第十話 偽物の正義

消毒液の独特の匂いが鼻を刺激する。包帯を巻いてもらい、治療が終わり処方箋をもらうため待合室で待機する。昨日はほとんど眠れなかったが腕の痛みで目が覚めた。確かにそれは現実で腕は、火傷で赤く腫れ上がり所々に水膨れができ皮膚がただれていたのである。


ありえない!心の中で何度も繰り返し唱えているが、昨晩のあの信じがたい出来事は現実に起きたと火傷の痛みが訴えかけてくる。これが現実ならあいつは一体何者なんだ?なぜ火を付けていた、いやというかなんだあの炎は!?


ダメだこんがらがる頭を整理し論理的に考えるんだ。


まず第一に最近頻発していた、放火犯はあいつで間違いないだろう。前に事件があった公園に残っていた足跡から推察される体形に一致する。身長は俺と同じくらいの170cm前後、そしてかなりの痩せ型だった。それに俺への一連の攻撃がスムーズで、素人には見られない初期動作が少ないパンチ、恐らくなにかの格闘技経験者であるのは間違いないだろう。


そして問題はなにより、あいつの手から発生した炎だ。


まさか漫画じゃないんだ人間の手から炎が出る訳が無い。何か仕掛けがあるのだろう。そういえばあいつの俺を掴んできた手、何かのグローブをしていたかのように真っ黒な色をしていた。そうか、そのグローブにガソリンなどの液体を噴出させる装置が取り付けられており、それを使ったのだろう。もしくは可燃性のガスかもしれない。しかし、そんな物まで仕込んで放火するか?ライターとか一つあれば事足りると思うが、なぜそんな事を…


「病葉さ~ん」

受付の人に名前を呼ばれた。


俺は薬を受け取り、病院を後にした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いらっしゃいませー、あ亮さん」


「よっ」


「最近来てくれないから、どうしてたかと思いましたよー」


そういえば加奈子の一件から店に来てなかったな。人と会話する気分でもなかったからか。


「ああ、あー、えと。忙しくて?コーヒーたのむよ」

俺は注文しながらカウンター席に腰かけた。


「はい、コーヒーですね」


浮気されて別れたなんて言うと、南はなんと言うだろうか。いや、きっと俺は言えば慰めて欲しくなるだろう。今の俺は何も悪くないと誰かに言ってもらいたいだけで、南にそんな誰でも良い役になってもらうのは何かが違うと感じる。何より南の笑顔に、あの純白な白にあいつらの悪意の黒を混ぜるなんてそれこそ俺のプライドが許さない。南を汚すなど絶対にしてはならないのだ!


「はい、コーヒーです。どうしたんですか?亮さん怖い顔してますよ」


「あ、いやちょっと最近、仕事が忙しくてつい考え込んでしまって」


「そうですか…」

南は気をつかったのかカウンターの奥で洗い物を始めた。


しかし今では、浮気された事なんてどうでも良いんだ。問題は昨晩の件をどうするか・・・普通なら勿論警察に通報するか情報提供するのが当たり前か。いや警察は無理だ、なら放っておけば良い。


俺はコーヒーを一口飲んだ。


「病葉くん、最近この辺で放火犯がうろついているらしいよ」

まさに考えていた事にドンピシャなタイミングで高木さんが話かけてきた。


「ええ、どうもそうみたいですね」


「最近は尼宮市もぶっそうになってきたからね、特に南ちゃん気を付けてね」


「私は大丈夫です!防犯ブザー、カバンに入れて持ち歩いてますから、ねっ亮さん!」

南は笑顔で答えた。


そう、初めて南と知り合ったあの件以来、俺は南に防犯ブザーを渡したのだ。


「そうかい、それなら良かった。でも気をつけなよ、何でも飼っていた犬や野良猫まで火を付けて殺してるなんて話も聞くしね」


「え、可哀そう…なんでそんなひどい事…」


悪い予感が走った。今の情報が確かなら・・・

コーヒーを飲み干しお金を払い急ぎ気味に店を後にした。


「ごちそうさま」


「あ、亮さん…」

話しかけようとしたが既に店の外に出て行った。


「私が初めて作ったコーヒーだったのに…」


「落ち込まないで南ちゃん、病葉くんもきっと何かで忙しいんだよ」


「・・・」


「そうですよね店長!今度来た時はいつもより美味しいって言わせます!」


「そのいきだよ。それじゃあもっとコーヒー作らないとね」


「はい!」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


家に帰ると、パソコンの電源を入れ尼宮市のニュースを調べ始めた。確かに高木さんの言う通り動物を放火する事件が3件取り上げられていた。そして、過去の尼宮市周辺の放火と思われる事件の情報も集め時系列順に並べてみた。そうすると最初は電柱のポスターやごみなどだが、尼宮市に範囲が拡大するにつれて内容はよりエスカレートしているのが分かった。動物の殺傷事件が起きるのはかなりヤバい状況だ。犯人はほぼ間違いなく人間へ傷つける対象を変え、何らかの事件を引き起こすという研究結果が報告されているからだ。これらは地元警察も気づいていると思うが…


あいつはすでに、俺という人間を燃やしているのだ。


これは非常にまずい、人間を燃やすという一線を超え、この先歯止めが効かなくなるのではないだろうか。あいつはこの先どうする…?


“多くの人を助ける事は立派だけど、人ひとりにできる事は限られてるんだ、だから俺は立派になれないけど自分の大事な人さえ守れれば良いんじゃないかって思うよ”


こんな時に古田さんに過去に、言われた言葉を思い出した。今となって思えば、どの口が言えたのか。あんたは偽物の大人だ。


俺はそんな言葉を否定するかのように、覚悟を決めた。



次回 【第十一話 その偽善の先にあるもの】

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