第四十一話 メッセージ

ホテルの部屋に入ると俺と杠葉は黒いウィンドヴレーカーを脱ぎ捨て、防弾ベストに戦闘服姿で探索の準備を始める。部屋の窓を全て開け、装備を確認する。


「オペレーターこっちは準備できたわ」


”了解しました。それでは作戦を開始します。動きがあるまでまずは待機していて下さい。情報通りなら直ぐに何者かがドリンクを持ってくるはずです”


空閑は基地のオペレータールームで俺達に情報や指示を出す。杠葉と共に侵入した俺は部屋の内部を観察して回る。


「確かに電気は通ってるな、それに水道も使える。本当に止まってるのか?」

俺は洗面台の蛇口から水を出して確認している。


”おい、間違っても飲むなよ”

その時、榊から通信が入る。


「分かってるよ」

俺は洗面所から出て部屋の窓の外を睨みつける。榊はホテルの敷地外50メートルほど離れた所に設置された足場の上から監視している。この足場は住宅建設用などで使われる鉄骨の足場だが、ホテルを中心に東西南北ホテルを囲むように六つの足場が局所的に組まれている。俺はそれらを窓から確認すると部屋の中心にあるベットに座る、シーツは真っ白でシワ一つなく、部屋もそうだが長く閉鎖されているはずがホコリ一つ落ちていない、そもそもこの状況が異常である。そんな清潔な空間が今は逆に居心地の悪さのようなものに感じていた。そしてそのまま数十分の時が経過する。


「まだかよ…」


「焦らない」

ソファーに腰かけた杠葉は腕を組んで落ち着いていた。


「あれじゃないか?やはり条件を満たしていないとか?俺達は不倫もしていないし浮気でもない。ましてやカップルですらないし、俺は独身」


「そんな事言い出したらキリがないわ、何をしたら浮気?キスしたら?手が触れたら?人それぞれの解釈によるわよね」


「あんたとなんて間違っても御免だ、抱きしめた途端、手足折られて気づいたらホテルじゃなくて病院のベットで目が覚めそうだ」


「あら、よく分かってるじゃない。けれども言ってなかったわね私は既婚者よ」


「まじかよ。奇特きとくな男がいたもんだ」


「それに、浮気の定義があるとしても、既婚者がラブホテルに入る、それで浮気じゃないなんてあり得るかしら?だから条件があるとしても十分満たしてるのよ」


「はっ、そうかい」


”仲良く不倫中のお二人さん、邪魔して悪いが今下の階で人影が一瞬見えた。白いシャツに黒いエプロンをしていたように見えた。例の奴かもしれない注意しろ”


「了解」

お互い軽口をたたくのを辞め真剣な表情に変わる。その瞬間から水面下で、作戦が開始された時からずっと感じていた緊張感というものが体を強張らせる。それと同時に部屋のインターホンが唐突に鳴る。


「インターホンが鳴った」

杠葉はマイクで報告する。


”予定通りですね。榊さん何か見えますか?”


”ああ、今移動して確認した。部屋の扉の前に従業員らしき男の後ろ姿だ。手にはお盆の上に乗せられたドリンクが二つ、武器らしきものは見当たらない。間違いない情報にあった異常物体だ”


「想定通りだな、俺が行く」


”くれぐれも慎重に”


「ああ」

俺は玄関の方に歩みを進め、少し離れた背後には拳銃を抜き構える杠葉、そしてホテルの外からは狙撃用ライフルで榊も扉付近を視認しているはずだ。大丈夫だ想定通り俺は自分を安心させるかのように現状を頭の中で再確認し部屋のドアを開けた。


開けて見ると一瞬でとてつもない恐怖感に襲われた。目の前に居るのは確かにホテルの従業員のような恰好した男だが、その顔、その目を見てしまったからだ。男の目は真っ黒であり、白目の部分が全くないまぶたの中が黒一色で塗りつぶされたかのような漆黒の目をしていた。俺はそれを見た瞬間、目の前の人物がこの世のモノではないという事を瞬時に理解し、それと同時に言葉に出来ない恐怖感が心を支配したのだ。そんな俺の様子とは関係なく、目の前の男はニヤリと少し口角を上げて笑顔を作るとこう話した。


