第四十三話 兵士の掟
「やられた、くそっ!何でだよ!?」
”どうした?”
「回収したドリンクが、杠葉が…恐らく飲まされている」
”なんだと”
”え!杠葉さんが本当ですか!?”
「ああ、これも奴の仕業かっ、くそっ!」
俺は頭を抱えて考えるが、慌てながら手を動かす。体にカラビナを取り付けロープを通し窓からの降下準備を慌てながら進める。
”何をしている?”
「何って?撤退だ!杠葉を抱えて窓から降下する!」
”待て、今脱出しても杠葉は近いうちに死ぬ”
「そんなの分かんねだろ!敵が近づいてきてるんだぞ!」
”待て、須藤あせるな”
俺は部屋のベットを力一杯に押し動かし、窓のそばまで移動させ、ベット全体にぐるりとロープを巻き付け固定作業を進める。
「脱出したらっ、杠葉をっ、部屋に監禁すれば良いっ!そうすれば事故死なんてしないさっ!」
俺は荒い息遣いをしながら話す。
”それで病死は防げるのか?”
「・・・」
”杠葉の生存確率はどれくらい上がる?”
「知らねえよっ!そんなの俺に分かるわけないだろ!」
俺はマイクに向かって声を荒らげる。
”なら俺が教えてやるよ。お前は今現実が見えていない”
「なに…?」
”杠葉は死ぬんだよ。でなければ敵がドリンクを飲ませた意味がない。起きた結果から可能性が確定したな”
”そう、それもお前の勝手な行動でな。あの時杠葉の指示に従っていれば今頃は無事に回収していたはずだ。それはお前も気づいているだろ?”
「くっ…っ…」
”そして杠葉が死ねばこの隊は終わりだ。アーティクルへの対応、この異常な戦場で生き残れるのは俺達三人だけだ”
「それは…どういう意味だ!?」
”お前はホワイトキューブの犠牲者を覚えているか?”
「あ、ああ!確か…民間人の一家三人と警察官二人、後子供もだったか?」
”ああ、そうだ。その時一人生き残った母親が杠葉だ”
「なに…!?」
”アーティクルによって家族を失った、そりゃもう特殊能力者を憎むさ。それしかないからな。お前を隊に向かえるのも最後まで反対していたが…しかし、お前がホワイトキューブを消滅させたと知った時だ。何かが吹っ切れたのかもな杠葉は少し前に進む事を選んだ”
その話を聞いた時、俺は生まれて初めての感情が微かだが心の奥底に芽生えた気がした。そしてその芽生えは、時が経過する刹那の間に次第に大きく、得体の知れないとても大きな感情に変化し、俺の心はそれに飲み込まれた。
”奴は三階まで登ってきたぞ”
くそっ!俺はどうすればいい!今感情はぐちゃぐちゃで何を考えれば良いのか分からない!焦ってる?ああ!焦ってるさ!可能性を上げる?どうやって?いや。まず逃げ出さないと!くそっ!
「榊!どうやってここから脱出すれば良いんだ!どうすれば杠葉を救える!?」
”おちつけ!まずは呼吸をしろ俺が教えただろ”
「こんな時に何をっ…」
”いいから訓練の時のように呼吸をしろ!”
俺は言われた通り訓練中に榊から教わった呼吸法を思い出しながら深く呼吸し始める。大きく素早く鼻から吸い、長めにゆっくり口から吐く。そして無線機の向こうから低く落ち着いた声で榊は話し始める。
すぅーー、ふぅーーーー。すぅーー、ふぅーーーー。
”いいか?よく聞け。兵士は前進を止めない、そこに価値を見い出し勝ちを手にする為にだ、ダメージを受けて撤退など有り得ない”
すぅーー、ふぅーーーー。すぅーー、ふぅーーーー。
”腹が減れば蛇でもゴキブリでも食うしもっと残酷なモノもな。食えるもんは何でも食うんだよ。喉が渇けば泥水でもすするし、しょんべんでも飲む。そうして敵を殺すんだ、殺せば生きられる確率が上がる”
すぅーー、ふぅーーーー。
”死んで良い選択肢なんて無いんだ。兵士にはそれ以外は何も無い、生きる事と戦う”
すぅーー、はぁーーーー。
”今現状で杠葉の生存確率を上げるに為には何が考えられる?”
