第四十五話 愚者と賢者

祖国を守る為…家族を守る為…俺は今日もライフルのスコープを覗きながら分離したたもう一つの意識の中で考える。お金を稼ぐ為…ただ命令されて…俺は今までいろんな奴を撃ってきた。そいつらの人生を終わらした、いやただ単に殺しだけだ。


「あれだ、見つけたぞ。砦の北西、大きな木の影辺り」

俺のすぐ隣で双眼鏡を覗く相棒に呟く。そしてその言葉を聞いた相棒も直ぐに確認する。


「なんともお粗末な事で…これじゃあカウンタースナイパーの意味ねぇじゃないか。敵スナイパーはこれで三人か」


「いいや、よくやっている方さ。反政府組織と言っても元は民間人がほとんどだからな」


「いや、でもよ、ほんと今回は正統政府、体制側について正解だったな」


「お前それ、基地内では絶対言うなよ?」


「あん?いいじゃないかどうせ日本語が分かる奴なんて誰も居ないさ。それに傭兵ってのはそんなもんだろ?」


「お前って奴は…目的を忘れるな」


「はいはい国防、国防。で、どうする榊?今処理するか?」


「いや、作戦開始時間を待とう。あと少しで始まる」


「そうか、これでやっとこの国での仕事も終わりだ」


大気は蒸れ、辺りの生い茂った草木全てがまるで呼吸しているかのようで、高湿度に包まれながら俺はじっとライフルを構えながらその引き金を引くのを待ち続けるのである。時折太陽の日差しが雲で隠れ薄暗くなる、そんな時相棒が口を開く。


「なぁ榊、日本に帰ったらどうする?」


「どうするも何も隊に戻って訓練するだけだろ」


「いや、そうじゃなくて…ほらっ!何かあるだろ?やりたい事とかさ?俺達何年もこんな生活してんだぜ?恋人とか…その結婚とか!」


「はぁ…お前またそんな話かよ。俺は特にねぇよ」


「お前が真面目過ぎんだよ!いいかぁ、俺は日本に帰ったらまず…」


ドォンンン!!!


その瞬間、前方で大きな衝撃音と共に爆発が起きる。


「おいおい、今日はやけに気合入ってるじゃねーか。作戦が始まったらしい、榊敵スナイパーを排除するぞ」


「ああ」

俺は狙いを定めるが…


ドォンンン!!!ドォンンン!!!


連続して強烈な爆発が立て続けに起き、その衝撃と爆風を体全体で感じた。


「おい!何かおかしいぞ!これは味方の攻撃なんかじゃない!」

相棒のこのセリフを聞いて、狙撃に全集中していた意識を俺はやっと解除した。そしてスコープから目線を外し空を見た。太陽光をギラギラと反射させ銀色に輝く、硬く大きな金属の塊はまるで稲妻のような轟音を響かせ、その瞬間俺達の上空を通過する。


「おい!榊撤退だ!あれはこの国の爆撃機じゃない!」


「待て!砦の攻略作戦は始まってる!敵スナイパーだけでも…」

俺は再度ライフルのスコープを覗きこみもう一度、狙撃に意識を集中させる。


「馬鹿!よせ!この作戦は何かおかしい!」

相棒は俺の肩を掴み止めようとする…



しかしそれでも俺は狙撃を続けた。一人、二人と引き金を引き、人の命を終わらせる。爆撃の轟音の中俺は、俺の心は静寂であった。そして三人目に狙いを定めた時、これで終われる。これで日本に帰れると思った。


そんな中、俺達の頭上に一発の爆弾が堕ちる。


運命を、いや人生を変える爆弾がである。


――――――――そして俺は今日いまも引き金を引くのだ。


ドンッ!!強烈で深い発射音と衝撃が銃床じゅうしょうを伝い俺は全身でそれらを受け止める。長めのまばたきをして一瞬脳裏に蘇った過去の記憶を封じ込め俺は無線機のマイクに叫んだ。


「須藤!今だ!」


階段から屋上に現れた異常物体に対物ライフルから放たれた大口径の弾丸が胸元の中心を打ち抜いた。その衝撃、ダメージは凄まじく異常物体は勢いよく後ろに倒れた。


その光景を目にし、榊からの合図を聞いて須藤は宙を舞う。――――――――


杠葉を担ぎ屋上に移動した俺は杠葉を離れた死角の場所に隠し、屋上の入り口付近にある給水タンクの上で待ち伏せていた。そして榊からの合図を聞いて奴の頭上に急襲する。風に吹かれ揺れる稲穂のように炎を纏わせ、給水タンクから着地すると倒れた奴に馬乗りのような態勢で覆いかぶさり燃えさかる両腕で奴の首を強く握り、一気に力を込めた。


