お茶会は城の裏庭で行われる。

 裏庭には薔薇園をはじめ、色とりどりの花が植えられて、芝生と灌木で整えられた凛と品のある表庭とは違い、華やかな印象である。


 裏庭には円卓が六つ並べられて、それぞれのテーブルに七席ずつ用意されている。招待人数が三十一人に対して七席は多いが、招待客が多いために途中から好きな席に移動しはじめることを想定し、わざと多めに席を設けたのだ。


 テーブルの中央には三段トレイに一口サイズのお菓子が並んでいる。

 それとは別に、少し離れたところに名がテーブルも準備した。そこにもお菓子や食べ物などが並んでいて、給仕担当のメイドたちがスタンバイしている。


 お茶会当日はからりといい天気だったが、青く広がる空は見ている分にはいいけれど、正直言ってかなりあつい。そのため、裏庭の木と木の間に布をはって、そのしたにテーブルを準備する。これで少しは涼しいだろう。

 お茶会の開催時間を朝にしたのも、気温の配慮からである。招待客が暑さに倒れるようなことがあってはならない。


 今年の夏は、さらりとした肌触りの薄手の生地を空気を含ませるようにして重ねたシフォンドレスが流行している。王妃くらいの年齢の女性には若すぎるデザインだと受けが悪いが、とオリヴィアと同年代の令嬢たちはみな流行のシフォンドレスに身を包んでやってきた。

 もちろん、オリヴィアも同様である。王家の一員になるオリヴィアが流行おくれではどうしようもない。

 オリヴィアは涼やかなミントグリーンのシフォンドレスに、白いつばの広い帽子をかぶっていた。外でのお茶会のため、できれば帽子をかぶってきてほしいとお願いしたため、招待客の大半は何かしらの帽子をかぶっている。


 この帽子は実は、オリヴィアが仕立て屋と相談してデザインした帽子だった。王子の妃になるもの、流行を追うだけではなく流行を発信しなくてはならないらしい。なんとも肩の凝る話だが、アランと婚約していた時には目をそむけていたことも、これからは頑張らなくてはならないのだ。オリヴィアだって反省したのである。

 これまではつばの狭い、頭全体を覆えないのではないかという小さな帽子を斜めにかぶるのが流行りだったが、オリヴィアはそれでは帽子の意味がないと思っている。そのため、暑さ対策も兼ねて、つばの広い帽子――しかも、令嬢たちが好むような可愛らしいデザインの帽子を作ることにしたのだ。


 オリヴィアがかぶっている白い帽子は、つばのところが少し薄い生地になっている。これがくたっと折曲がらないようにするためにいくつもの試作品を重ねた。薄い生地だから若干の光を通すので、顔に暗い影が落ちないため、顔色が悪く見えない。薄くて軽いリボンを帽子の周囲にくるりと巻いているのも特徴だ。

 流行の小さな帽子をつけている令嬢たちの中でオリヴィアの帽子は浮いたが、王妃にも頼んで同じものの色違いをつけてもらった。こちらは華やかなアクアマリン色である。そのため、見ないデザインであっても、令嬢やご婦人方の興味を引くことには成功したらしい。皆がこぞって帽子のことを訊ねてくる。


 フロレンシア姫もオリヴィアのデザインした帽子をつけていた。フロレンシア姫は鮮やかなひまわり色の帽子だ。アクセントのリボンはミントグリーンと、紺の二色。オリヴィアのドレスと王妃の帽子の色にあわせてみた。これで、フロレンシア姫をブリオール国が歓迎していることが伝わるだろう。


 フロレンシア姫がひどくおどおどしていたので、最初はオリヴィアと一緒の席につくことになった。

 フロレンシア姫は帽子の唾を手で引っ張りながら、不安そうに視線を右に向ける。彼女の視線を追って見ると、離れたところに背の高い男の姿があった。フロレンシア姫の筆頭護衛騎士で、確か名前をレギオンと言ったはずだ。


 レギオンはまだ若そうな騎士だった。二十代半ばほどだろう。姫によると十歳になる前からそばにいる専属の護衛騎士だそうだから、十代の時にはすでに取り立てられていたようだ。なかなか出世が早い。腕の立つ騎士なのだろう。

