12
ドルア男爵領、鉄道の始発駅であるテンポール駅は、人で溢れかえっていた。
オフシーズンである夏は、領地へ引っ込んだりバカンスへ向かったりする人が多い。ドルア男爵領と鉄道で結ばれたザックフィル伯爵領の北東部は標高が高く夏でも涼しいため、避暑地として栄えている。そのため、旅行に訪れる人が多いのだろう。
汽車は一等から三等までの客室があり、オリヴィアたちは一等客室を予約していた。一等客室は完全に個室で、専用のレストランもある。
昼前に汽車に乗って、汽車で四時間ほどの旅になるので、昼食は汽車の中で取ることにした。
乗船してすぐ、荷物をそれぞれの部屋に片づけて、オリヴィアたちはレストランやカフェスペースとして使う車両へ向かう。汽車が動き出すまであと十分ほどあった。
一等客室専用の車両だからだろうか。床はピカピカに磨かれていた。中央が通路で、両端には長椅子を向かい合わせ、その真ん中にテーブルを配した席がならんでいる。長椅子も座面も背もたれもふかふかしていて、木製のテーブルにはひまわりが一輪いけられていた。
窓際は怖いので、オリヴィアは通路側に座って、窓際にはサイラスが座る。対面にはアランとフロレンシア姫がそれぞれ座った。ここでも、やはりフロレンシア姫の護衛騎士であるレギオンが少し離れたところに控えている。
オリヴィアたちが席につくと、配膳係が飲み物を訊きに来た。オリヴィアとフロレンシア姫がハーブティーを、アランとサイラスが赤ワインを頼む。ハーブティーの添え物として花の形に型抜きされた砂糖菓子が、赤ワインのつまみとしてチーズが出されるころには、オリヴィアはそわそわと落ち着かない気分になっていた。もうじき、汽車の出発時刻である。
テーブルの下で、サイラスがそっとオリヴィアの手を握り締めた。旅行中とはいえ、フロレンシア姫の視察に付き合っているので、盛装とまではいかないがそれなりの格好をしている。絹の手袋越しにサイラスの体温を感じて、オリヴィアは少し肩の力を抜いた。
(開通式の時も事故なんて起きなかったし、サイラス殿下もいるし、きっと大丈夫よね)
顔を上げると、にこりと微笑まれる。オリヴィアも微笑み返そうとしたとき、がたんとわずかに車体が揺れて、オリヴィアは「ひっ」と小さく悲鳴を上げてしまった。
サイラスがつないだ手をほどいて、オリヴィアの肩を引き寄せる。
汽車が揺れたのは最初だけで、そのあとはガタガタと音はするものの、ほとんど揺れがなく滑り出した。
窓の外の景色が動きはじめて、だんだんと早くなる。
びくびくしていたオリヴィアも、サイラスの体温で落ち着きを取り戻した。二度目なので耐性がついていることもあったのだろう。完全には落ち着かないが、強張っていたからだから力が抜ける。
フロレンシア姫を見ると、姫は汽車は平気らしく、のんびりとハーブティーを飲んでいる。アランが心配そうにオリヴィアを見ていた。
大丈夫だと見栄を張った手前、悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしくなってオリヴィアは両手で頬を押さえる。
「雨が降らなくてよかったね。はい、ブルーチーズ好きだよね?」
サイラスが手元にあったブルーチーズに蜂蜜を垂らして、オリヴィアに差し出した。オリヴィアそれを受け取りつつ頷いた。雨が降らなくて本当に良かった。降っていたらもっと怖かったかもしれない。
汽車が動き出してしばらくして、配膳係がメニュー表を持ってやってきた。昼食のメニューだ。開通式の時は一駅分を走っただけで、食事もなかったから知らなかったが、汽車の中で出されるメニューは、オリヴィアが思っていた以上にしっかりしたものだった。前菜からはじまりデザートまで、五品ほどが用意されている。メインとデザートが選べるようになっていて、配膳係はメニューの説明と合わせてそれを聞いて回っているようだ。オリヴィアとサイラスは魚、アランとフロレンシアは肉をメインに頼んだ。デザートはチーズケーキ、ショコラケーキ、プティングから選べるようになっている。オリヴィアとフロレンシア姫がショコラケーキ、サイラスがプティング、アランがチーズケーキを選んだ。
前菜の小さめのほうれん草のキッシュと、トマトとバジルとカッテージチーズのサラダが運ばれてくる。ドリンクは軽めの白ワインが用意された。
食事をはじめて少しすると、汽車のわずかな揺れにも慣れてきて、だんだんと気にならなくなってくる。馬車よりも早い速度で流れていく窓の外の景色も、慣れれば楽しむ余裕ができた。
食事を終えて客室に戻ると、オリヴィアは執着駅につくまで本を読むことにした。
一等客室は完全に個室なので、ガタンガタンという車輪の音以外に無駄の音はほとんどない。たまに廊下から話し声がするくらいだ。
オリヴィアが読んでいるのは、古代王朝中期のアドリアン国王の伝記だ。現ザックフィル伯爵領に王宮を建てた国王である。伝記によると王宮は別名「白薔薇宮」と呼ばれていたそうで、白い壁と、そして幾重にも重なる薔薇の花のように、複雑な作りをしていたらしい。それは慣れないと迷路のようで、敵が攻め入ってきたときに王の元へたどり着けなくするためだそうだ。アドリアン国王は、なかなか用心深く、猜疑心の強い性格をしていたようである。
迷路のような作り以外にも、白薔薇宮には様々な仕掛けがあったらしい。それは敵を撃退するためのもののほかに、有事の時に王族が逃げ出すための隠し通路も準備されていたそうである。
(どんな罠や隠し通路があったのかしら……?)
オリヴィアはゆっくりとページをめくりながら、古代王朝長い歴史の中で一、二を誇る栄華期と言われたアドリアン国王の時代に思いをはせた。
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