21
ニースに案内されて遺跡の中を進んでいくと、発掘作業中の囚人たちが怪訝そうな顔でじろじろと見つめてくる。
本来、囚人たちが発掘にあたっている場所は立ち入り禁止だから、監視員以外が来ることが珍しいのだろう。
「みなさん、お邪魔してごめんなさい」
そして、オリヴィアが目が合うたびにこう言いながら進むものだから、余計だった。
「いちいちご挨拶なさらなくて大丈夫ですから」
ニースはこういうが、黙ってずかずかと歩いていくのも気が引けるのだ。
途中から頭を抱えてしまったニースとともに八番地区に到着したオリヴィアは、狭い発掘現場をぐるりと見渡して思わず感嘆のため息をもらした。
土の中から掘り出された壊れた壁の破片がいたるところに並んでいる。壺の破片のようなものもあって、ついついふらーっと吸い寄せられるように近づこうとしたオリヴィアの手を、サイラスが握ってぐっと引っ張った。
「オリヴィア、駄目って言ったでしょ?」
「ご、ごめんなさい……、つい」
「まったく。サイラス、そうしてオリヴィアの手を握っていろ。目を離したすきにどこに行くかわからん。今度はオリヴィアの捜索隊を出さなくてはいけなくなりそうだ」
あんまりだ。オリヴィアはさすがに少しむっとしたが、サイラスも半ば本気でそう思っているのか、手を放してくれる気配はない。
オリヴィアは仕方なく出土品を眺めて回るのをあきらめて、持ってきた地図とこの場所を照らし合わせた。
「ええっと、こっちが白薔薇宮の中央かしら……?」
王族が暮らしていたという白薔薇宮の中央は、本来であればこの場所からは向かえないはずだが、右手にある壁の一部が壊れているからたどり着くことができるようになっている。だが壊れた壁の穴にはロープが張られていて、その奥へ向かうことは禁止されているようだ。
「ここにロープが張られているのはなぜですか?」
オリヴィアが訊ねると、ニースがオリヴィアの手元の地図を指さして言った。
「この先、このあたりから中央にかけて、遺跡がかなりもろくなっているんです。崩れてきた壁で怪我をした人が出たために、今はここから先は行かせないようにしているんですよ」
「そう言えば、地下道も途中から埋まったって言っていましたね」
「ええ。おそらくですが、国境付近に壁を作った影響でしょう。壁を作るのにあちこち切り崩したり、掘り起こしたりしたようなので」
オリヴィアはロープの張られた奥を覗き込んだ。ロープは張られているが、簡単にロープを超えて奥へ進むことができる。奥に行ったところでどこからも逃げられないので、囚人たちが好んでこの奥へ向かうことはないらしい。
(何かしら、引っかかるのよね……)
ティアナは身分を剥奪されてもう貴族ではない。それどころか、アラン王子の婚約者になった直後に罪に問われて、かなりの注目を集めてしまっている。労役を終えて、もし親戚に引き取られて貴族社会の戻ったとしても、以前のように華やかな生活は遅れないだろう。第一、プライドの高いティアナが、これまで馬鹿にしてきた人間よりも身分が下になることを受け入れられるはずもない。つまり、労役を終えても、この国で生きていく限り彼女は肩身の狭い思いをする。
そんな彼女が逃げて、この国のどこへ行くというのだろう。労役を終えたあとならいざ知らず、逃げ出した囚人を彼女の縁者が迎え入れるわけはない。そして、ティアナが人目を気にして、一人で這いつくばって生きていくとも思えない。
(逃げたとしても、ティアナにいいことは何もないのよね……)
逆を言えば、逃亡にうまみを見つけたから逃げたとも考えられる。だとすると、それは何だろう。
オリヴィアが考え込んでいると、監視員に連れられて二人の男がやって来た。ティアナと同じ地区の発掘作業にあたっていた囚人たちだそうだ。
オリヴィアが挨拶すると、男二人は互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をした。
「あのう……、わしらを呼んだというのは……?」
「あ、はい。わたくしです」
オリヴィアが頷けば、ますます不思議そうな顔をされる。
サイラスとアランが、オリヴィアを守るように前に出るが、二人は本当に囚人なのだろうかと疑いたくなるほどに穏やかな雰囲気をしているから大丈夫だと思う。ニースが選んだだけあって、じろじろと不躾な視線を向けられることもない。
「わざわざ来ていただいてすみません。えっとティアナ……囚人番号二百十四番さんのことについてお伺いしたいんですがよろしいでしょうか?」
「ああ、あのお嬢ちゃんね」
同じところで作業にあたっているだけあって、二人はすぐに頷いた。
「昨日の二百十四番さんの様子を教えて頂きたいんですが。ええっと……、午後の休憩のときのこととか」
「休憩? ああ、そういやぁ、昨日はあの嬢ちゃん、休憩を取らなかったな」
「え?」
「水を飲まなきゃばてるぞって誘ったんだがねぇ、ここだけ掘ってしまうとか言って。いつもは汚れるって言って嫌な顔をしながら作業にあたってたくせに、妙に機嫌がよかったから、掘っていたとこに何か面白いものでもあったのかねえ」
「いいものを見つけたとこで、持って帰れやしないのになぁ」
「本当ならこの国のものは全部自分のものだったのにとか、御大層なことを言ってたこともあったし、夢見がちなお嬢ちゃんなのかねえ」
どうやらこの二人はティアナが元伯爵令嬢でアランの婚約者だったことを知らないらしい。
オリヴィアは曖昧に笑って、話を続けた。
「休憩から戻ってこられたとき、二百十四番さんはまだ作業を続けていましたか?」
「うん? ……はて、そういやぁ、戻ってから姿を見ていないような……。お前見たか?」
「いんや、わしも見てないな」
「なんだって?」
眉を寄せたのはニースだった。
「囚人番号二百十四番は、八番地区にいなかったのか?」
「わしらもずっと周りを見ていたわけじゃないんではっきりではないが、見た覚えはないですな」
「……つまり、休憩中にいなくなったのか? いや、でも……」
ニースが戸惑うのも無理はない。休憩中でも、入り口のところには監視員が立っている。外にもたくさんの囚人たちや監視員がいる。逃げ出すのは不可能だ。
(……もしかして)
オリヴィアはロープの張られた壁の穴を見て考えこむ。
ティアナの部屋の中になかった持ち運びの出来るオイルランプ。休憩中にいなくなったティアナ。出入り口のところには常に立っていた監視員。逃げたところでこの国には居場所のないティアナ。……ティアナなら、どうするだろう。
オリヴィアは顔を上げた。
「もしかしたら、ティアナの居場所がわかったかもしれません」
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