第二話 俺は何をした?
「はぁ、やれやれ。何も起きないでくれよ…」
高木は応援を呼ぶ為パトカーに戻り、月見は玄関で警察が来た事を何回か呼びかけている、が返事どころか物音一つしない。邸内は静まり返っており人の気配は感じなかった。そこで月見は中に入り廊下を進み出した、少しだけドアが開けられた一室が気になりその前で立ち止まる。
そして扉のノブに手をかけゆっくりと回すのである。まさに扉が開かれようとするその時、月見は一旦動きを止め制止した。何か異様な感覚を感じたからである。この扉、木製の何の変哲もない”ただの扉”ではあるが何か得体の知れない大きな壁?いや扉なのだが、この扉を開ける事によって何か背後のとてつもない巨大な歯車が回り出すのではないかという表現が当てはまるかもしれない。そしてそれはえらく恐怖の感覚に似ていた。
しかし月見は止まらなかった、ノブを捻り手でゆっくりと扉を押し開いてみる。
ギ―っとドアはきしみ鳴りながら開かれ中はどうやら書斎のようであった。沢山の書物に囲まれ、なんらかの資料だろうか?紙が部屋中に散乱し足の踏み場もないほどだが上手く踏まないように月見は書斎中央に置かれてある大きな机の前まで歩みを進めた。机の上も沢山の紙が散乱している、その中の幾つかを手に取って見てみる。
”生命の起源と人間の今後の進化の行く末は神のみぞ知る。それは無知なる者の考え方であり、私は知っている神は身近に存在しすでに答えを示している。それは我々が想像してきた、或るいは崇めてきたモノとは全く違う。
それらを証明する為に我々はproject belialを実行、推し進めなければならない。しかし当面の課題は…”
「これは何かの研究か?」
”多次元宇宙理論による考察はすでに完成しており、後はその当事者を捜索し…”
”人間とテクノロジーの融合は必然であり極自然的でもあり、その領域は人間の意識の領域全てにまで及ぶ…”
「はっ、さすが大学教授だな。わけわからん…」
手に取った資料を机に戻し付近を見回す。するとそこに写真たてに飾られた一枚の写真が気になり手に取ってみる。そこには安田教授と思われる老いた人物と一人の少年らしき人物が映っていた。少年らしきというのはその人物の顔が黒く、まるで暗闇に覆われているかのように写っていたからである。
「これは息子か?」
その時である、ガシャーン!と大きな何かが割れる音が邸内に響いた。
月見は写真たてを放り出し、部屋の外に移動した。廊下に出ると何やら人の気配と足音が聞こえてくる。その音の方へと慎重に歩みを進める。途中の廊下は照明がついておらず廊下の奥は暗闇であった。するとそこに人影が現れゆっくりとこちらに歩みを進めているのが分かった。どうやら片腕、右手を挙げているのが見てとれるが…
その光景を目にし、瞬間的反射で月見は拳銃を抜き銃を構えた。
暗闇から現れた人は高木であった。右手を真っ直ぐ上げ拳銃をこちらに向けている。
「お、おい。俺だ、どうした?何かあったのか?外にいろと言っただろ?」
異様な光景を頭では理解していたが、それを否定する理性的な言葉を月見は投げかける。
「…」
「どうした?高木?な、取り敢えず銃は下ろせ」
「…」
高木は無言である。まるでゾンビのように体の力は抜けているような立ち方をし、目はどこか
俺は左肩に大きな衝撃を受ける。廊下に膝をつき拳銃を握った右手で撃たれた所を押さえるが、痺れと熱いという感覚しか感じなかった。言葉が出ない。いや言葉だけではない呼吸も荒く、息がつまりかける。そんな状況の中俺は頭を上げると、高木は距離を詰め俺の頭部にもう一度銃口を向けようとしているのが分かった。
痺れが痛みに変わりはじめ、左半身で濡れた衣服を着た感覚を感じてきた時である、俺に選択肢はなかった。
俺は高木の顔面、眉間に狙いを定め発砲していた。
銃声と共に後ろに倒れる高木、倒れた後はピクリとも動かず邸内は静寂に包まれていた。俺はその光景を傍観するしかなかった。そして次第に意識が遠のきはじめパトカーのサイレンが聞こえ、何人かの足音に囲まれているのを感じたが、意識はそこで途切れたのである。
暗闇だ、目の前に広がるは暗闇。しかし体は動く俺は瞼を開けはじめ暗闇に光を取り込み始める。目が開き周りを確認するように眼球を動かす。白い布団に白いカーテン、そして点滴の管、なるほど見覚えのある場所だここは病院なんだ。状況を把握し起き上がろうとする、しかし体が重い何日も動かしていなかったようだ。そこに一人の男が駆け寄って来た。慌てた様子で興奮しながら話しかけて来る。
「おお!月見!やっと目覚めたか!心配したんだぞ!」
大きな声で語り掛け、大きな手で体を揺さぶるその人は、ああ、えっと会うのは何年振りだろうか?この人は第四機動隊の大隊長だ。
「あ、ああ大隊長が何故ここに?」
「何故って、部下が怪我して意識不明だったんだ。そりゃ居るに決まってるだろ!」
「そんな、もう私はあなたの部下では…そうだ!!高木は!?高木はどうなりましたか?」
月見は大隊長の身体を無我夢中といった感じで両手で掴む。
「高木?なんだ?お前の小隊の奴か?」
「い、いやそうじゃなくて!俺はあいつを撃っちまった!」
「何を言ってる?大丈夫なのか?」
「いや、だから俺は…」
その時俺は気づいた。なぜ俺の左手は自由に動くんだ?