「無料ドリンクのサービスです。よろしければどうぞ」


俺は無言で差し出されたそのお盆事受け取ろうと手を伸ばす。その手は少し震えていたかもしれない、そして受け取りもう一度顔を見るがやはり、何度もまばたきして見ても黒一色の目だ。


「失礼します、ごゆっくりどうぞ」


そう言い残すと男は扉を閉め。ガチャンと扉が閉まる音が鳴り終われば、そこには静寂が流れた。


”扉を閉まると同時に異常物体は消えた、まるで黒い水蒸気のようだった。他を確認してみる”

榊の無線からの声で我に返り、俺は手に持ったドリンクを部屋のテーブルに置く。直ぐに杠葉は拳銃をホルスターにしまい、持ってきたカバンの中からドリンクの回収道具を取り出し回収作業にはいる。


「見た目は普通のオレンジジュースのように見えるわね」


「あ、ああ」


”須藤さん異常物体の方はどうでしたか?触れてみて燃やす事は可能でしょうか?”


空閑からの問に俺は声を詰まらせる。当初の予定ではドリンクを受け取る際に相手の手、もしくは指先にでも少しわざと触れ、何か情報を探る予定であった。これは俺、みずからが提案したのだがいざ異常物体を目の前にしてみると恐怖心からか、防衛本能というべきか、異常物体に触れるという行動を避けてしまったのだ。


「いや…すまない、対象に触れる事は出来なかった」

俺は無線で全員に今さっき見たモノ、感じたモノを全て正直に説明し答えた。少し前の俺ならびびって触れられなかった事を正当化する理由を作り皆に話しただろうが、今では一緒にいる杠葉が、いや榊や空閑も含めて、命を失うかもしれない土俵に共に立っているのである。そんな土俵で嘘をついてプライドを守ろうとするなど愚かでしかない、いや生き残る価値すらないと思うからだ。俺の間違った情報のせいでもし誰かが…


「という訳だ、あれは人間ではないモノだ。燃やせるかどうかは分からない」

皆は特に俺を責める言葉は発さない、目の前の杠葉は黙々とドリンクの回収作業を進めていた。


”分かりました。須藤さんのボディカメラで異常物体を私も確認しています、何か情報が無いか後で確認してみます。第一目標は達成のようですし、杠葉さん回収は出来ましたか?”


「ええ、今完了したわ」

杠葉は特殊な形状の小瓶のような容器を腰ベルトに装着された小物入れに回収した。


”それでは第二目標、ホテルの情報収集に移ります。手筈通り二人は一階フロントスペースから探索を開始してください”


「ああ、了解した」


”初任務だ仕方ないさ”

そう最後に無線で付け加えた榊の言葉が俺の心に強く突き刺さる。榊がフォローの言葉を投げかける?ありえない。俺は心の中でクソッ!と叫んでいた、しかし直ぐに冷静さを保とうと感情をコントロールしようとする。しかしながらこの時の感情は紛れもない悔しさだけだ。そして俺と杠葉は前もって準備していたマスターキーで部屋のオートロックを開錠し部屋を出て、エレベーターで一階に戻った。エレベーターを出ると直ぐにフロントだがやはり人など誰も居ない。


「こっちよ」


杠葉はフロントカウンター横の扉を開け、フロントのバックヤード、内部に二人で足を踏み入れる。そこは想像よりも広く、洗濯機や乾燥機が何台も並んでおり大きな作業台を中心に棚にはぎっしりと様々な備品類の在庫が積まれていた。


「思ったより物が多いな」


「ええ、それじゃあ私はホテルの管理PCを調べてみるからあなたは部屋全体を、何か見つけたら無線で連絡して」


「了解」


俺は杠葉と別れて部屋の中を移動する。大きな乾燥機だ。ホテルってのは自前で洗って乾燥させてるんだな。畳みかけのタオル類が散らばっている。こっちの方は大した情報はなさそうだ、移動するか。


