16

 次の日も、オリヴィアとサイラス、アランは遺跡へと向かった。

 フロレンシア姫は体調を崩したとかで、今日は同行しないそうだ。

 遺跡に向かうと、ワイバル博士が今日は発掘中の地下の遺跡を見せてくれると言った。


 案内されて向かったのは、白薔薇宮の外側にあたる部分である。ここは地下神殿があった場所だそうだ。

 地下遺跡は崩れやすくなっているが、地下神殿があったところは完全に地上部分が崩壊してしまってくぼんだ穴のようになっているので、逆に天井が落ちてくる心配がなく安全だそうだ。


「白薔薇宮の中央部――、王族の居住区の地下はかなり崩れやすくなっていて、危ないので今は作業を中断させているんです」


 安全に発掘する方法を考えている最中とかで、方法を思いついたらその部分の発掘作業を再開するらしい。


「祭壇部分と壁画の一部がこちらにありますよ」


 ワイバル博士に案内されて向かったところには、色あせた壁画の一部があった。


「これは何を描いた壁画なんだ?」


 アランが訊ねた。壁画には鳥の頭と翼を持った猫のような動物が描かれている。


「これは天上絵です」

「天上絵?」


 アランが首をひねった。


「古代王朝では、セスティアという太陽神が信仰されていたそうですが、関係がありますか?」


 オリヴィアも壁画を見ながら訊ねる。太陽神を信仰する宗教は複数あり、それぞれ太陽神の名前も異なるが、古代王朝で信仰されていたセスティアは、繁栄と滅びの二極を持つ神だったはずだ。オリヴィアが知っている太陽神の中で、「滅び」をつかさどっているのはセスティアだけである。

 ワイバル博士は頷いた。


「ええ。私は、この壁画はセスティアに選ばれた人間が天上に上る様子が描かれていたと考えられています。欠損が多いためにはっきりとは申せませんが、ここに描かれている鳥の頭と翼を持った猫はフィッツァルバイアという名前で、天上世界の扉を守る門番です。セスティアの裁きを受け、天上世界に上る資格を得た人間を案内している様子が描かれていたのではないかと考えています」

「天上世界に上る資格? 資格が得られなかった人間はどうなるんだ?」

「確か、闇しかない地下世界に落とされて、世界に再生されるのを待つって読んだことがあるけど」


 アランの問いにサイラスが答える。アランがきょとんとした。


「お前、何で読んだんだ?」

「城の図書館に、最近新しく入ってきた本だよ」

「え、読みたいです!」


 オリヴィアも知らなかった。新しい本と聞いてオリヴィアが瞳を輝かせると、サイラスが笑った。


「帰ったらどの本か教えてあげるね」

「ありがとうございます!」

「それで、世界に再生されるってどういうことだ?」

「新しい人や動物に生まれ変わるらしいよ」


 サイラスが言うと、ワイバル博士が首肯した。


「はい。セスティアに選ばれたものは天上世界で永遠に幸せに暮らし、選ばれなかったものは一度地下世界に落とされた後、新しい存在に生まれ変わって地上に戻るそうです」

「選ばれる条件って何なのでしょう?」


 生前にどれだけの善行を行ったかとかだろうか? オリヴィアが首をひねっていると、ワイバル博士が苦笑した。


「王に対する忠誠心です」

「え?」


 予想外の答えに、オリヴィアは驚いた。


「つまり、古代王朝で信仰されていた太陽信仰は、王の都合で作られた信仰ということか」


 アランが合点がいったと頷いた。


「王が諸侯を支配におくために作り信仰させたのだろう。よくある話だ」

「確かにほかでもきく話だね。王そのものを神の子孫にしている国もあったみたいだし」


 アランとサイラスの言う通り、しばしばあることではあるが、なんだろう、それを聞くと目の前の壁画が途端色あせて見えてくる。昔は嵐や地震、雷などの天災はすべて神の怒りだと解釈されていたから、信仰で人を縛るのが一番効率的だったのだろうというのは理解できるが、ちょっとつまらない。


「政変などで王が変わったら、それまでの王に忠誠を誓っていた人たちはみな地下世界に落とされるということになるんでしょうか」


 あんまりだなと思いながらオリヴィアが言うと、ワイバル博士がぱっと顔を上げた。


「なるほど、そうなりますね! 面白い! 天上へ上る人間と地下世界に落ちる人間は埋葬時にも区別されていたと言いますから、政変が起こった前と後を調べると新しい発見が出てくるかもしれません!」


 どうやら研究者の琴線に触れることだったらしい。勢いのままに墓地までひっくり返しそうである。余計なことを言ってしまっただろうか。


「見てオリヴィア。こっちに大きな香壺のようなものがあるよ」


 サイラスに呼ばれて向かうと、大人の足首から膝ほどまでの高さがある素焼きの香壺があった。わずかに欠けはあるものの、ほとんど完全な形で残っている。


「香は神に祈りをささげるときに炊かれていたのですよ」


 ワイバル博士が教えてくれる。


「どういう香りのものが炊かれていたんですか?」


 オリヴィアは香壺の中を覗き込みながら訊ねた。


「幻覚作用のあるものがほとんどでした。あとは、人の意識を混濁させたり、気を失わせたりするようなものもあったようです」


 オリヴィアはぎょっとした。


「そ、そんな危険なものを?」

「国王や神官たちを神格化させるために使っていたのでしょう。人々に幻覚を見させたり、神とその神とつながっている王へ畏敬の念を抱かせるためかと。こういった危険な香は、ブリオール国では禁止されていますが、カルツォル国には薬品のような扱いで残っているようですよ」


 オリヴィアは、目の前の香壺から昔の危険な香りが漂ってくるような気がして、思わず後ずさった。

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