第六話 本物と偽物

「凄いじゃないか、花岡さん!」


「えへへ、私なりに書いてみました」

先日、俺はパソコンでのソフトの使い方を教え、さらに宿題を出していたのだが内容はほとんど完璧だ。


「しっかり改善点が指摘されていて、ちゃんと代案も書いてるなんて凄いよ」

最近の高校生は凄いな、いやこの子が特別なのか?俺がその年齢の時なんか、遊ぶ事しか考えてないただの馬鹿ガキだったのが恥ずかしい。


「いえいえ、病葉さんに言われたようにしただけですから」

笑顔で答える彼女を見ていると、自分まで笑顔になるのがわかる。


「じゃあこれを元に会社資料っぽくしてみるね」


「はい!」


それから俺は手直ししながら、構成のコツや注意点、プレゼン時の対策など俺が会社員として学んだ知識を伝えた。彼女はメモを取りながら真剣に勉強してくれた。まじかでこんなにも努力している人間を見るのはいつぶりか、その光景に見とれてしまった。が、それと同時に冷静な自分の意識が違和感を感じ取る。知り合ったばかりの人間の言う事をこうも素直に聞きそれを実行する高校生が存在するのか?確かにこの子は学生だが何か一種ののようなモノを感じるような…


「どうしたんですか?いくら私が可愛いからって浮気はダメですよー」

笑いながら話す。


「バカそれはない」

笑いながら即座に言葉を返す。


「あ、いやなんだか頑張ってる花岡さんを見てると昔の自分を思い出してね」


「病葉さんも何か目指してたんですか?」


「うん、まぁね。もうそれしか見えてないってぐらい夢中でつっぱしってたね」


「え!?なんですか?気になる、気になる~!」


「学生卒業してからプロのバイクレーサーになるのが夢でね、今の会社に就職するまでずっとレーシングチームでレース活動してたんだ」


「ええ!?そうなんですか?レーサーなんて凄いです!」


「いやいや、凄くないよ。シーズン中はひたすら走ってオフシーズンはひたすらマシンの整備してたかな。でも結局、挫折して辞めた。今では辞めて良かったとも思ってるよ」


「そうなんですか?私あんまりバイクとか分かんないけど危なそう」


「そうだね、死ぬかもって何回も思ったよ」

俺はわざと笑いながら話して、死というキーワードの重みをごまかそうとした。


「へぇーやっぱり命がけなんですねぇー、でも病葉さんが無事で良かったです!」

少し照れながら俺は頷いて返した。


「俺も夢に向かって夢中だった事があるから、今の花岡さんに協力したいって思うのかな」


「なんだか凄くおっさんぽいです」


「お兄さんだ!」

そう言葉を返すと、彼女はなぜかじっと俺を見つめている。


「ん、どうかした?」


「あの前から思ってたんですが、私の事(花岡さん)って呼ぶの辞めて名前で呼んでもらえませんか?」

あまりにも唐突に話題が変わり、混乱した。


「さんづけで呼ぶのなんて学校の先生ぐらいですよ。なんだか居心地悪くなるんで南って呼んでください、みんなにもそう呼ばれてるんで!」


「あ、ああ別に花岡さんが良いなら、」


「み・な・み!です!」


「う、うん分かったよ、南」

何だかこう改まって呼ぶと恥ずかしいな、コーヒーを飲んでにやけそうな口元をごまかそう。


「それと私も亮さんって呼びますね!」

それを聞いて俺はコーヒーを吹き出しそうになり咽た。


「え、ダメですか?」

不思議そうな顔でこちらを見る。


「い、いや別にダメとかじゃないよ」


「良かった!」

笑顔で答える。


こういう呼び名での距離感の取り方は鈍感だ。特に相手は10も年下ときた。しかしあれだ、こんな天使のような子になぜ彼氏が居ないのか俺は不思議でしかたない。


「その、南は彼氏とか欲しいと思わないのか?モテると思うぞ?」


「なんですかぁ、私の事そんなに気になっちゃいますかぁ?」


「そんなんじゃない、ただ不思議に思っただけだ」


「なーんだ。」

彼女は小悪魔的な所があるな、気をつけないとな。


「そういうの興味あるにはあるけど、私の夢は沢山勉強しないとだし、生活費も稼がないといけないし。あんまりそういうのに気が回る暇がないのかな」


「なるほど今の生活が充実してて必要ないわけか」


「充実とは違いますよー、バイトでクタクタです」


「そんなに頑張ってるんだ、あーその月いくらぐらい稼ぐの?」


「月10万くらいは欲しいんですよね、なんでほとんど週5でバイトなんです」

不貞腐れた表情をして答える。


「それは大変だね」

俺もレーサーの時はレーサーだけでは食べていけないので、お金の苦労はいたいほど分かる。


「けどお母さんも大変だろうし、お父さんの代わりにはなれないかもだけどその分私も頑張ろうって決めたんです」


「そうなんだ、立派だね。きっと病気で亡くなったお父さんも誇らしいと思ってくれるよ」


すると彼女はうつむいて何かを考えているようだった。少しの沈黙が流れたあと彼女は切り出した。


「亮さん実は、その…嘘なんです。父は病気じゃないんです…」


「その、父は私がまだ小さかった頃に失踪したんです…」

俺は混乱した。そして心が震えるような感覚で言葉が出なかった。


「こんな話突然言うと困らせちゃうと思って…父の話をされたら取り敢えず病死って周りには言ってるんです。母から詳しい内容を聞いたのは中学生になってからです。小さかった私にはあまり父の記憶はないんですが、ある日突然居なくなってしまったと…」


