ワンドロ即興小説集2021年3月版

生來 哲学

3/1『加速×未来×糸』

「もう三月か」

「はあ? 当たり前でしょ。今まで何ぼさっと生きてたの?」

 俺の言葉にクラスメイトの愛取姫子<アイトル・ヒメコ>がぶつくさ言う。

 彼女は学園のアイドルと言われるほどの美少女であり、普段は人当たりも良い子なのだが何故か俺には風当たりが強い。

「なんだろうな。時間が加速してる気がする。気分的にはまだ高校一年なんだけど」

「なにそれ。一年間なにやってたの?」

「何もしてなかった。それに尽きるな」

「うわっ、寒い青春」

 俺のナーバスな心を愛取はあくまで切って捨てる。

「情緒のない奴」

「陰キャじゃないだけよ」

「そうだな。俺と違ってお前はいつだって挑戦し続けてたからな」

「そう! そうよ! 灰色の青春を送るあんたと違って! 私はずっと恋に生きてきたのだから! この一年間は濃密で! とても楽しいものだったわ!」

「まあ何の成果も得られなかったのだが」

「うわぁぁぁぁぁぁん」

 俺の言葉に愛取はびたーん、と机に突っ伏す。

 放課後の俺たち以外誰も居ない教室。

 俺たちは今日も無為に時間を潰している。

「だって! あの人! 全然振り向いてくれないんだもの!」

「まあ、そういう奴だからな。あいつは誰にでも優しい。特別はない」

「ぐぅぅぅ! 心が広すぎる。でもそこが好き」

 この女――学園のアイドルなどという二つ名からはほど遠いだらしがない姿で突っ伏すこの女は俺の幼なじみの男に恋をしている。

 だが、俺の幼なじみは強靱な朴念仁の為どのようなアタックも功を奏さず、ついには相方である俺を利用してお近づきになろうとしているのだが、今のところそれは上手くいってない。

「お前、友崎のこといい加減あきらめたらどうだ?」

「はぁぁ? なんでよ! 他の子に負けたわけでもなし、この学園で一番可愛いこの私が! なんで引き下がらないといけないのよ!」

「脈が感じられないから」

「ぐはっ」

「あいつはね。誰かを嫌いになることはないし、誰のことも好きだけど、特別になるのは難しいよ。お前なら幾らでも他にいい男を見つけられる。

 ちょうど高一も終わる。お前も二年からは新しい恋を探したらどうだ?」

 俺の言葉に学園のアイドルはぶすっとした顔で俺を睨んできた。

「嘘つき」

「……何がだよ?」

「彼の特別なら居るわよ」

「誰だよ? 家族は除くぞ」

「あんたよ。あんた」

 びしっ、と指をさされて鼻白む。

「え?」

 意外な答えに俺は思わず頭が真っ白になる。

「彼は何かあれば、他人のことよりも、親友のあんたを最優先にするのよ。家族のことよりも、女の子のことよりも、他のどんなことよりも」

「まあ、友達だからな」

「普通の友達は、学校を休んで病気の看病しにいったりしないわよ」

「……そうなのか?」

「そうなのよ」

 彼女の言葉に俺は今までのことを思い返す。

 小学校の時、あいつが学校を休んだ時は、俺も休んであいつの病気を看病した。

 中学の時、俺が病気で学校を休んだら、あいつも学校を休んで俺を看病してくれた。

 俺たちは当たり前のように助け合ってきた。

「ふつーじゃないのか?」

「ふつーじゃないのよ。

 言っとくけど! 私から見たら! あんたらは恋人じゃないだけで親友以上の関係なんだからね!」

 まさか自分と親友の関係に友達以上恋人未満のたとえが使われるのは完全に予想外で動揺する。

「え? 俺たちってそんなにベタベタしてるか?」

「してるわ。絶対に。少なくとも、私が入る隙間がないくらいにね!」

「なんというか、それはすまんな」

 正直身に覚えがないのだが、親友が彼女に振り向かないのは事実なので謝るしかない。

「よし、分かった。解決方法が」

「お、そうなのか?」

 唐突に何かをひらめいた愛取に俺は目をぱちくりする。

「あんた、恋人を作りなさい」

「は?」

「あんたが恋人を! 友崎くんより大事な人を作ればいいのよ! そしたら友崎くんも彼女探し始めるわ!」

「……そうか?」

 彼女の言葉はあまりにも飛躍してるとしか俺には思えない。

 だが、彼女はついに答えを見つけた! と言わんばかりに飛び跳ねる。

「そーよそーよ! なんで今まで気づかなかったのかしら! 簡単なことじゃない!

 私と友崎くんの恋愛に一番邪魔なのはあんただもの。

 とっとと退場して貰うに限るわ!」

「おいおい、せめてそういう言葉には本人の前で言うのやめろよ。腹黒い」

「何よ? この世から退場させないだけマシでしょ!!」

「うーんまぁ……」

 そう言われればそうかも知れないが。

「と、言うわけで! あんたには宿題よ!

 この一ヶ月で!

 高校二年生になるまでに恋をして! 彼女を作りなさい!

 そして私と友崎くんをくっつけるのよ!!!

 特に最後の! よろしくね!!! 一番大事だから!」

 なんとも強引な女だ。

「まー、別に俺は今彼女とかいなくてもいいんだが」

「あんたの意志なんかきいてないの!」

「ひっでぇ」

 顔を歪める俺だが、彼女の強い瞳は揺るがない。

 その大きな瞳はびしぃっと俺をとらえて命令してくる。

「どうせ、この一年間の思い出もあったようなないようなうっすい青春してたんだから!

 恋でもして色づいた人生をしなさい!

 あんたにとって、それは絶対にいいことなんだから」

「……まあ、いいか。他にやることもないしな」

「よーし、これで私とあんたと友崎くんの謎の三角関係も一気に解消よ! 人物関係の糸がほぐれるわぁ!

 バラ色の未来が待ってる!」

 両手をばぁんと挙げてバンザイする学園のアイドル。

 なんというかころころと表情の変わるその様は確かにアイドルと言う名にふさわしいかわいさがある。

「でもそうか……やってみるか」

 かくて、俺の恋人探しの一ヶ月が始まる。




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