11

 次の日は曇りだった。

 雨は降ってはいないが、少しだけ空気が湿っている気がする。


 朝食は宿の一階にあるレストランで取ったが、フロレンシア姫の体調は回復していたようだった。顔色もよく、食事も普通に食べれているようなので、オリヴィアはほっとする。

 さすがに朝食のテーブルには姫の護衛騎士のレギオンはいなかったが、少し離れたところに姫を見守るように立っているのが見えた。

 フロレンシア姫はたまにレギオンがそこにいるかどうかを確認するように顔を上げて、目があればおっとりと微笑んでいる。


(うーん、やっぱり、誤解を招きかねない距離感なんだけど……)


 仲良くするのが悪いわけではない。ただ、他人の目があるときの距離感が大切なのだ。フロレンシア姫はブリオールに嫁ぐ予定で来ているのである。この縁談がまとまるかまとまらないかはおいておくとして、こちら側が誤解を招くような行為は避けるべきなのだ。


(まあ、アラン殿下はまったく気にしてないみたいだけど)


 朝食のハムステーキが気に入ったらしいアランは、食べることに夢中でフロレンシア姫の方を見ようともしない。アランがこの縁談に気乗りしていないのはわかっているが、多少はフロレンシア姫を気にしてほしいものである。姫が気分を害したらどうするのだ。


「フロレンシア様は昨日はよくお休みになれました?」


 アランに任せておけば無言のまま食事が終わりそうなので、オリヴィアは自分からフロレンシア姫に話しかけることにした。

 フロレンシア姫はにっこりと微笑んで頷く。


「はい。おかげさまで。お気遣いありがとうございます」

「そうですか、よかった。今日、汽車で移動した後、終着駅の町で一泊して、明日に船に乗る予定です。明日の夕方にはザックフィルにつくので、明後日には遺跡のあるヒルバルの町に移動できます。フロレンシア姫は遺跡の何に興味がおありですか?」

「興味、ですか?」


 フロレンシア姫がぱちぱちと目をしばたたいた。予想外のことを訊ねられたような反応だった。

 オリヴィアは内心首を傾げた。


(あれ? 遺跡に興味があったのよね……?)


 姫の反応に、微かに違和感を覚える。遺跡を見に行きたいと言ったのはフロレンシア姫だ。それなのに、遺跡に興味がなさそうな顔をしている。どうしてだろう。

 オリヴィアは自分の質問の仕方が悪かったのかと思い、言い直した。


「わたくしは出土された中に書物などがないかが気になっています。あればどのようなことが書かれているのか見せて頂けないかと。あと、古代王朝の王宮内にあった聖殿に壁画が描かれていたと資料で読みましたので、そちらにも興味がございます。建物自体の全体像はまだわかっていないようですけど、予測で作られた縮小模型が博物館に展示されているそうです。古代王朝中期の建築様式は円を描くようと言いますか、、丸みがあって流線的な建物が多かったと聞きますので、どのようなのか今から楽しみで……」


 喋っているうちにどんどん熱が入ってしまって、オリヴィアは気づかないうちに前のめりになっていた。

 フロレンシア姫がきょとんとした顔をして、隣に座っているサイラスが苦笑する。


「オリヴィア、楽しみなのは伝わって来たけど、フロレンシア姫が驚いているよ」

「あ……」


 オリヴィアははっとして、慌てて居住まいを正す。


「すみません、興奮してしまって……」

「オリヴィアは古代王朝に興味があったのか?」


 オリヴィアが熱弁したせいだろう。食べるのに忙しかったアランの手が止まっていて、不思議そうな顔をオリヴィアに向けていた。

 オリヴィアは恥ずかしくなって小さく頷いた。


「は、はい。本で読むだけでは想像しかできませんので、実際に目で見たかったので……。それに、昔の人の生活がどのようなものだったのか気になりますし」


 オリヴィアがもごもごと答えると、アランがふと後悔と痛みをないまぜにしたような表情を浮かべる。まさかアランが、婚約していた当時、オリヴィアと向き合おうとしなかったことを悔やんでいるなど思いもしないオリヴィアは、アランたちに引かれていると勘違いして話題を変えた。


「今日は雨が降りそうですけど、雨の日でも汽車の運行には問題ないのでしょうか?」


 話題を変えるためになんとなく疑問を口にしてみたオリヴィアだったが、すぐにそれを後悔した。言っていて不安になってきたからだ。あの速度で走るのである。馬車だって、雨の日は滑らないように気を付けて走らせるのだ。もし、雨の水に滑るようなことがあったらどうしよう。オリヴィアは青くなって、目の前のローズティーに蜂蜜をだらだらと注いだ。サイラスがそれに気がついて、「そんなに入れたら蜂蜜の味しかしないよ」と笑いながらオリヴィアの手から蜂蜜の入ったガラス瓶を奪い取る。


「大丈夫だよ。雨の日でも汽車が滑って倒れるようなことはないから」

「そ、そうなんですか?」

「うん。さすがに雪の日は運行を見合わせることがあるらしいけれど、まあ、このあたりは冬でも雪が少ないから、あまり運行を止めることはないみたいだよ」


 滑らないと聞いてオリヴィアがほっと胸を撫でおろしていると、アランが心配そうに眉を寄せた。


「オリヴィア、やはり、まだ怖いのでは……」

「こ、怖くありません!」

「本当に?」

「本当です!」


 オリヴィアがむきになると、フロレンシア姫がくすりと笑った。


「みなさん、仲がよろしいのですね」


 元婚約者同士と、特別仲のよくない兄弟は、その言葉に何とも微妙な表情を浮かべたのだった。

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