第十一話 その偽善の先にあるもの

風を切る音、体全体に伝わる振動そしてヘルメットから見る視界、何もかもが懐かしい。また戻ってきてしまった、人間は簡単には変われないという事を痛感する。


「ここは問題なさそうだ…」

地図に記しをつけ次の目的の場所に向かう。


あいつの犯行と思われる事件が起きた場所を起点にし、さらに地元の警察が発信している不審者情報を含めあいつが現れそうな場所を周り、条件に一致しそうな場所を絞り込もうとしているのだ。事件発生現場はどれも幹線道路に沿っている特徴があるので、あいつも何か乗り物で移動している可能性が高い。もしかすると仕事と関係している可能性もある。様々な可能性が考えられるが、それら一つ一つの可能性を潰していく。そして最も可能性高い推理を軸とし、後は執念だ。幸い俺は顔や風貌をこの目で見ているので、目にさえ入れば分かるはずだ。


「今日はこの場所で辞めて帰ろう…」


あれから数週間こうしてほぼ毎日深夜にバイクを走らせ、巡回と独自捜査を行っている。今日も空振りだ、俺は家に着くとスーツから着替えた。ビジネススーツ姿で行っているのは、万が一警察沙汰になった時仕事帰りに巻き込まれたと言い訳しやすいようにだ、それにまた掴まれて燃やされてもジャケットならすぐに脱ぎやすい。そして念のため、このジャケット、ワイシャツ、ズボンには耐火、防炎スプレーを吹き付けてある。ホウ素系化合物の一種でこれを塗布されているものは、まず燃えない。紙ですら燃えなくなる品物だ。


そして腕とシャツの下と下半身には、バイク走行の時に着用するプロテクターをコンパクトに身に着けられるよう加工し身に着けている。外部からの衝撃を受けると瞬時に硬化するウレタン系素材であり、例え金属棒で殴られてもこれで大丈夫だろう。今ではこういった瞬間硬化素材も簡単に手に入る。


もちろん話し合いで説得するつもりだが、相手にその気はないかもしれない。その時は、この結束バンドで拘束し捕らえ警察に通報させてもらう。俺はあいつを止める覚悟を決めた。そのためにバイクをはじめこれらの装備を実家に取りに戻り用意したのだ。しかし、見つけられなければ意味がない。あいつは一体いつ何処に現れる。ヒーローものの漫画や映画などの悪役は向こうからやって来るが…


現実で一番必要な能力は悪党を見つける能力だ。ただただそれに尽きる。現実にスーパーヒーローが存在しないはずだ。やってみれば分かる、捜査権限がない一般人は悪と戦う手前で頭打ちだ。


しかし文句を言ってばかりでは仕方ない。地図を広げ今日の調査結果を分析する。

これで尼宮市は全域回った、後は分析して可能性が高い場所を数カ所に絞り込み巡回するだけだ。これで見つからなければ…


ダメだ疲労で目が重たい、明日も仕事だ今日はもう寝よう。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっと病葉くん、帰る前に要件があるんだけど」

終業時間になって会社の上司に呼ばれた。


「きみ確か去年、松澤の会社のとこで合同教育研修行ってたよね?」


「あー、はい行きました」


「なんでも松澤の方から研修経験者からアンケート答えてくれって書類きてるのよね、だからはいこれ、簡単だから今すぐ書いて提出してよ」


「分かりました」


俺はそのアンケート書類を書き始めた。


“あなたは松澤エレクトロ二クス製スマホを使っていますか?”

“いいえ”


“いいえ、と答えた方はその理由をお書きください”


なんだ、面倒くさいな。早く終わらせて捜査に行きたいのに。

あー、ん~


“黒色がないから”


他もありふれた質問ばかりだったが適当に答えアンケートを書き終えた。

最後に生年月日と所属部署と名前を書き、上司に提出した。


「あ、ありがとね。お疲れー」


「はいじゃあ、お疲れさまでした」


会社から帰り、コンビニで買ったおにぎりをかじりながら、今日の分析と巡回コースを考えていた。今ある情報をリンク分析すると、あいつは秩序型犯罪者だ。一般的社会に溶け込んでおりなおかつ外見はきちんとしていた。犯罪の引き金は精神疾患ではなく、人格障害の可能性が高い。しかし放火となるとまた違う可能性もある、別説では放火癖は精神病理の一種とも考えられている。


いや、近くで仕事をしていると想定し今の時間帯は幹線道路を巡回しよう、深夜になってからはここと、ここを回ろう。今日の巡回プランが決まり、服を着替えバイクのエンジンをかける。


「見つかるか…」


ぽつりと独り言を呟きアクセルを回し、ヘッドライトの洪水の中へと飛び込む。しばらく道路を走り回り、それらしい車の運転席を確認するが見つからない。いや、見つかるはずもないこれだけの車やバイクが動いているんだ。


いやしかしもう少し頑張ろう。不審者を探す、こんな風に日々走るのは警察か俺ぐらいだろう。そして長い事こんな事をしていると本当に不審者が見つけられるようになるのも事実だ。車の運転にはその人の性格が色濃く表れる。加減速の仕方、ウインカーの出すタイミングそれら全てに性格が出るのが分かる。そもそも車種で大体わかる、例えるなら車種はSNSでいうアイコンであり運転の仕方はツイート内容そのものだ。この例えをぜひ、警ら隊員に聞かせて感想を聞いてみたい。俺の能力が証明されるはずだ。しかしこう交通量が多いと狙った一人を見つけるなど、本当にできるのか?俺はそんな自問自答を頭の中で繰り返していた。


お、前の信号が赤に変わった。シフトダウンしエンジンブレーキをかけ止まる態勢に入った。しかし隣車線をかなり早めの侵入速度でブレーキングするバイクが追い越していく。前には何台か車が停車しているが、そのバイクは右側からすり抜け一番前に出る。


あのライダー何をそんなに急いでる?気になるのは右側に移動した時の態勢だ。

レース経験者というよりは、白バイ隊員のような加重移動の仕方だった。俺は左側からゆっくり前に出て、そのライダーを注視してみた。


あの赤色の上着、そしてあの見覚えのある風貌、そして顔…


間違いなくあいつだ、心臓は一気に高鳴りをあげ、今だ経験のない興奮を覚えた。


次回 【第十二話 ブラックチェイス】

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