両手で自分の体を触ってみるが撃たれたはずの左肩はなんの異常もなかったのである。その変わり頭には大きく包帯が巻かれていた。
「おい、まだ傷に触るんじゃない!」
大隊長が俺の腕を掴み制止する。何が何だか分からない理解が出来ない。
「突入を指示したのは俺の責任だ。無理させちまったな月見、すまない」
「突入?大隊長、俺はいったい何を?」
「まだ混乱しているようだな。よく聞けいいかお前はな、安田講堂突入作戦の先陣を切ったが学生の投石を頭に受け、意識不明で病院に担ぎこまれたんだ」
「突入作戦は失敗したが、今はまだ講堂で学生と睨みあっている。次は上からどんな命令がくるか…」
大隊長の言っている事は理解出来た、だがそれは日本語でという意味であり自分の置かれた状況が全く理解出来なかった。何もかもだ。俺は高木とパトロール中でそれで通報を受けて現場に行って、そこで何故かあいつは…
そ、そうだ!取り合えず家族に会わなければ!
「大隊長!俺の家族、女房と娘は来てませんか!」
その質問をした途端、大隊長はとても驚いた表情をしたがすぐに悲しげな表情に変化し俺を見つめ答えた。
「月見、本当に大丈夫か?お前は独身で警察寮に一人暮らしだろ…」
その言葉を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。それから何日もかけて何人かの医者が診察に来ては多くの会話をし、多くの頭の検査を重ねた。が、俺の記憶以外になんの問題も障害もないとの診断結果だった。今は昭和四十四年であり、あの安田講堂突入作戦は失敗に終わり、その後学生と管理者側とで話し合いの場が設けられ決着がついたのだ。俺は負傷により職務から離れリハビリ中である。
そして、俺を知っているはずの家族である妻や子はこの世に存在していなかった。
念のため警視庁に高木という警察官を確認してもらったが同じく存在していなかった。あいつは、まだ結婚したばかりで幸せそうに新婚生活を送っていたはずだ。所轄勤務になって署内じゃ機動隊上がりで浮いていた俺に喜んで相棒になってくれたあいつ、なのに俺はあいつに…
医者は一種の記憶喪失に伴うストレスが原因だろうと結論をだした。俺は意識不明の数時間の間に、まったく違う人生を何年も頭の中だけで生きていたのである。その事を受け入れるのには数年の歳月が必要だった。最初は心を病んでいたが今では何か遠くの夢のような感覚で、現実に慣れ始め今が当たり前になっていた。
「月見さん、どうですか?まだ昔の夢を見ますか?」
「いえ、最近は何も。熟睡出来ているのか、夢は見なくなりましたね。これも先生のカウンセリングのおかげです」
「いえいえ、私はほんのお手伝いをしただけですよ。いいですか月見さん、人間の記憶というのはとても曖昧なんです。有るはずモノを無いとも認識するし、無いモノを有るようにも認識できるものなんです。経験したはずのモノが実は経験が無かったなんて人間には良くある事なんですよ」
「私はどうかしていたのかもしれません」
「うーん、仕方ありませんよ。そういう危険が伴うご職業ですし。しかしこれからも自身を攻めてはいけませんよ」
「はい、わかりました」
「うむ、精神状態も大分安定してますし次のカウンセリングは二か月後にしましょうか?」
「ありがとうございます。それでお願いします」
「それじゃあくれぐれもお大事に」
「はい」
俺は病院を出て外の景色を眺める。ズボンのポケットから煙草を取り出し火を付ける。煙草の煙越しに見る景色はまるで
しかし病院の先生には一つ、黙っていた事がある。
今でもたまに夢に出てくるのだ。笑顔がとても可愛い、元気いっぱいに笑う幼い少女が。一体あの少女は誰なのだろうか?
次回 【第三話 眠れる悪は日常に】
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