黒いまなこがきりっと俺を睨む。強力な弾丸をくらい身動きとれないのか、そんな様子を見つめながら俺は目の前のモノを燃やす両手に全力を注ぐ。が、その時奴が登ってきた五階から屋上に通じる階段の方からバサバサと何かがうごめいている音に気付く、直ぐに視線を走らせると薄暗い階段の先の暗闇から突然白い塊が俺目がけて飛んでくる。その塊が顔面にぶつかり、その柔らかさそして石鹸のような柔軟剤の香りでその塊はシーツである。まるで魔法で操られているように自由自在に舞い、そして素早く俺の腕と腰にキュッと巻き付き、大きな力で引っ張られ奴から引き剝がされてしまった。


いく数人の人間に体中を掴まれているかのように地面を引きずられる。だが俺は何とか地面に手と足を着き、抗いながら両手の炎でシーツを焼き切る。腕に、腰にそして膝に巻き付いたシーツを燃やし拘束を解く。俺に焦りはない、適切に対処する。どれほど引きずられた?ついさっきまで手の届く位置にいた奴とは30メートルほどぐらい離されていた。そして奴はこの間に少し回復したのか、片膝をついて立ち上がろうとし、俺はさせまいともう一度距離を詰めようと一歩目を踏み出した瞬間である、どこからともなく表れた何枚かのシーツが宙を舞い俺と奴との間に浮遊し始めた。その様はまさに子供が想像する目と口の所に穴があいた”シーツお化け”そのものだ。そしてまるで奴を守る盾のようにフワフワと空中に停滞し俺の進行を妨げる様子である。


「はっ、なるほど…それがお前の次の手か…ほんと、お前はどこまでもだな」

感想、そう感想だ。俺はそれを口に出しただけである。そしてそれと同時に榊からの通信も入る。


「この状況、須藤やる事は分かってるな?」


「ああ、俺に出来る事はたった一つだ」


俺はそう言い終えると深く深呼吸した。

「すぅーー、はぁーー」


そして俺は渾身の力で地面を蹴り、駆け出した。距離は約30メートル、目に見える邪魔は五体、これらを掻い潜り奴を仕留める!俺が走り始めると直ぐに一番近くの”シーツお化け”が迫ってきたが、こいつは大丈夫だ。俺に襲いかかる目前にして榊の放つ強力な弾丸、対物ライフルから放たれたその弾丸は音速の三倍以上であり命中するとその衝撃波と共に瞬時に俺の視界から吹き飛んでゆく。そして俺は二体目に手の平で上で作り出した炎弾を放ちぶつけ。放たれた炎の塊はシーツにぶつかると激しく爆ぜ、燃え移ったシーツは操り人形の糸が切れたかのように地面に沈む。


その光景を目にしてか奴は右腕を上げる、それが合図なのかは分からないが残りの三体が同時に襲い掛かってくる。俺は両の手に炎を灯し迎え討つ。数歩の助走の後素早く二体の頭らしき部分を掴み燃やす。いともたやすく燃やし、その勢いのついたまま残りの一体には全体重をのせた蹴りを放った。まるでサッカーボールを蹴ったような感触であり、直ぐに蹴り足を戻しそのまま奴に向かってダッシュする。このままタックルを食らわしグラウンド勝負だ。


最初の弾丸のダメージから回復したのか奴は俺を睨みつけ、俺が攻撃するのを待ち構えている様子だ。今だ榊!俺の心の声に呼応するかのように弾丸が空気を切り裂き地面をえぐって着弾するのが見えた。奴にダメージは無いようで榊の居る、撃たれた方向に奴は顔を向けている。そして信じられない光景だが、恐らく榊が続けて撃った弾丸。その弾丸の弾頭は映画のスロー演出のようにグルグル回りながら空中に停滞し、まるでそこに金属の壁があるかのように弾かれ奴からそれて弾着したのだ。これが衝撃波の正体なのか…しかし今なら…


今だ!奴が榊の狙撃に気を取られている隙に俺は勢い良くタックルし、またしても馬乗り状態のマウントポジションを取る。これで何度目だろうか?俺は左手で奴の右腕を抑え、右腕で首を掴み燃やそうと必死に炎を灯す。額から汗が流れ落ちる、今度こそ、今度こそ燃やして終わらせると目一杯全身の力を使っていた。しかしこれも何度目だろうか?奴の口元、口角があがりニヤリとした表情に変化し、そんな時無線機から声が鳴る。


”くそ、何しやがった!黒いインクをぶちまけられたみたいに目がはっきり見えない!”


目だと!?こいつあの瞬間に榊に何かしたのか?また新しい能力か?俺は思考を巡らすが、ダメだ!今はこのチャンスに全力を注ぐんだ。俺は榊からの通信に返答する余裕はなかった。すると奴はニヤリとした表情を崩すと、左腕で首を掴んでいる俺の右腕を急に掴み、首から手を引き離そうと力を込めると同時に炎を灯した。どうやらこいつも、いよいよ余裕が無くなって来たか…?どちらが手を離すか我慢比べか…


