女、謎野映子さんだ」

「初めまして、謎野です」

「うえぇえええ!? いつの間に!?」

 謎の闇と共に出現した謎野さんを見て愛取は驚愕する。

「というか、今の黒い霧みたいなもの何? 何が起きたの? そういうの世界観的にルール違反じゃない? 絶対何かの規約違反でしょ?」

「あら、そんな些細なことどうでもいいではありませんか」

 興奮する愛取に対し、謎野さんはすまし顔で笑う。

「で、謎野さん。こちらはこの学園一の美少女を自称し、俺の親友を付け狙う愛取姫子さんだ」

「言い方っ! 明らかに言い方に悪意があるっ! 私と友崎くんの仲を取り持ってくれる約束でしょ!?」

「……まあ、そういう話もあったな」

「老人かっ!? そこ一番大事なところでしょうにぃぃ!」

「あらあら、この子が折野くんのご親友を付け狙う女狐なんですね」

「そ。昨日話した困ったちゃんがこいつだ」

「ふふふ、確かにかわいらしい方ですね。見ててとてもほほえましいというか」

「だろ? なんというかお子様なんだよな」

 と、俺と謎野は見つめ合い、笑い合う。

 仲睦まじく笑い合う俺たちを見て疎外感を感じたのかまたぶち切れる愛取。

「ちょっとぉぉぉ! 私を差し置いてよろしくやってるんじゃないわよ!」

「だって、俺たち恋人同士だもの――」

「「ねぇ」」

 俺と謎野の声がハモる。

 それを見てぴしぃっ、と愛取の中で何かがひび割れるのを感じた。

「負けた……なんだか知らないけど、負けた。悔しいっ!」

 彼女は紫色のハンカチを取り出し、んぎぎぎぎぃっとかみしめる。

「お」

「「お?」」

「覚えてなさいっ!!」

 首を傾げる俺たちを置いて愛取は猛ダッシュで廊下を走って逃げた。

「……あの方、なんだったのでしょう?」

「いや、俺にもよく分からん」

 これが、謎野と愛取のファーストコンタクトであった。




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