俺はキッチンに移動し周囲を見て周る。皿やグラスが棚に並びキッチン用品がズラリと壁に並べられている。至って普通のキッチンのようだ、そして銀色のステンレス製なのだろうか?大きな業務用の冷蔵庫を目の前にして足が止まる。ブゥーンと冷蔵庫の稼働音が耳に入る、それは耳鳴りのようで暫く聞いていると冷蔵庫から発っせられてる音なのか?定かではないような錯覚を感じ始めた。そこで俺はおもむろにその冷蔵庫を開けて見た。中には冷凍食品がギッシリと詰まっており、冷蔵庫ではなく冷凍庫だった事を知る。ラーメン、ピザ、から揚げ、ハンバーグと上から順に視線を下げてゆくとそこに一枚の紙切れが目にとまった。冷凍庫の中に紙?俺はそれを手に取ってみる。よくあるA4コピー用紙のように最初は思ったが、よく見て見るとそれは手で一枚破り取った、便箋びんせんノートの一枚のようであり、こう文章が書かれていた。


『10月26日 曇り

まただ、またオレのせいかよ。夜勤のやつらがまた文句を言っているらしい。オレは悪くないだろ、言われた通りしただけだ。いやいいどうせ奴らは文句が言いたいだけなんだ、ああ言い返すなんて馬鹿らしい。大体、真面目に?精一杯?そんな風に働いても貰える金なんて変わんねーよ。オレはあいつらとは違って賢いからな、要は時間さえ潰して時給が稼げれば良いんだよ。そんな事、ほんとオレ以外は馬鹿ばっかだなここは。ああ早く帰って酒が飲みたい。あの女、俺の送ったメッセージ返信きてるかなぁ、ああ金が欲しい』


「なんだこれ…日記…か?」


「何か見つけた?」

少し離れた所から杠葉が問いかけてくる。


「あ、いや。まぁ」


「そう。こっちも見つけたはこれを見て」

そう言われ俺は杠葉の居るフロント裏のPCデスクの方に移動した。


「なんだ?」


「これ」

そう言って渡されたのは一枚のFAX用紙だった。


『巫建設 リフォーム作業完了のお知らせ


拝啓、時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。平素は格別のお引き立てを賜り、誠にありがとうございます。


さて、下記のとおり書類を送信いたしますので、ご査収の程よろしくお願い申し上げます。今回のリフォームの完成度は格別と自負しております。これも御社従業員、彼との出会いは運命でした。彼も大好きなこのホテルで永遠働ける事を心から喜んでいる事でしょう。オンリーワンの我が社独自のノウハウにより世界で一つ特別な空間を提供出来る事をスタッフ一同誇りに思っております。なお、書類内容にご不明な点などがございましたら、お気軽にお問い合わせください。敬具



見積書 1枚


以上 』


「このかんなぎ建設って社名、事前調査で判明していた会社ね」


「ああ、確かこの会社のリフォームの後からホテルがおかしくなったとか書いてたな」


「オペレーター、例のリフォーム会社巫建設から送られてきたFAXを見つけたわ」

杠葉は自身のボディカメラに映るようにFAX用紙を見せる。


”よく見つけました、巫建設は警察や公安でも情報がほとんど取れていません。なにか手がかりになるかもしれません回収お願いします”


「了解」

杠葉はこのFAXを四角く四つ折りにしてポケットにしまう。


「そういえばあなたも何か見つけたんじゃないの?」


「あ、ああ。手がかりになるかは分からんがこれ、日記のような…」


俺は手に持っていた、先ほど冷凍庫の中から拾った便箋紙を杠葉に見せようと差し出した。杠葉の指が触れようとした瞬間である、その瞬間便箋紙から黒い煙のようなものが立ち黒い霧のような塊に変化し、それはまるで水蒸気が空気と同化するように俺の手から便箋紙は消失した。二秒ほどの出来事だろうか、それを目撃した杠葉は直ぐに反応する。ホルスターから拳銃を素早く抜き取り、構えながら瞬時にその場で部屋の中を警戒する。そして俺もやや遅れながら拳銃を構え、杠葉の死角をカバーするように警戒した。俺は急激な心拍数の高まりを感じる、耳の奥で心臓の鼓動の音が聞こえている気がするほどに。


暫くの間の後、無線の声が耳に入る。


”どうしました!?現状の報告をお願いします”


「今、目の前で異常現象が発生、攻撃か、何か分からない…周囲の安全を確認中…」


”了解です。榊さんの方は何か見えましたか?”