「父は真面目な警察官だったそうで、突然今行方不明になって、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって警察の方も動いてくれたそうですが…」


こういう時どう言葉をかければ良いのか、頭をフル回転させて言葉を選ぶ。この思考と感情が入交った思考の渋滞、混乱このような感覚は懐かしさすら感じる。どれだけ月日が流れようとも俺はいつまでも無力だ。


自分では前に進んでいるはずだが俺は、本当は…


「だから私に出来る事を考えたんです。きっと私のような思いをする人は沢山いて、そしてこの先も増えていくから」


「今のままで満足しちゃダメなんです、上手く言葉で説明できませんが…」


「私は100%を目指したいんです。周りの大人は100%なんて有り得ないというけれど、それが100%をあきらめて良い理由にはならないと私は思うから…!」


そして彼女はとびきりの笑顔を見せて、俺に答えた。

「だから私は、今より少しでも幸せな人が増えれば良いなって思います!」


その笑顔は、今まで見てきた何よりも美しく、そして眩しかった。

そしてその光は俺の心の深部までを照らしたように感じた。


「すみません、こんな重たい話し、しちゃって」

彼女は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


言葉が思いつかない。脳みそがミキサーにかけられたように混乱している。しかしこれだけは分かる、俺とは違う道を彼女は見つけ歩こうとしている。そう彼女は俺のような偽物とは違う、本物の正義だ。先ほど南から感じたのようなモノの正体は彼女の過去からの行動力なのだろう、それが普通の学生を超えた頑張りなのだ。がしかし今、思った言葉を口にする事はなかった。


「い、いや、そんな大事な話をしてくれて、ありがとう」


「ありがとうって、なんで亮さんがお礼を言うんですか?」


「亮さんって、本当に優しい人なんですね」

目の前に存在する彼女は、また微笑んで俺の想像すらしない言葉を投げかけてくる。そしてそれらは俺の脳内を駆け巡る。


「ちょっと!亮さんなんで泣いてるんですか!?」

右目からは一筋の涙が流れていた。


右手で頬をさわる、確かに伝わる液体の感触。涙を流すなど何年ぶりだろうか、そしてなぜ泣いているのか分からない。


「あ、いやなんでだろう」

手で涙を拭いながら笑ってごまかそうとする。


「ごめんなさい、私のせいで」


「いやいや、全然悪くないよ悲しいから泣いているんじゃないんだ。うれし泣きみたいなもんだよ」


「うれし泣きって、やっぱり亮さん変な人です」


「ああ、よく言われる」

それからも、二人は笑い合いながら話しを続けた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「「「おつかれ~~」」」

ジョッキをぶつけて乾杯をする。


ビールの冷たさと炭酸が首の内部に流れ移動する感覚。仕事終わりに一杯は格別だ。

「亮、結構久々だな、最近どうしてた?」

そう問いかけてくる、BARのマスターである古田さんはいつも通りのようだ。


「いや別にいつも通りですよ、職場と家の往復」


「なんだよそりゃ、聞いた話じゃ助けた高校生と良い感じだって?」

古田さんはからかっているようだった。


「良いも何もただの友人ですよ。たまに勉強を手伝ってるだけですよ」


「あらあらそうですか、これは彼女さんとしては心配なんじゃないですかー」


「私は全然心配なんかしてないわよ、亮はそいう下心で人を見る人じゃないもの」

加奈子が誇らしげに語ってくれる。


「そうよ、それに普通なら無視するのに絡まれている人を助ける亮君は凄いわよ」

古田さんの婚約者である愛さんも俺を持ち上げてくれる。


そう、俺は加奈子にはありのままの事を話している。彼女の個人的な話まではしていないが、なぜ協力したいのかとか助けになりたいとかそういった思いを正直に説明して会う事を了承してもらっているのだ。


「そう、だから私は亮を信じてるわ」


加奈子が彼女で本当に良かったと思う。しっかり者で突飛な俺の行動をいつも温かく見守ってくれる。


南が如何に美しくてもこの信用を裏切る事なんて俺には絶対にできないな。


それに、古田さんや愛さんそして他の仲が良いメンバーとのこの関係を崩したいなんて誰が思うか、俺はここで生きているのだ。そしてジョッキのビールを飲み干し、おかわりを頼んだ。



次回 【第七話 錆びた心はガラクタか】



関連情報紹介

*1 バイクレースとレーサーについて:大きく分けると二種類、サーキット場の舗装された路面でタイムを競うのがオンロードレースと呼ばれ、タイヤのグリップ力を必要とするため冬はシーズンオフで、夏が最もレース数が多い。真夏にフルレザーのレーシングスーツを着てスポーツ走行をするので死ぬほど汗をかく。ハイスピードでのコーナリングには未知の快感が約束されている。

もう一つが舗装されてない路面を走るオフロードレース、これはグリップ力が必要ないので冬でも行える。様々な態勢で走るので分割されたプロテクターを着る。しかし路面が土でもこけると超痛い。ジャンプで本当に鳥になれる。


*2 ビール:お酒を飲めない人には申し訳ないが、仕事終わりのビールは超うまい。

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