ブリオール国の南。

 カルツォル国との国境付近に位置するザックフィル伯爵領。


 ザックフィル伯爵は辺境伯という位置づけではないものの、カルツォル国が攻め入った時に国への報告前に独自の判断で伯爵領の軍を動かす許可が下りている。

 もっとも、十数年前の小競り合い以降、カルツォル国との間に諍いがおこったことはない。いまはもっぱら、国境付近の守りがザックフィル伯爵領の軍の仕事だ。


 ブリオールの王都からザックフィル伯爵までは鉄道と船を乗り継いで向かうのが一番近い。王都の東南に位置するドルア男爵主導で進められている鉄道事業はまだあまり普及していないが、ドルア男爵領からドルア男爵領地の南隣にあるリアリス伯爵領まで一本の鉄道が走っているのだ。王都から馬車でドルア男爵領まで移動し、そこから鉄道を使ってリアリス伯爵領内にある終点で下車。そのあと馬車で半日ほど移動して、エディバル運河から船で移動すれば、三、四日あればザックフィル伯爵領にたどり着く。


 アランとサイラス、そしてレバノールのフロレンシア姫と、三人の王族が動くため、護衛や身の回りの世話をする侍女たちの人数もそれないりだ。そのため、少しでも馬車や護衛を減らそうと、オリヴィアはアランとサイラスと三人で同じ馬車を使うことになった。フロレンシア姫は姫の連れてきた侍女と別の馬車。オリヴィアたちの侍女たちは別の馬車に乗っている。


「鉄道は開通式以来だな」


 窓の外を眺めながらアランが言った。

 鉄道が開通したのが今から一年半前。その開通式には国王とアランが呼ばれて、当時アランの婚約者だったオリヴィアも同席した。オリヴィアもそれ以来鉄道には乗っていない。


「そう言えば、あの時のオリヴィアは、珍しく動揺していたな」


 アランがくつくつと笑う。

 オリヴィアはもごもごと言い訳した。


「あ、あれは、すごい音がしてびっくりしてしまって……動き出したらどんどん早くなるし、怖くなって……」


 突然耳をつんざくような汽笛が鳴り響いて滑り出した汽車は、みるみるうちにその速度を上げていくのだ。窓の外の景色が一瞬で変わっていく様子に、オリヴィアは怖くなってしまったのである。青い顔をして必死に恐怖と戦っていたオリヴィアと違って、アランは始終楽しそうだったが。


「オリヴィア、まだ怖い?」


 サイラスが心配そうにオリヴィアの顔を覗き込む。


「二回目だから、多分大丈夫です」

「怖くなったらしがみついてくれていいからね」

「はい」


 にっこりと微笑みあえば、アランがあからさまにため息をついた。


「狭い馬車の中でいちゃつかないでくれ、目のやり場に困る」


 オリヴィアはかあっと頬を染めた。


「べ、べつにわたくしたちはいちゃついてなんてーー」

「そうだよ。兄上、僕たちはいつもこうだよ」

「サイラス殿下!?」


 否定するどころか肯定するようなことを言い出したサイラスにオリヴィアは慌てるが、サイラスは飄々とオリヴィアの肩を引き寄せた。

 アランは弟を軽く睨んだ後で、腕を組んであきらめたように目を閉じる。


「もういい、俺は寝る」


 どうやらアランは機嫌が悪くなってしまったようだ。


(もう、サイラス殿下がふざけるから!)


 オリヴィアはアランに申し訳なくなったが、サイラスはと言うと兄とは違って上機嫌で、アランが見ていないことを幸いにオリヴィアの頭のてっぺんにキスを落としたりしている。

 オリヴィアはそんなアランとサイラスに、先が思いやられるなと嘆息した。

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