”いや、外からは今二人がいる部屋内部の状況は見えない。他の場所も何か変わった様子は確認出来ていない”


”了解しました。杠葉さん探索は一旦中止し外への脱出を提案します”


「ええ、その方が良さそうね。探索は中止します」


「聞いたわね須藤!これから周囲を警戒しつつ出口に向かう!私が先導するからあなたは背後を」


「了解」

俺と杠葉は銃を構え侵入した時の経路を辿りながらゆっくり戻り始める。さっきの黒い煙はなんだ?持っていた紙が消えた?起きたばかりの事が頭の中で何度も再生される中、バックヤードを出て玄関前の廊下まで進む、異常現象は起きない。


「このままホテルを脱出するわよ」


「ああ」


その瞬間である、フロントカウンターの奥に黒い霧のようなものが見え、それは人型に固まると、先ほどドリンクを運んできた従業員に変化したのだ。それはまるで客の帰りを見送るように立っており、やはりその男の目は漆黒の瞳をしていた。


「杠葉!男が現れた」

俺の言葉を聞いて杠葉は振り返り確認する。


「今は脱出を優先よ回収物を確実に届けるわ」


「あ、ああ」

二人は出口に向かって足を進める。


俺は男を睨み、銃を構えながら後ろ向きにゆっくり歩く。その時、突発的にある考えが頭に思い浮かぶ、このまま奴に触れずに戻って良いのだろうか?一度この疑問を考えるともうこの事で頭はいっぱいになった。そして考えたからには答えを出すしかなかったのである。後ろに下がる足を止め、そしてその足はそのまま前進に切り替わる。銃を構えながら近づき、カウンター越しの目の前にまで迫った。手を伸ばせば触れる距離。部屋で触れなかった自分の不甲斐なさ、悔しさが、出口の直ぐそばにいるという安心感が、榊に言われた言葉が、一体何が俺を動かしているのかは分からないが、今なら触れると確信していた。俺が離れた気配を悟ったのか杠葉が後ろを振り返る。


「何してるの!そいつから離れなさい!」


「だ、大丈夫だ」

俺は拳銃をカウンターに置き、右手をゆっくり男の方に伸ばす。


「馬鹿!今すぐ止めなさい!」


俺の手が男の手に触れる間際である、もうこの瞬間は杠葉の言葉などで止まるはずがなく俺は男の手に触れる。体温は感じないそして触れられても男は微動だにせず変化はない。俺は試しに能力を使ってみる、手を黒く変色させ、燃やす訳ではなく燃やすというエネルギーの流れをイメージし相手に流してみるのだ。そのエネルギー流れの感覚に集中する、そして一つの感覚を感じる。同じだ、ホワイトキューブの時と同じ感覚だ、エネルギーのぶつかりを感じる、あの時と同じようにエネルギーを混ぜればこいつも燃やせ…


俺は触れながらふと男の顔に視線を向ける、手の感覚に集中していた為気づかなかった。この男の変化に、男は笑っていたのだ。いや喜んでいる?まるで子供が新しいおもちゃを買って貰った時のように、純粋無垢の笑顔をしていた。この瞬間なにかとても悪い予感がし、直ぐに後ろを素早く振り返った。


俺が突然あわてて振り返ったので、杠葉も少し驚いた表情をしたが。


「戻りなさい!脱出するわよ!」

そう強く話す杠葉の頭上に白い影が見えた。


「おい、上!」

俺の指摘で杠葉が上を見るよりも早く、その白い影は杠葉の首に纏わり付きそれは真っ白なシーツである事に二人は気づく、瞬時にそのシーツは杠葉の首を締めあげとてつもない力で上空に体ごとひっぱり上げる、いやもはや飛んでいるに近い。俺はあわてて駆け寄るが杠葉は抵抗する間も無く、螺旋階段の遥か上、真ん中の空間から上空に連れ去られた。下から階段の上を見上げ奥の方は暗闇になっていて見えないが、最後に俺が見たのは一切の声も漏らさず首を絞められながら、悲痛な杠葉の表情だった。



次回 【第四十二話 無能の方程式】 

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