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ベイマールの町から馬車で小一時間ほど行くと、白薔薇宮の遺跡の発掘現場が見えてくる。
遺跡から少し離れたところにはドーム型をした博物館があり、ほとんどの観光客はそちらに集まっていた。
なぜなら発掘現場は基本、関係者以外は立ち入り禁止になっていて、幾重にも縄が張り巡らされて、絶えず見張りもいるため、許可証がないと入れないからだ。
オリヴィアたちは発掘現場への立ち入りも許可が下りているため、現場近くの建物へ向かった。その建物は、現場を監督しているものや、兵士たちが寝泊まりしている。奥に行くとまた別の建物があるが、あちらには罪を犯した囚人たちが寝泊まりしているのだ。
この遺跡の発掘作業は、軽度から中度の罪を犯した囚人たちの労役の一つでもあるのである。
観光客をむやみに近づけることができないのは、囚人たちの逃亡を避けるためでもあるのだ。
オリヴィアたちが向かうと、現場の責任者であるワイバル博士が出迎えてくれた。ワイバル博士は小さな丸眼鏡をかけたひょろりとした壮年の男性で、長らく外で発掘作業にあたっているからか、こんがりと日焼けしていた。
ワイバル博士に案内されてオリヴィアたちは建物の中に入る。建物は博士や兵士たちの居住スペースのほかに、出土されたものを一時保管している部屋などがあるらしい。応接間に通されたオリヴィアは、博士から手書きの見取り図のようなものを見せられた。
「これが現状わかっている白薔薇宮の見取り図です」
これはワイバル博士が作った見取り図らしい。わかっている部分だけの見取り図だそうで、空白部分も多いが、それでもオリヴィアが本で読んだ内容よりもずっと詳しい地図だ。
ワイバル博士の見取り図によると、白薔薇宮は地上部分は一階だけで、ほかに地下にいくつもの部屋があったようだ。遺跡が地中に埋まってしまったのも、この作りのせいだという。
(薔薇というよりは、カタツムリみたいな作りね)
見取り図を見ると、ぐるぐると何十にも円を書くような作りをしていたようだ、しかもあちこちが行き止まりになっていて、中央の王族が暮らしていたとされる場所にたどり着くまでが非常に難解で、まるで迷路のようである。
オリヴィアが地上部分の見取り図を夢中になって見ていると、「これは地下道ですか?」と低い声がした。顔を上げると、フロレンシア姫の隣に立って地下の見取り図を見ていたレギオンがワイバル博士に質問しているのが見える。
「ええ、そうですよ。王族の居住区域の地下から伸びる地下道で、これは今のカルツォル国のアッカイ湖のあたりまで続いていたようなんです。もっとも、先のカルツォル国との小競り合いの時に、国防のために国境のあたりで埋めてしまって、そこから先は通ることはできませんけどね」
「なるほど」
レギオンは真剣に博士の言葉に耳を傾けていた。彼は遺跡に興味があるのだろうか。遺跡に行きたいと言ったフロレンシア姫は遺跡にさほど興味がないようなのに、その護衛騎士が興味を示すのはちょっと意外だった。
見取り図を見終わったあとは博物館を案内してくれるというので、博士とともに博物館へ向かう。遺跡の中を案内してくれるのは、労役についている囚人たちが休憩に入る時間になるそうだ。
博物館の中はひんやりと涼しかった。観光客も多いが、博物館自体がとても広いので、人が多すぎて展示物が見えないということもない。
遺跡から出土したものが並ぶ展示スペースを抜けると、遺跡を立体的に復元した小さな模型が展示されている場所に向かった。
先ほどの見取り図が立体的になっていて、非常にわかりやすい。
「こうして立体になってみると、本当に迷路のような王宮だったんだね」
サイラスが模型を覗き込みながら言う。オリヴィアも、この王宮で暮らしていた人は良く迷わなかったなと感心した。それくらい複雑怪奇な作りなのだ。
「地下もあちこち行き止まりなんだね」
「そうみたいですね。それに、地下からは王族の居住区へは入れないみたいです」
「本当だ。王族の居住区の地下は、完全に外から入れなくしていたんだね」
「こうして見ると、アドリアン国王が猜疑心の強い方だったというのは本当のようですね」
模型では地下道は途中で切れていたが、王族の居住区の地下の部屋に周りから入ることができなければ、万が一逃亡することになったときでも、そう簡単には追いつかれなかっただろう。よくできているが、逆を言えば自分たちだけ助かればそれでいいと言わんばかりだ。有事の時に臣下をおとりにして王族が逃げ出すというのはよく聞くことではあるが、はじめからそれを想定して王宮を建設してしまうのもなかなかである。
模型を見終わったあとは、古代王朝の衣装や生活様式を復元し展示してあるエリアを見て、オリヴィアたちは遺跡近くの博士たちが生活している建物へと戻った。そろそろ、発掘作業にあたっている囚人たちの休憩時間らしい。
オリヴィアたちは崩れそうになっている危険な場所を除いて、ぐるりと遺跡を案内してもらうと、今日の見学はこれで終わった。明日は実際に発掘作業を行っている一部を見せてくれるという。見せてくれるのは囚人たちが作業しているところではなく、博士たち専門家が作業しているところだそうだが、実際に発掘作業を行っている様子が見られると聞いてオリヴィアはわくわくした。
博士たちにお礼を言って、馬車に乗り込もうとしたオリヴィアは、そこでふと視線を感じて顔を上げた。
(……?)
けれども、振り返った先には誰もいない。
「どうかした、オリヴィア」
「いえ……」
きっと気のせいだろう。オリヴィアはそう思って、馬車へと乗り込んだ。
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