17
それは、そろそろ日が暮れようとしている頃のころだった。
遺跡の発掘現場からベイマールの町の宿に戻ってきていたオリヴィアは、夕食までの余暇をサイラスとアランと三人でお茶を飲みながら過ごしていた。
フロレンシア姫はまだ体調が悪いらしく、部屋で休んでいる。
宿の一階にあるカフェスペースで今日見た遺跡のことについて盛り上がっていたオリヴィアたちのもとに、サイラスの護衛官であるコリンが血相を変えてやってきた。
「どうしたんだ?」
サイラスの護衛としてついてきていたコリンは、今の時間は休憩中で、一足先に食事をとっていたはずである。今日は外で食事をとるからと言って、他の護衛官たちと外に出かけていくのをつい先ほど見た気がする。
サイラスが訊ねると、コリンは走ってきたせいか乱れた息を整えながら答えた。
「今、遺跡で労役についている囚人の監視をしている兵士長から連絡が入りまして、囚人が一人逃げ出したと……!」
「え!?」
アランが目を見開いた。
遺跡の発掘作業をさせられている囚人たちは、軽度から中度の犯罪者の中でも逃亡の可能性が少ないと判断されたものたちである。さらには、労働態度によって減刑も考慮されるため、真面目に働いているものたちが多い。そのため、監獄と違って周囲を高い塀で囲っていないけれど、それでも見張りの兵士たちはおいているし、場所が町から離れており、さらには国境には高い塀があるため、逃亡しようとしてもすぐに見つかる可能性が高いはずだ。
「逃亡したのはどんな人間なんだ?」
発掘現場から逃げ出したなら、このあたりに逃げてくる可能性が高いだろう。急ぎ検問などの手配をしようとアランが立ち上がりかけると、コリンが何とも言えない複雑な表情を浮かべてアランを見た。
「それが……」
妙に歯切れが悪い。
言いにくそうにしているコリンに、オリヴィアは首を傾げた。アランも怪訝そうに眉を寄せている。
「何か問題がある人間?」
サイラスが訊ねると、コリンは肩を落とす。
「問題があると言えばあるし、ないと言えばないのですが」
「はっきり言え!」
アランがイライラしながら促すと、コリンはこめかみを押さえながら答えた。
「元レモーネ伯爵令嬢です」
「は?」
「え?」
「なんだって!?」
「ですから……、殿下の元婚約者様で、先日捕らえられた元伯爵令嬢ティアナが逃げました」
オリヴィアたちは顔を見合わせた。
オリヴィアはティアナが遺跡の発掘現場で労役についていることすら知らなかった。あのティアナが黙って労役についている姿は思い描けない。
アランは何とも苦い顔で押し黙ってしまって、サイラスがやれやれと肩をすくめる。
「ティアナがここに回されたのは知っていたけどね、……よく逃げ出せたね」
「感心している場合ではありませんよ殿下」
「そうだね。コリン、急いでこの町の警邏に知らせて、それからザックフィル伯爵領の軍を借りれるか訊いてみてくれる? 国境は越えられないはずだけど、面倒なことになったら困るし」
「かしこまりました」
「それから詳しい話を聞きたいから、僕はこれから遺跡に向かうけど、兄上はどうする?」
「……もちろん私も行く」
「わたくしも行きます」
オリヴィアが言えば、サイラスがゆっくり首を横に振った。
「もう暗いから、オリヴィアはダメだよ。僕たちも状況だけ確認したらすぐに戻ってくるから、また明日改めて行けばいい」
馬車で向かうとはいえ夜道は危ないからダメだと言われれば、食い下がることはできない。
オリヴィアは渋々頷いて、サイラスとアランを見送ったあとで部屋に戻った。
オリヴィアから事情を聞いたテイラーが、唖然とした顔で言う。
「……あの方は、本当にやることなすこと規格外というか、問題ばかり起こしてくれますね」
オリヴィアは苦笑した。
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