そう榊に問いかけられ思考し始めると、これは呼吸法のお陰だろうか?ぐちゃぐちゃした感情の中に隙間、心の
「ホワイトキューブ。奴はホワイトキューブと同じだった。人間なんかじゃない、いや生物ですらない、時間はかかるが奴は燃やす事が出来る」
”ああ、そうだ。奴と戦い排除しろ”
「しかしそれで杠葉が助かるのか?」
”分からない。しかしさっき言ったはずだ、可能性が1%でも上がるならやるしかない、オペレーター!という事だ、現時点から異常物体の排除を作戦目標とする。何か異議はあるか?”
”仕方ありません、了解しました。異常物体の排除をお願いします、今異常物体はどこに?”
”四階から階段を上り始めた”
「で、どうする?何か作戦があるのか?」
”そうだな、どれくらいで奴を燃やせる?”
「どうだろうな…ホワイトキューブの時は初めてで…時間がかかったが、だが今回はイメージを掴んでる。1分前後で恐らく…」
”1分か…奴がその間、何もせずみすみす燃やされてくれるとは思わんな”
「どうする?」
”奴に弾丸は効くと思うか?”
「分からない。だが、実体がありエネルギーがある。触れた感じ質量もある。撃たれて何も影響がないって事は無いと思うが、効果があるかはやってみなければ分からないだろうな」
”良し、なら試すぞ。動けない杠葉が居るその部屋での戦闘は避ける。奴が部屋の前、扉の前に来た時に急襲する。須藤は部屋の玄関前で待機、俺がライフルで狙撃し効果が確認されたら合図する、出てきて奴を燃やせ”
「了解」
”作戦はこうだが、戦場じゃ必ず想定通りには行かないもんだ。つねに心の中では上手くいかないと考えとけよ。それが生き残れるコツだ。奴はもうすぐ来るぞ準備しとけ”
俺は両手のグローブを外し、何時でも能力が使えるよう手を黒く変色させ準備を整える。そして部屋の玄関前で待機する前にベットに横たわる杠葉を確認する。
「作戦は上手くいかないか…そうだ、もしもの時の為に…」
俺は急いで準備する。
”奴が来るぞ!配置につけ!”
榊はライフルのスコープから異常物体を覗き無線で伝える。白いシャツに黒いエプロン姿の男は須藤達の居る部屋の扉の前まで歩いてゆく。
”この距離での狙撃ライフルの弾丸だ、人間相手なら即死だが…さてお前はどうなる?”
男は扉の前で立ち止まると、腕をゆっくり上げ部屋のインターホンのボタンを押す。暫くの沈黙が流れる、無論部屋からはなんの反応も無い。男がもう一度腕を上げてインターホンを押した瞬間である、榊は引き金を引いた。
ダンッ!と低い強烈な発砲音がホテル周辺に響き渡る。とほぼ同時に部屋の金属製の扉に男を貫通した弾丸がめり込む。
”初弾は目標の胸に命中…”
榊のその言葉の後を皆が聞き耳を立てて待つ。
”目標、態勢が崩れる。両手で扉にもたれ掛かる。どうやらダメージがあるようだ!念のためもう一発、男の左大腿骨と骨盤の辺りを撃ち動きを封じる”
榊はスコープ越しの目標に全神経を集中させ引き金を引く。ダンッ!
”次弾命中。目標は少し後ずさりしその場に崩れ落ちる。行け須藤!今だ!”
俺は合図を聞いて玄関から部屋の外に飛び出した。そこには膝立ちになって座り込む異常物体の男の姿、恐らく最初に撃たれたであろう胸を左手で抑えうつ向いていた。迷うことなく俺は右手で男の首を掴み握る。そして手から炎を燃え上がらせホワイトキューブの時のように握った手からエネルギーを混ぜ込むイメージをし始める。首を握られて上向きになる男の表情は無表情である。
”急げ須藤!ダメージはあるが弾丸の貫通した跡が普通の人間とは違う!穴が開いているだけかもしれん!”
無線で飛び込んでくる榊の声に返答する余裕は無かった。俺はただ目の前のモノを燃やす事に集中する。すると男の首から煙が上がりわずかながら手の炎が燃え移り始める。良し!と心で喜びと安堵を感じた瞬間、俺に握られた男の表情が変化した。男は笑う。それもヘラヘラと楽し気にだ、薄気味悪さを感じるがそれ以上にこの状況で笑う男に疑問を抱くがその答えは直ぐに分かるのだ。男は先ほどまでだらんと力を抜いていた右手を肘で折り曲げながら持ち上げる、すると男の右手が炎を上げて燃え上がり俺の首を目がけて伸ばしてくる!俺は予想外の光景と驚きのあまり掴んでいた男の首を離し、伸ばされた手を反射的に振り払う!
何故?これはどういう事だ!?
