第四十二話 無能の方程式
杠葉の体が宙に浮くと同時に傍に駆け寄る、だが俺の手は間に合わない。
連れ去られる杠葉を遥か上空に見上げながらその姿は闇の中に吸い込まれ見えなくなり、慌ててカウンターの男を確認するが男の姿も消失していた。
「くそっ!オペレーター!杠葉が連れ去られた!」
”杠葉さんが!?何があったんですか?”
「分からない!何か、シーツのような布が首に巻き付いて上の方に引っ張られて」
”今杠葉さんのボディカメラの映像を確認します”
「くそっ、どうする、くそっ!」
俺は階段の上と、辺りとをキョロキョロと見回す。
”落ち着け、須藤”
低く落ち着いた声で榊からの通信が入る。
”まずは現状の確認からだ。連れ去られる前の会話で大体何があったかは予想できる、須藤、杠葉が連れ去られた場所は分かるか?”
「おそらく一番上の階だと思う、でも上は暗闇で分からない」
”よし、なら階段で上がり確認して行け、エレベーターは使うなよ”
「あ、ああ」
そう指示され俺は螺旋階段を上り始める。まずは二階、いたって普通で特に異常は見当たらない。
”いいか、もしまたシーツで捕らえられたらお前なら直ぐ焼き切れる、あせるなよ”
「ああ!」
”杠葉さんのボディカメラ映像が映りました、ひどくノイズがあります、これは部屋?照明がついていない、どこかホテル内の部屋に居るようです!杠葉さんに動きはありません…”
「くそっ!俺のせいかよ!」
”オペレーター、須藤のボディカメラ映像を俺の端末に共有して映してくれ。後杠葉をモニターし続けておいてくれ”
”了解しました”
そして三階の踊り場に到達、周囲に人影が無いか確認しながら次の階への階段を上り始める。慎重に周囲を確認しながら登っているが、あせりと緊張からか思いのほか息があがり呼吸が浅くなっている事を感じる。
「四階に到着。ここも変わりはない、恐らく最上階の五階だと思う。ここから上の階は照明がついていない」
”ああそのようだな。外からも五階の廊下は太陽光だけで薄暗く見える”
行くしかないと腹をくくり、俺は懐中電灯を取り出し薄暗い階段を上り始める。
”オペレーター、杠葉の居る部屋は特定出来ないか?”
”暗くてノイズがあるので、どこの部屋かは…”
”一部屋ずつ調べるしかないか”
”はい、五階は特別室だけですので三部屋しかありません。他よりは楽ですが”
”仕方ない須藤一部屋ずつ調べるぞ。CQBの訓練を思い出せ。訓練どうりやればいい”
「いや…その必要は無さそうだ…」
俺はそう答え一旦立ち止まる。
照明が消え薄暗い廊下だが、まるで深夜の信号機の
「誰も来たりしてないよな」
”外から見てたが…それは無いな”
「杠葉はあそこか?」
”こうなれば、恐らくそうだろうがまぁ罠だろうな”
「どうする?入るか?」
”ああ、入る。中で杠葉を見つけたらその部屋の窓からラぺリングで直ぐに撤退しろ。窓からなら援護出来る”
「あ、ああ了解した」
榊からの指示に直ぐに答えたが実際の所、内心で迷いがあった。いや正確に言えば下から階段で上り始めた時からずっとだ、しかしここに来てこの状況、この状況は異常だ、どう考えてもさっきの男が関係、いや仕組んでるようにしか思えない。そうだ、何が待ち受けているか分からない部屋に一人で向かうよりも、杠葉には悪いが一度外に出て、装備を整えて、作戦を決めて二人で救出するのが得策なんじゃないか?俺は頭で色々考え自問自答しながも歩みを進め、502号室扉の前に立つ。
「部屋の中に入るぞ…」
”中に入ったら部屋の窓を全て開けろ、そこは角部屋だ”
「了解」
そして俺は扉を開ける為に、右手を伸ばし左足を一歩引いた。だがその時足で何かを踏んだ音がした。クシャッと何か紙のような物を潰した音がしたのだ。俺は反射的に動かした左足を見てみる。すると確かに俺の足、ブーツの下には一枚の紙が存在し、いつの間にか踏んづけていた。これは…
”どうした?”
「何か紙が落ちている」
俺は足をどけてその紙を拾う前に注視してみる。それはやはり便箋紙であるのが分かる。恐る恐るその紙切れを摘み確認してみる。
『12月25日 晴れ
はぁ、毎年この日になるとため息しかでねーよ。
どいつもこいつも楽しそうにしやがって、オレだって今年はいけると思ってたのによ、くそっ!いつもそうだ、いざ会うってなると消えやがる。オレがこのアプリにいくらつぎ込んだと思ってんだ、くそっ!くそっ!他にもっと良い出会い系アプリはねぇのかよ。オレはこんなにも努力してんのによ…!
