第四十四話 人柱
強めの風が体全体を包み流す。まるでロープ一本で川の急流に耐えているような気分だが今の状況はそれよりも悪い。このまま男と一緒に落ちるまで耐えて見るか?それともロープを燃やし焦らせて反応を見るか?いやダメだ。それじゃ俺がどうなるか分からない…
生きる事と戦う…か。
俺は辺りを確認してみる。ロープに宙ずり、ここは五階。ふと下に視線を向けると四階の一室の窓が見える。これだ!俺は両手で握りしめている力を少しずつ抜き、四階の窓の高さまで下がる。そして足を振り子のように振ると窓に届きそうであった。よし!そう思った瞬間ロープがガクンッと揺れた。直ぐに五階の投げ出された窓の方を見上げると、そこには異常物体の男が上半身を乗り出しあの黒い
ガシャン!とガラスを割る大きな音をたて、飛び込んだ勢いで床に転ぶ。しかし窮地を脱した安心感に満足はしない。まだだ!俺は直ぐに起き上がり窓の外に垂れているロープを掴みなおし力一杯、全力で引っ張る!
「榊!もう一発だ!こいつを落とすぞ!」
”ああ、当然だ”
そう答える榊はライフルのスコープを覗く、五階の窓からロープで下に引っ張られ今にも落ちそうな態勢になりながらも必死に男は耐えている様子だ。先ほど須藤が四階に飛び移る寸前、炎でロープを焼き切ろうとしたのだろうか?それを見て直ぐに男の右腕を撃ったが…やはりダメージを負うのか。今は炎を出せていない?なら次は脳天にぶち込ませてもらう!榊は素早く男の頭に狙いをフォーカスしライフルの引き金を引く。しかしその刹那である、男は頭をぐるりと持ち上げこちらに顔を向ける。スコープ越しに男と目が合う。真っ黒の瞳でこちらを睨みつける表情を目撃する。何!?俺が見えているのか!刹那の思考、だが榊の引き金を引く指はもう止まらない。バンッ!と弾丸は発射されるがしかし、弾丸は男に目中せず付近のホテルの外壁に着弾する。
外した。いやそんなわけがない!榊は冷静にライフルのボルトを操作し排莢と次弾を薬室に送る。その間スコープから目は放さず、ずっと男を捉え続けているがやはり男は俺を見ている。そんな目で見つめても無駄だ。そんな事で俺の狙撃が狂うなんて事はないんだよ…俺の体はなぁ…そして榊は引き金を引く。だが放った弾丸はまたしても男から大きく外れて着弾する。
”須藤、男に弾丸が当たらなくなっている。射撃は続けるが何かに弾かれて弾道が変えられているようだ”
「なんだよそりゃ!くそっ!」
”気合を見せろ、お前はもう兵士だろ?”
「あん?うるせぇ!」
俺は力一杯ロープを引っ張り続け、手が滑るとグルグルと手にロープを巻き付け引っ張り直す。
「くそぉぉぉっ!!!」
俺は窓際の壁に足を立て渾身の力で引っ張った。それと同時に何発もの弾丸の音が規則正しいリズムで辺りにこだまする。
「さっさと落ちやがれぇぇぇ!!!」
そう叫ぶとロープの先に感じていた抵抗が無くなる。そして黒い影が目の前を落下するのが見え、俺は直ぐにロープを離す。ドンッと鈍い音がした。
「はぁ、はぁ、やったぜ…」
俺は割れた窓から地面に落ちた男の姿を確認しながら呟いた。男との戦闘は短い時間であったはずだが、とてつもなく長い時間が経過したように感じていた。後は杠葉を確認してこのホテルから撤退を…
「マジかよ…」
転落した男は起き上がる。まるで地面で軽く転んだかのように、よっこいしょと余裕で立ち上がる様子であり、高所から落下した者の動きとは到底信じられなかった。そして男は歩き出しまたホテルに戻る。
「ちきしょう!はぁ、はぁ…」
”やはり燃やすしかないようだな。奴はまたホテルの階段を上り始めたぞ”
俺は部屋のそばまで行き、振り返るとドスン!と膝を折り壁にもたれ掛かる。これだけの労力を注いでこの結果である。
「くそっ!これでまた初めからかよ!」
”イラつくな。よくある事さ”
「よくある?あってたまるかこんな事!また振り出しからじゃないか!」
”状況をよく考えろ。全く同じに戻ったわけじゃない”
「くそっ…ああ…」
”奴がまたくる、時間がない手短に状況の分析だ。オペレーター、この状況をどう見る?”