奴に掴まれた箇所が次第に高温になってくるのを感じる。本来、この能力を使う時黒色に肌が変化した腕は熱さなど感じず、自分の能力で自滅する事は無いのだが、こいつの能力の場合はそうは行かないようで俺はこれからさらに熱くなる事を予想し、奥歯ぐっと噛んで耐える。だがとてつもない熱さを感じ始め次第に俺の首を掴む力が弱まってゆく。決して力を抜いている訳ではない、腕の感覚が薄れてきているのだ。そんな俺の変化を読み取ってか奴は、俺の抑えていた左腕を振り払い、一気に上体を起こし、逆に首と握った左腕で俺を押し返して来た。倒されまいと必死に耐えるが、燃やされる熱さに耐えるので精一杯である。そして、余裕が出来たのか奴はまたニヤリとほくそ笑むのだ。


しかし俺は諦めない、首を掴む箇所が赤く変色し始め僅かに煙が立ち始めている。俺に掴まれている部分はかなりの高温なはずであり、感覚として燃やしている手ごたえもある、もう少し、もう少しで…。だが奴から黒い霧のようなモノが立ち始めた。その霧状のモノは粒子となり粒になり、そして大きな人型の物体が成型された。


「くそっ、何でもアリかよ…」


奴の後ろにもう一人、瓜二つの男が現れたのだ。そしてそいつも手に炎を纏い俺の方に迫ってくる様子だ。その絶望的な光景と相まってか奴を燃やそうと掴む右腕と俺の心は限界が近づいていた。奴に触れられた部分からは赤い火付いており皮膚が、いや肉が焼かれているのが分かる。振り払って一旦仕切り直すか?いやそうすべきだ!俺の脳がそう答えを出し訴え懸けてくるが何故か掴んだ手を離す行為に移れない…


この瞬間、頭と心で答えが違っている事を俺は悟る。


何故だ?何故なんだ?そんな漠然とした疑問を抱きながら、微笑み余裕の表情を浮かべる奴の顔を見た時、脳裏に様々な記憶がフラッシュバックした。


榊…、杠葉…、空閑に牧島…


アーティクル、訓練の日々…


そして最後に行きついた記憶は初めて降下訓練をした時の映像であった。


ああ。そうだ世界はこんなにも広い…


なのに俺はまだまだ何も知らないじゃないか…


そうだ、俺は小さな存在だ。ならこの目の前の奴は?俺以下のこいつはじゃあ何なんだ?それに負けるのか?俺が?俺達のチームが?


そんな分けあるか!!!


はっ、と我に帰りそして俺は既に感覚の無い右腕に全力の力を込めた。


そして叫んだ!


「榊!こいつはお前らの思っているような兵器じゃない!こいつは…ただの大人になれなかった子供だ!」


俺は叫び終えると奴の黒い眼を見つめ、そして俺は目を瞑り心で語るのだ。もう刺し違えてもこいつを燃やす。こいつだけは…自身の中で確固たる覚悟が成立する。もう頭と心での乖離は起きていない。心で整理がつくと俺は目を開き、持てる全てのエネルギーを右腕に注ぐ。奴の首元から炎が燃え上がる、あともう一押し!あともう…


しかし目の男が目前に迫り、炎を灯したその手が目前に迫る。さらに、俺の腕からも炎が上がりそれは肩にそして顔へと…


「くっ!ぬあああああああああああ!!!」


俺は叫んだ。その瞬間何かの影が素早く視界の隅で動く。それは瞬く間に目の男に組み付く、そこには杠葉の姿があった。杠葉はジャンプすると男にカニばさみのように左右の足で胴に飛びつき、捨て身の投げ技を繰り出し地面の上を転がりながら奴の燃える腕の関節をキメ、取り出したコンバットナイフで男の首を深々と突き刺した。


「今よ!!!」


その杠葉の言葉と呼応するかのように一発の銃声が響く。放たれた弾丸は的確に俺の腕を掴んでいる奴の腕だけを吹き飛ばした。まるで針の穴を通すような正確さで重なっていた俺の腕には掠りもしない、そして俺は最後の力を振り絞り全力で能力を使った。


「燃えろぉおおおおお!!!」


奴を掴む炎は激しく燃え上がり、その色は次第に赤から紫に、そして青白く変化しまるでジェット機のエンジンのように吹き出し奴の首から上を包み込みながら燃えた。すると奴は全身から力が抜けたかのように膝から崩れ落ちた。それと同時に杠葉が拘束していた目も霧のように消滅し始める。俺は掴んでいた手を離し奴だったモノを傍観する。灯した炎は全体へと燃え移り、遠くに見える日没間際の太陽と同じようにゆらり、ゆらりと火を揺らしながら次第に燃え尽きてゆく。


俺は息を切らしながら伝えた。

「異常物体を排除した…」


”は、はい、確認しました。調査を中断し撤収して下さい”

無線でも分かった、空閑は言葉を詰まらせながら、声を捻り出しながら答えていた。


俺は全身の力が抜けその場にへたり込む。


”よくやったな須藤。こちらも撤収する”

榊からの無線を聞いて俺は、俺は真上の空に向けて声に鳴らない大声を天高くく叫んだのだった。



次回 【第四十六話 インシデントアーカイブ】

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