22

「立ち入り禁止にされている中央部分にティアナがいるだって?」


 アランは監視棟の応接間のテーブルに広げられた白薔薇宮の見取り図を覗き込み、怪訝そうに首をひねった。


「どうしてそう思うの?」


 サイラスも不思議そうな顔をしている。


「あくまで予想ですけど。あの、ニースさん。この見取り図は、囚人の皆さんは誰でも見ることができるようになっているんですよね?」

「は、はい。発掘作業中に迷ってはいけませんので、あちこちに貼られて誰でも見ることができるようになっていますが……」

「見取り図の種類はこれだけですよね」

「ええ、もちろんそうです」

「では、ここ。この、白薔薇宮の中央――王族の居住区域の地下道についても、自由に見ることができる見取り図には、このように記載されているということで間違いないでしょうか?」

「そうです」

「わかりました。ありがとうございます」

「おい、オリヴィア、一人で納得していないで説明してくれ」


 アランがイライラとテーブルの上を爪の先で叩いた。

 オリヴィアは頷いて、見取り図の中央部分を指さす。


「ティアナがここの白薔薇宮の中央部分にいるかもしれないと思ったのは、ティアナが国内に逃げる利点がないからです。ティアナの家族はみな捕らえられて身分も剥奪されていますから帰る家もありませんし、もちろん資産も没収されています。レモーネ伯爵領は現在、わたくしの父であるアトワール公爵預かりですから、領地に逃げることもできません。親類を当たっても、罪を犯して逃亡してきたティアナを匿ってくれるとも思えません。つまり、逃げ出したところで、ティアナには行くところがないのです。息をひそめて国内に潜伏するつもりだとも考えられますが、ティアナの性格上、あり得ない気がします」

「まあ、言われてみれば確かに。あのティアナに、食べるものも着替えもないような生活を死ぬまで送る覚悟があるとは思えないな」

「でも、だからと言ってどうして中央に潜んでいると考えたの?」


 アランが頷き、サイラスが訊ねる。


「国内がだめなら国外に――、ティアナならそう考えるかもしれないと思ったからです」

「え?」

「ちょっと待て」


 アランが理解が及ばないとばかりにこめかみを押さえる。


「国外に逃げるとして、どうして白薔薇宮の中央に隠れる必要があるんだ。隠れたところで逃げ場はないだろう」

「いいえ。地下道があります」

「オリヴィア、地下道は途中が崩れて今は通れなくなっているんだぞ」

「そうです。でも……」


 オリヴィアは見取り図に書かれている地下道を指さした。


「この見取り図には、そんなことは書かれていません。地下道は途中までしか書かれておらず、補足で『カルツォル国へ続く地下道』と書かれています。これを見ただけでは地下道が崩れて通れなくなっていることはわかりません。ニースさん、地下道が途中から崩れて通れなくなっていることは、囚人の皆さんはご存じなのでしょうか?」

「半年以上前からここで作業している人間なら知っていると思いますが……、中央を封鎖してからは、中に入ろうとする囚人はいなかったので、わざわざ地下道についての説明はしていません」

「ありがとうございます。ティアナがここに来たのはつい最近です。彼女が知らなくてもおかしくありません」

「なるほど、ティアナは地下道が途中から崩れていることを知らずに、ここからカルツォル国に逃げられると思った、そう言うことか」

「はい。でも、一つ気になることが……。本当にティアナがここから逃げ出そうと考えたとすると、それはティアナ一人で考えたことなのでしょうか」

「どういうこと?」

「カルツォル国に逃げたとしても、ティアナが無一文なのは変わりません。カルツォル国との関係性上、こちらからの捕縛の手は免れるでしょうが、生きにくいことには変わりないと思うのです。ティアナが進んでそのような生活を選ぶでしょうか」

「つまり?」

「誰か、ティアナを手引きして彼女の生活を保障した人がいるのではないか、と」

「誰かって誰だ」

「わかりません。ただ、第三者の介入があった可能性があると思います」

「だが、そうだとすれば、途中から道が崩れている地下道にティアナを誘導するか?」

「はい。だから、よくわからないんです」


 オリヴィアは難しい顔で黙り込む。

 サイラスが見取り図を持って立ち上がった。


「そんなこと、実際にティアナを見つけてから問いただせばいいんじゃないかな。ティアナのことだから、案外何も考えずに、逃げられると思って地下道にもぐりこんだのかもしれないよ?」

「……それもあり得そうだな」


 ティアナの元婚約者アランは大きなため息をつくと、応接室の外で待たせていた兵士を呼んだ。


「念のため人を集めてきてくれ。それからニース、悪いが遺跡の中から囚人たちを全員出してくれないか。彼らがいるとやりにくい」

「は、はい! 少々お待ちくださいませ!」


 途中から話についてこられなくなって茫然としていたニースが、ハッとしたように部屋から飛び出して行く。

 やがてニースが戻ってくると、オリヴィアたちはニースと兵士たちとともに白薔薇宮の中央に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る