3/3『展覧会×川×サボテン』
お題『展覧会×川×サボテン』
「展覧会に興味はないですか?」
「ないです」
高校の帰り、俺は一人楽しく通学路を歩いていたのだが、川の前で変な女性に話しかけられていた。
「まあまあまあまあまあ。お姉さんを助けると思って一枚チケットを買ってはいかが? 今ならもう一枚無料でついてきますよ」
「それは……ただのペアチケットですね」
「一枚の値段で二枚分ついてくるならとてもお得でしょう?」
なんというか、道ばたでこういうチケットの販売をする人達はどういう事情でそんなことをしてるのだろう。正直まったく想像がつかないが、果たしてこんなことで客が増えると思ってるのだろうか。
「二枚に増えようが、行かないならゼロと同じですよ」
「行けば良いじゃない。無駄にしないためにも」
「そもそも、なんの展覧会なんですか? そこを説明せず展覧会いかがですかー、て路上販売してるのとても意味がないと思いますよ」
俺の言葉に彼女はぽんっと手を叩く。
「その発想はなかったわ」
「リアクションが古いですね。平成の亡霊ですか」
「うっさいわね。あんただって平成生まれでしょう?」
「コメントは控えさせていただきます」
「まさか、明治生まれとか言い出すんじゃないでしょうね」
「天正生まれです」
「嘘!? 四百年くらい前の生まれ!」
とっさに天正で四百年前と出るのはなかなか学のある人らしい。でも、こんなところでチケットの路上販売をしてる時点で知識を有効活用出来てない感が強いが。
「冗談ですよ。それは前世の話です」
「転生前の記憶がおありなので?」
「ちょっと信長を裏切ったりしてましたね」
「……ダメだ! 候補者が多すぎて絞りきれない!?」
「答えは――俺のチャンネルに登録して高評価ボタンを押してくれたら教えます」
「自分のチャンネル持ってるの!?」
「嘘ですが」
「うそーん!?」
派手なリアクションな人だ。
「まあ冗談はこれくらいにしておきましょう」
「え? 冗談だったの?」
「え?」
「え?」
「――なんの展示会なんですか?」
「あ、はい。サボテンの展示会です」
「サボテンの……展示会」
言われて想像してみる。
――無理だな。
「そんなものないでしょ?」
「あーりーまーすー! 名うてのサボテントレーナー達が育てた奇妙奇天烈摩訶不思議なサボテンたちの集まるドキドキの展覧会が、入場料五千円で大好評開催中です!」
「……五千円……高い」
そんなチケットを高校生に売ろうとするのはどうなのか。
「高くは……あるけど」
「そこは認めるんだ」
「ええ、そう。ぶっちゃけ入場料は馬鹿みたいに高いけど、本当に貴重な、日本では見ることの出来ない珍しいサボテンがきっちりした設備で完璧な状態で展示されてるのよ。
これは本当にすごいことで、日本でも数回しか行われてない、とても珍しいサボテンの展覧会なのよ」
「希少価値は高そうですけど、お姉さんはそのサボテンの展覧会を見て楽しめるんですか?」
「無理ね。あ、いや、その、私はサボテンとかトゲトゲして怖いし。見るのも嫌なの」
「はぁ。別にそれはいいですけど、チケットの販売相手には黙っておいた方が良いですよそれ」
――このお姉さんとことん接客に向いてないな。
「その、なんていうか、これは親切心からのアドバイスなのですが、転職を考えた方がよろしいかと」
「ちょっ! 私だって本来はこんなチケット売りなんてしてないのよ! 学芸員の資格もちゃんとあるし! ただ、このサボテンの展覧会、不思議なことにこの一週間で四人しかお客様が来られてないから、上がぶち切れてチケット売る為に事務所からたたき出されてるだけなんだから!」
「企画した人が腹を切って責任をとるべきでは?」
「ボスは腹を切りたくないから部下を全員かり出してるところなのよ」
よく分からないけれど、社会人は大変だ。
「なるほど。事情は分かりました」
「ええ? じゃあチケットを――」
「買いません。頑張ってください。ではでは」
「うぉぉぉぉぉ、待って! すさまじい連続バックステップで遠ざかっていかないでっっ!」
泣きながら追走してくるので俺は仕方なくバックステップをやめる。
「か、彼女とかいないの? 博物館デートとか最高じゃない?」
「居ませんよ。仮にサボテンの展覧会に行って盛り上がる女性いると思います?」
「そうね。居たらその彼女と付き合うのはやめた方がいいとお姉さん思うわ」
――そんなチケットを売るなよ。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう?」
「どういうの?」
「チケット屋さんに買い取って貰う」
「そんな足がつくこと出来ないし、差額分は確実に私が出さないといけないから赤字じゃない!」
「バレましたか」
「バレますよ。もっと真剣に私のこと考えて助けてくれる?」
「いや、ノリで話してましたけど、俺にあなたを助ける義理はないですよ」
「……バレましたか」
「バレますよ」
「あー、じゃあこのチケットを買ったら私とデートする権利をあげましょう」
「…………」
言われて改めて学芸員のお姉さんを見た。
茶髪を後ろで軽くまとめた、小柄で、童顔で、頼りなく、ノリのいい成人女性。なるほど悪いない条件に聞こえるかも知れない。
だが、俺は思わず首を横に振った。
「五千円でそれは、自分を安く売りすぎですよ。もっと自分を大事にしてください」
「がびーん! 高校生になんか諭されてるー!」
「今更そこにショック受けますか」
なんなら出会った時から俺はこのお姉さんを諭している。
「お願いよ。最低でも一枚は買って貰えないと私は今日帰れないの」
「確か、向こうに野宿するには良い感じの公園があったはずですよ」
「ひーん! アドバイスの方向性が辛辣!」
「はぁ……仕方ないですね」
半泣きになるお姉さんを前に俺は大きくため息をつく。
「え? じゃあ……」
――この手だけは使いたくなかったが。
「おさらばです」
俺は鞄を持ち直すと全速力で駆けた。
流石にヒールを履いた女性相手が男子高校生に追いつけるはずもなし。
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!! 待ってー! お願いー!」
背を向けてガチの逃亡をした俺に泣きながらお姉さんはついてこようとするがあっという間に引き離し、俺は彼女から逃げ切った。
「やれやれ、明日からはこの道を使えないな」
何の解決にもならないが――悪いけれど俺は彼女の家族でもなければ恋人でもない。助ける義理はないのだ。
優しい人にチケットを買って貰うのを祈るばかりである。
しかし、翌日人の良い俺の親友がサボテンの展覧会のチケットをものの見事に買わされているのを知る俺であった。
了
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