 フロレンシア姫とともに来た護衛騎士はレギオンのほかにもいたが、姫がいつもそばにおいているのはレギオン一人だけだった。跡の護衛騎士は基本的に城の部屋でゆっくりしている。道中の護衛が主だそうなので、滞在中はほぼ休暇のようなものなのだろう。

 不安な時につい目を向けるくらいだ、レギオンへの信頼は厚いようである。だが、たとえ苦手でも、この茶会はなんとか乗り切ってもらわなくてはならない。フロレンシア姫が本当にアランと結婚することになれば、将来王妃となる彼女には避けては通れない道だ。


(……って、妨害するように言われていたんだっけ)


 オリヴィアは心の中で嘆息した。

 国王からはアランとフロレンシアの仲を妨害しろと言われ、王妃からはフロレンシア姫がこの国に早くなじめるように協力しろと言われる。いったいどうしたらいいやら。


 フロレンシア姫の様子を見る限り、アランと同様に、彼女もこの縁談には乗り気ではなさそうだった。ならば国王の頼みを聞いて妨害したほうが二人のためになるだろうが、国政的にはなかなかむつかしい。オリヴィアからすれば、レバノールとの関係を考えると、このまま進めたほうが一番穏便に済むし、なにより国のためにもなるだろうと考えるわけだ。もちろん、これはオリヴィアが自分が王妃になることにさほどの固執もしていないから言えることであるが、ともかく、オリヴィアが望まない周囲の思惑のせいで、オリヴィア自身、フロレンシア姫にどう接すればいいのかいまだにつかめない。


 オリヴィアとフロレンシアが座るテーブルには、ほかに五人の令嬢がいた。オリヴィアは全員顔と名前が一致するが、フロレンシアのために紹介しておかねばなるまい。

 オリヴィアが一人ずつ名前を呼んで紹介していくと、それぞれがフロレンシア姫に友好的な微笑みを向けた。もちろん、ここにいるのは社交にたけた公爵家や侯爵家の令嬢たちだ。心の中で何を考えているのはわからないが、ひとまず、フロレンシア姫が目に見えた悪意にはさらされなさそうでほっとする。さすが王妃の人選。そのあたりも考慮されているのだろう。


「このテーブルクロスは、レバノールの機織ものを使わせていただきました。この緻密な模様が本当にきれいで、個人的にもすごく気に入っています」


 オリヴィアが言うと、令嬢たちの視線が一斉にテーブルクロスへ向く。フロレンシア姫がおずおずと口を開いた。


「職人が時間をかけて手織りいたしますので、同じように見えても若干の違いが出て、まったく同じものが一つとしてないものです。オリヴィア様が使ってくださって、わたくしもとても嬉しいです」


 さすが王女。おどおどしていても、社交は叩き込まれている。声は小さいが、しっかりと自国のアピールも入っていて、令嬢たちは興味深そうにうなずいた。


「まあすてき。手触りもさらっとしていますのね」

「夏と冬で生地の厚みが違うようですよ、こちらは夏用の薄手のものなので、触れるとさらりとした手触りをしています。冬用のものはもっとしっとりとした手触りで、とても温かそうでした。使われている毛の種類や太さ、あと織り方が違うのだそうです」


 オリヴィアが補足すると、フロレンシア姫が驚いたようにオリヴィアを見た。


「オリヴィア様のおっしゃるとおりです。お詳しいんですね」

「生地を選ぶときにレバノールの旗織物を取り扱う店の店主に教えて頂いたんです。間違っていなくてほっといたしました」


 すると、令嬢の一人が食いついてくる。


「まあ、オリヴィア様。どこのお店ですの? レバノールの旗織物は希少で、なかなか流通していないはずですのに」

「最近、城下にできた新しいお店です。僭越ながら、出店時に公爵家を通して少しお手伝いをさせていただいて、その縁があって優先的に生地を仕入れさせていただけました。あとで侍女の方にお店の場所と名前をおつたえしておきますね」


 オリヴィアはテーブルの上のベルを使って、テイラーを呼んだ。テイラーに令嬢と一緒に来た侍女に店の情報を渡すように伝えると笑顔で頷く。すると、令嬢たちが次々に自分もと言い出したので、結局全員の侍女に情報を伝えることとなった。レバノールの売り込みは成功と言えるだろう。