”現状、異常物体の排除を困難にしているのは須藤さんと同じ能力が使える事と目に見えない不可視の衝撃波の能力ですね”
”ああ、さっき撃った弾丸は全部逸らされた。恐らく須藤が外に吹き飛ばされた衝撃波の能力と同じだろうが脅威的な兵器だ”
「奴は幾つ能力が使えるんだ?」
”それは見当もつきません。まさかこんな事になるなんて…”
”まぁ作戦ってのはいつもこんなもんだ。それを後悔したってしょうがねえ、幸い相手は一人、まぁ裏にどんなヤバい組織が関与しているかは分からんがな”
兵器…組織…この時榊からの発せられた単語に何故か俺は違和感を感じていた。確かにこのホテル全体そして異常物体は人為的に作られたモノだろう。背後に組織、ホテルをリフォームした会社が恐らく黒幕なのも理解できる。しかしなんだろうかこの違和感は…
”背後関係は後程調査しますが、今直面している異常物体の能力、この二つの打開策が無ければ作戦遂行は困難でしょう”
”同意だな”
”有効な作戦が無ければ撤退という事も考えなければなりません…”
”・・・”
「・・・」
「いや!何かあるはずだ!そうだろ?榊!」
”あせるな、須藤。一つ疑問だが何故奴は最初から弾丸を逸らさなかった?”
「あ、ああ。部屋のドアの前では命中してダメージが確かにあったよな」
”そうだ。身を守れる能力がありながらそれを使わない、いや使えないと考えるのが正しいだろう。恐らくだが意識外からの攻撃に対しては通常の人間と変わらないんじゃないか?”
「確かに奴は機械じゃない、人に近い印象はある…」
”そう考えるとやる事は一つだ。お前が攻撃を仕掛け奴がお前に意識を向けると俺の攻撃が通る。俺の攻撃を防ごうとすればお前の攻撃が通る。こんな所か”
「なるほど、俺もその通りだと思う」
”となると作戦だが…、奴はまた杠葉の部屋に来るかどうか…”
その時俺は頭の中で何かの閃き、いや確信に近い何かに気づいた気がした。
「来る!間違いなく奴の狙いは杠葉だ!」
”須藤さん何か確証があるんですか?”
「確証…いや具体的には説明出来ないんだが、杠葉を見る奴の目は普通じゃなかったというか…」
”分かったお前の感覚を信じよう。須藤お前は今から急いで杠葉を背負って屋上に連れて行け、そこで仕留めるぞ”
「あ、ああ了解!オペレーター案内してくれ!」
”俺は武器を取ってくる。配置についたら連絡しろ”
「了解!」
急いで準備を進める。五階の部屋に戻るとまだ杠葉は意識を取り戻してはおらず意識の無い杠葉を俺は担ぎ、オペレーターの指示通りに五階からさらに階段を上り屋上を目指す。
”その扉の向こうが屋上に通じる階段です”
「了解」
俺は鉄の階段をガン、ガンと音を立て上る。意識の無い人間がこんなに重いとは、額から大粒の汗が階段に落ちる。
「くそっ、重いんだよあんたは…」
息を切らし足元を注視しながら階段を上っていると何かヒラヒラと風を切るような音が気になった。ふと視線を上の方に上げると空中にあの便箋紙が一枚舞い落ちてきていたのだ。驚きはしたが今では少し理解している、俺は躊躇なくその舞い落ちる紙を勢いよくつかみ取る。力が入り過ぎていたのか、くしゃりと潰れた部分を指先で広げながらそこに書かれた一文を読み始めた。
『4月1日 雨
はぁ~使えねぇ。あの新人使えねぇんだよな。教えてもらった事何も出来てないらしいんだよな。教えた先輩達が四苦八苦してるぜ、信じられるか?あれでオレと同じ時給を貰えるなんてよ。はぁ~あ、それに何故かあの新人、女従業員と仲良くしてやがるしあんな奴早く辞めねえかな。あいつが辞めればオレに仲良くしてくるはずなんだよなぁ。
くそっ!うざい、オレは週何日シフト入ってると思ってんだ?ここはオレのモノなんだよな、そうだこのホテルはオレの世界だ。それなのに全然思い通りにならねぇのはなんでなんだよ!くそ、また嫌がらせしてやるか。精々困りやがれ。』
俺が読み終えるとまたしても黒い霧のよな煙を上げ始めた。だが俺は素早く能力を使い激しい炎を纏わせその黒い霧を飲み込むが如く便箋紙を燃やし、それは灰となり燃え尽きる。そして手に残った灰を振り払うように右手を大きく横に振り炎を消すのだ。
この時、先ほどまで感じていた違和感の正体がはっきりと理解出来た。俺は背負う杠葉を持ち上げ直し屋上へ通じる扉を開けた。
「こんな奴にあんたを殺させはしない、ここで決着だ」
次回 【第四十五話 愚者と賢者】
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