19

 朝食後、オリヴィアたちは遺跡に向けて出発した。

 ティアナが逃亡したため、今日から遺跡付近は一般人は立ち入り禁止となっている。

 遺跡に到着し、オリヴィアたちが馬車を降りていると、一人の男がバタバタとこちらに駆けてくるのが見えた。


「あの方は?」

「囚人の監督責任者のニースだよ」


 サイラスが小声で教えてくれた。

 ニースは三十半ばほどのやせ型の男だった。このあたりの人に多い、茶色い髪をしている。目の下に濃い隈を作っているところを見てもわかるように、昨夜はほとんど寝てないようだった。


「ニース、あれから何か進展はあったか?」


 アランが代表して訊ねると、彼は憔悴しきった顔で首を横に振った。

 ニースがオリヴィアたちを囚人棟の横にある監視棟に案内し、木のテーブルと椅子を並べただけの狭い応接間に通す。

 ぬるくて薄い珈琲が出され、テーブルの上にこのあたり一帯の地図が広げられた。丸が付けられているところが、現在警備を配しているところらしい。


「ここから逃げようとすれば必ず通りそうなところすべてに監視員を向かわせているのですが……」


 オリヴィアも地図を見てみたが、丸が付けられているところすべて検問されているのであれば、逃げ出そうとすればすぐにでも見つかりそうだった。それでも見つからないとなると、検問が配置される前にティアナが逃げ出したとも考えられるが、木々に取り囲まれているここから女の足で逃げ出すにはそれなりに時間がかかるはずなので、その可能性は低いと思われる。

 万が一逃げ出していたとしても、南はカルツォル国との国境で高い壁があるのだ。町には昨夜から兵士が巡回しているので、囚人服を着たティアナならばすぐに見つかってつかまるはず。


「……遺跡と、博物館を含むこのあたりの建物の見取り図を見せてもらえませんか?」


 オリヴィアが言えば、ニースは怪訝そうな顔をした。


「遺跡と建物の見取り図ですか?」

「はい。これだけ検問が敷かれて見つからないのであれば、まだこのあたりにいる可能性が高いのではないかと思うんですが」

「確かにそうかもね」

「ティアナは体力がないから、遠くまで歩けないだろうからな」


 サイラスとアランも頷く。

 ニースが部下に見取り図を持ってこさせると、オリヴィアは地図を見ながら訊ねた。


「ティアナを最後に見たのはいつですか?」

「昼の休憩が終わり、割り当てられている作業箇所に向かうのを見たのが最後です」

「遺跡に入るところまでは見たということですね?」

「はい」

「ティアナの作業場所は、この見取り図で言えばどのあたりですか?」

「向かって左の……、その廻廊の部分です」

「印をつけてもいいですか?」

「もちろんです」


 ニースがそう言ってインクとペンを差し出してくれる。顔料で赤く色が付けられているインクだ。オリヴィアはティアナが割り当てられているという発掘箇所に丸を付けると、立ち上がった。


「ティアナの部屋を見たいです」


 これにはニースのみならず、サイラスとアランもぎょっとした。


「オリヴィア、囚人たちが暮らす棟だぞ? 危ないに決まっている」

「そうだよオリヴィア。いくらなんでも……」

「この時間なら、彼らは発掘現場にいると思うので、わたくしが入っても目立たないと思ったんですが……」


 ティアナが逃亡したからと言って、囚人たちの仕事が休みになるわけではない。キースは渋面を作ったが、オリヴィアが「少し部屋の中を見るだけです」と食い下がれば、渋々ながらに了承してくれた。


「お前は本当に物好きだな。普通の令嬢はこんなことに首を突っ込まないし、間違っても囚人の暮らす部屋を見たいなどと言わないぞ」


 アランが嘆息する。


「でも、気になります」

「はあ……」

「兄上、早くティアナを見つけ出さなくてはいけないんだから、まあいいじゃない」


 そう言いながらも、サイラスも苦笑を浮かべている。

 キースに案内されて向かった囚人棟は、思っていたよりも綺麗だった。もちろん装飾品は何もない、狭い空間ではあるが、衛生面に気を使っているらしく悪臭もない。


 ティアナの部屋は二階の「二百十四番」と書かれている部屋だそうだ。狭いけれども、ここではみな一人部屋が与えられているという。囚人同士の無用な諍いを避けるためらしい。

 家具らしいものは小さなベッドと、ベッド横におかれている小さな棚しかない狭い部屋だった。入り口付近にある箱はゴミ箱だろう。


 伯爵令嬢時代、あれだけ派手好きだったティアナがこの部屋で生活する姿は、とてもではないが想像できない。

 ベッドにも横の棚にも変わった痕跡はなく、オリヴィアはなんとなくゴミ箱の中を覗いてみた。そして、そこに入っていたものを見て目を丸くする。


「ここで暮らしている囚人の方々には、紙とペンが支給されているんですか?」

「ええ。多くではありませんが、囚人たちが家族に手紙を書けるように」

「そうですか……。それにしても、この部屋は暗いですね。紙を支給されても、これだけ暗いと文字が書きにくいでしょう」


 明り取りの窓はあるが、天井付近にある小さなものなので、昼間でもあまり光が入らない。囚人たちは日中は労役にあたっているので、手紙を書くなら夜になるだろうが、これでは文字を書こうにもかけないだろう。


「持ち運びの出来るオイルランプが支給されていますから」

「オイルランプですか」


 確かにそれならば夜でも手紙くらい書けるだろう。オリヴィアはそれらしいものを探して部屋の中を見渡すが、どこにもオイルランプは見当たらなかった。


「ない、ですね」


 ニースもオイルランプがなくなっていることに今気がついたとばかりに首を傾げる。


「オイルランプがないのがそんなに不思議か?」

「ええ。だって、発掘作業に向かうときにオイルランプなんてもっていかないと思うんです」


 アランの問いにオリヴィアが答えると、サイラスが顎に手を当てた。


「確かにね。するとティアナは、一度ここに戻って来たか……」

「もしくは、はじめからオイルランプを隠し持って遺跡に向かったか、です」

「そんなものを持っていれば目立つだろう」

「はい。だから不思議なんです」


 オリヴィアは何気なくゴミ箱に手を入れると、中に入っていたごみを引っ張り出した。


「オリヴィア……、今度はゴミあさりか?」


 アランがあきれ果てたような顔をする。


「ちょっと……」


 そう言いながら、オリヴィアはゴミ箱の中から取り出したゴミを手に取ってみせた。それは丸められた紙屑だった。


「ティアナの家族は彼女と同じく捕らえられています。ティアナの性格上、親戚に手紙を書くとも思えません。だとしたらこれは何を書いていたのか……、気になりませんか?」

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