目の前に立ちはだかる男は右手に炎を燃え上がらせ、まるで鏡に映し出された自分の姿を見ているようで思考は混乱する。俺の能力をコピーした?それとも偶然?様々な憶測が頭の中を巡るが、瞬時に今しなければならない事に意識を集中させる。男の手を避けながらどうやって男を燃やすかだ。そしてその答えは格闘戦となる。
二つの炎がじりじりと近づく。俺が一歩進めば男も一歩と、そしてお互いが手を伸ばせば当たる距離で俺は仕掛けた。わざと大振りで派手に燃え上がらせた右フックを放ち。それに反応するであろう男の右腕、脇が開いた瞬間に本命の左のクロスで首を狙ってやる。しかし俺の思惑とは裏腹に男は俺の右の大振りのパンチにピクリとも反応しない。そしてそのまま右がヒットする瞬間、今まさに男の肌に触れるギリギリの所で俺の体に大きな衝撃、まるで交通事故のように車に轢かれたかのような衝撃に包まれる。俺は男の前から大きく跳ね飛ばされ、廊下を滑りながら壁に叩きつけられる。あまりにも大きな衝撃でぶつかった木製の壁はバキバキと割れ、俺は声など出せずただ歯を食いしばって衝撃に耐えるしかなかった。
「くっ…」
なんだ?今のは男の攻撃か?突然吹き飛ばされた…訳が分からない、殴ろうとしていたはずなのに、奴は…変な感じだ。頭をぶつけたか?
視線を上げると男は扉を開け部屋の中に入ってゆく、俺には目もくれずに。
”須藤!どうした!殴られたのか!?”
榊からの無線の声で少し現実に戻る。
「いや、殴られては…いないと思う。突然弾き飛ばされたっ…」
”動けるなら急げ!俺も別の狙撃ポイントに移動する!男は杠葉を狙っているぞ”
「ゆ、杠葉?あ、ああ」
俺は体を壁で支えながらずりお越し部屋に向かい一歩ずつ歩きだす。
防弾仕様の戦闘服を着てきて正解だったな、なければ骨が折れてる。この迷彩柄、紛れもなく俺は自衛隊員なんだな…自衛隊員が幽霊と戦うか?俺は何してんだ?
アメリカで暮らして…
戻ってきたら母親がくたばって…
そしたら手から炎が出て…
そうだ、俺の始まりは…
始まりは母親から逃げたところから始まったのか。
母親。母親、母親…
アーティクルによって失った。特殊能力者を憎むさ。それしかないからな。お前を隊に向かえるのも最後まで反対していたが…前に進む事を選んだ。
杠葉、そうだあいつはどうして戦ってるんだろうな。
その一つの疑問のような思考、それが思い浮かんだ途端、何故か意識ははっきりとしてきた。俺は壁で支える手を放して走り始め、部屋の扉を勢いよく開けて中に飛び込む。そこには杠葉が横たわるベットの足元にまで迫る男の姿。
「何もお前の思い通りになんかなんねぇ!」
何故俺はこんなセリフを吐いたのか分からない、ただ杠葉に近づこうとしていたこの目の前の男が嫌いで嫌いでたまらなかったのだ。怒りに似た感情が爆発し俺はその瞬間玄関近くにあるラぺリング用のロープの一端を拾い上げ、素早く両手で引っ張る。
引っ張るエネルギーを得たロープはまるで蛇のように跳ね、そしてベットの足元で作られていた大きな輪っかが男の腰の辺りに引っ掛かる。俺はさらに渾身の力を込めて引っ張る、輪っかはみるみる縮み男を拘束すると同時に態勢が崩れた。
良し、捕らえた感覚がある。重みが、実体が、その感触をロープ越しに感じた瞬間、俺は奴に突進し右手で男の首を掴もうと腕を伸ばした。しかしまたしてもである。得体の知れない謎の大きな力が全身を包む。俺は大きく弾き飛ばされ、しかも今度は部屋の窓の方向にへと…
ガシャンッ!!!
窓ガラスを突き破り、先ほどとは違う壁にぶつかる衝撃とは真逆の感覚、何も無い空間に飛ばされ、そして直ぐに重力を感じる。俺はホテルの五階から外に飛ばされていた。驚きと、焦りと、恐怖の
ロープ一本で宙づりになった俺は直ぐに考える。
次だ、次の最善の手はなんだ!
次回 【第四十四話 人柱】
関連情報紹介
【カラビナ】固定具の一種。開閉できる部品(ゲート)がついた金属リングである。現在は主に登山に使われる。ロープとハーネス、ハーケンやクライミングチョックなどの支点を素早く確実に繋ぐことができる。ジュラルミン製が主流である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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