見てみろ、今会計中の客なんかさ。あの年の差、ビジネススーツで休憩でさ。いかにも不倫だろ。今は何時だ?19時?ああ、なるほどね。丁度少し残業しててさーって言える時間だよな、不倫しといて家に帰れば家族と笑顔でクリスマスを祝うんだろ?
オレは違うね、こんなとこ来る客とはちげーんだよ、真実の愛だ。そうだオレはこんな偽物だらけの奴らと一緒なんかじゃねーよ。ああ、女が欲しい。まぁヤれればそれでいいんだけどな。こいつらもヤってるんだオレもヤっていいんだ。』
読み終えた瞬間またしても手に持っていた便箋紙は黒い煙を上げ始めた。俺は咄嗟に便箋紙を放り投げたが、その便箋紙は床に落ちるよりも早く薄暗い空間と同化するように消失した。
「何なんだよ、これは!榊、空閑見えたか?」
”紙自体は見えましたが、文字までは”
”同じくだ”
「くそっ!」
”恐らく異常物体に関係しているとは思いますが、戻ったら何が書いてあったか教えて下さい”
”アーティクルには洗脳するモノもある、あるいは精神攻撃を目的とした新兵器。用心しとけ”
「了解」
俺はなんだかイラ立った気分だ。再度502号室のドアの取っ手を握り、今度こそ部屋に侵入した。
中に入るが部屋の照明は付かない、薄暗く少しじめっとした湿度を感じる。最初に入った部屋よりも大分広い一室なのが玄関からでも分かる。俺は拳銃を構えながら部屋を警戒しながら足を進めると大きなベット、そしてそこには杠葉が横たわっていた。俺は部屋全体を確認後杠葉に駆け寄った。
「杠葉を見つけた!だが反応が無い」
”脈と意識を確認しろ”
「ああ」
俺はグローブを外して首の頸動脈に触れてみる。良かった、脈はある。しかし軽く揺すっても杠葉が起きる事は無かった。
「脈はある心臓は動いているが、だめだ!意識が無い!」
”待て、落ち着け。首をカメラで映せ”
俺は榊の指示通りボディカメラを手に持ち杠葉の首を映した。
”首を引っ張られたと言っていたな、絞められた跡はあるが必死にひっかいた爪痕は付いてない。大丈夫だ恐らく瞬間的に失神させられたんだろう”
「なら大丈夫なのか!?」
”ああ、
「ああ、了解した!」
俺は少し慌てながら部屋の全ての窓を開けて回り、どの窓からラぺリングで降りるのが良いか窓の下を何度も確認しながら部屋の中を歩き回る。その際ベットの端の方に膝を誤って大きくぶつけてしまう。
「くっ!」
ドンッ、と鈍い音が鳴るが少し遅れて、コンッ…コロコロコロ…
と、何か軽い物が床を転がる音が耳に入った。俺は不思議に思いその音のする方に膝をさすりながら移動し床に目をやる。すると床に何やら小瓶のような物が床を転がりそして壁に当たり止まる。俺はそれを拾い上げ確認する。これは?何か美容品とかの容器か?瓶…
その瞬間、俺はハッと気づき、脳裏に物凄いスピードで過去の映像が急流のように流れる。慌てて杠葉に駆け寄る、横たわる杠葉の腰ベルトに装備された小物入れを確認した。
無い。やはりあの小瓶はドリンクを回収した小瓶だ。
そして俺は横たわる杠葉の顔をふと見ると、開けた窓から入る外の光が丁度顔を照らしている事に気づく。そして口から何か液体が垂れたように濡れている光景を目にした。その刹那、まさかを想像しながらその垂れた液体を指先で触れてみる。サラサラした液体ではあるが粘着性、粘り気のある感触、これは紛れもないオレンジジュースであり、俺の想像したそのまさかは的中していた。
”おい、二階踊り場に例の人型異常物体が現れた。階段を上り始めたぞ”
その瞬間俺の心臓は、体全体が、張り裂けんばかりに脈動する。ドクッドクッと。
次回 【第四十三話 兵士の掟】
関連情報紹介
【ラぺリング】日本語で
【CQB】日本語で近接戦闘(英語: Close-quarters Combat、CQC または Close-quarters Battle、CQB)を意味し、非常に短い距離で複数の戦闘員の間に生じる、銃器の使用を伴う物理的な戦術的戦闘の事。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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