 ついでに、テーブルの上の三段トレイの上においてあるレバノールのお菓子もすすめてみる。ピスタチオがふんだんに使われている、かなり甘いパイのようなお菓子だ。苦いコーヒーを飲むときにこれがまたよく合うので、試食の時に気に入って出してみた。


 コーヒーが流行ということもあり、三人の令嬢たちの手元にコーヒーがある。砂糖とミルクもたっぷりと用意してあるのは、女性たちはとくにコーヒーの苦みになれていないらしく、甘くして飲むことを好むからだ。オリヴィアの予想通り、用意していたレバノールのお菓子はコーヒーを飲んでいる令嬢に特に好評だった。フロレンシア姫も、レバノールの話題なら話しやすいのか、自分からはあまり発言しないものの、ぽつりぽつりと会話が成立している。

 同じテーブルの令嬢たちにフロレンシア姫の売り込みがほとんど終わったところで、王妃に呼ばれた。フロレンシア姫とともに席を外すと、王妃と同じテーぶるについていた夫人が二人ほど立って席を譲ってくれる。オリヴィアは夫人たちに礼を言って席についた。


「どうかしら? お茶会は楽しめていて?」


 王妃がフロレンシア姫ににこやかに訊ねた。フロレンシア姫はうっすらと微笑んで、小さな声で「はい」と答える。王妃が満足そうにうなずいて、テーブルにいた婦人たちにフロレンシア姫を紹介した。

 オリヴィアも夫人たちに挨拶をすませたあと、主催者側が全員同じテーブルについているのもよくないだろうと、ほどほどのところで立ち上がる。すると、つん、と袖が引っ張られて、視線を落とせば、フロレンシア姫がオリヴィアの袖を小さくつかんで不安そうにこちらを見上げていた。


(この席は苦手なのかしら……?)


 確かに、このテーブルの夫人たちは先ほどの令嬢たちと違って、フロレンシア姫にぐいぐいくる。それはフロレンシア姫を次期王妃候補と見ているからに他ならないが、姫にとってはそれは苦痛で仕方がないようだ。

 オリヴィアは王妃と夫人たちに断って、姫を連れて、まだフロレンシア姫が挨拶していないテーブルに移ることにした。


 ほっとしたように笑ったフロレンシア姫がオリヴィアの後をついてくる。噂にたがわず、本当に内気な姫のようだ。

 次のテーブルに移動すると、フロレンシア姫がテーブルに飾られていた花をじっと見つめていることに気がついた。お菓子と一緒にテーブルを彩っている花は、薔薇園から頂戴した色とりどりの薔薇たちだ。このテーブルには、ラ・ポートという名前の、レバノールで品種改良された薔薇が飾られている。薄緑からピンク色に変わるグラデーションが見事な中輪の薔薇だ。花びらの内側が緑で、外側に向かうにつれてピンクが濃くなっていく。名前の由来は、レバノールのポート伯爵夫人が改良したからその名前を取っているらしい。夫人の名前がライトベルなので、ラ・ポートだそうだ。


「この薔薇がお好きなんですか?」


 オリヴィアが訊ねると、フロレンシア姫ははにかむように微笑んだ。微笑んでいても常に緊張しているようなどこか強張った表情を浮かべていたフロレンシア姫が、本日はじめて見せた自然な笑みだった。


(ラ・ポートか。アラン殿下に教え……てもたぶん贈らないでしょうね。やめておきましょう)


 アランはフロレンシア姫との婚約に乗り気でない様子である。もっとも、王妃がその気で、レバノールもその気なのだから、本人たちの意志を無視して進められる可能性も高い。


(邪魔をするのは気乗りしなかったけど、これは国王陛下に加担したほうがいいのかしらね?)


 政略結婚なんてものは、しばしば当人たちの感情は無視されるものであるが、お互いが気乗りしないのに進められるのは可愛そうだ。アランもティアナの件でいろいろあったばかりできっとまだ落ち込んでいるだろうし、内気なフロレンシア姫は自分の意見が言えないだろう。

 そんなことを考えていると、ふと視線を感じてオリヴィアは振り返る。こちらをじっと見つめていた王妃と目があえば、にっこりと微笑まれた。


(あの顔……、わたしが考えてることなんてお見通しってところなのかしら?)


 これは後で呼び出されるな、とオリヴィアはこっそりため息をついた。

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