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彼女は、震える手をぎゅっと握り締めて、不安そうに大きな瞳を揺らしていた。
握り締めた彼女の手を、背の高い男が大きな手でそっと包み込む。
「大丈夫です、きっと」
「そう、よね……」
「はい。絶対にお守りいたします」
彼女は一度男を見上げて、長いまつげを震わせながら目を伏せる。
「今を逃せば、もう……」
続く彼女の言葉を遮るように、男はぎゅっと小さな体を抱きしめた。
☆
王妃が茶会を主催すると言い出したのは、三日後のことだった。
アランとフロレンシア姫は、毎日の夕食を共にするなど、あれからも何度も顔を合わせているようだが特に進展はないようだ。
フロレンシア姫の相手がよほど精神的に疲れるのか、オリヴィアの城の部屋はアランの駆け込み寺のようになっている。今日もまた、午前中にフロレンシア姫に城の中を案内していたアランが、午後になってやって来た。
オリヴィアとしては、ここち愚痴を言いに来るくらいなら執務室に戻って仕事をすればいいとにと思うが、ぐったりとやつれた顔をしているアランを見るとさすがにそんな苦言は言えない。しかし、ただでさえフロレンシア姫の相手で執務時間が削られているアランの仕事はたまる一方で、彼の補佐官であるバックスの顔色も、主とは別の意味で悪くなっている。
「そう言えば母上が言い出した茶会の準備は整っているのか?」
「ええ、まあ……」
散々愚痴ったあとでふと思い出したように顔を上げたアランにオリヴィアは苦笑した。
王妃はとにかくフロレンシア姫を取り込みたいようだ。貴族令嬢や夫人たちを招いて城で茶会を開くことを計画した。この国では認知度の低いフロレンシア姫の顔見せと、彼女が嫁いできたときのための地固めを考えてのことだろう。サイラスとの婚約が内定しているオリヴィアは今回、王妃とともに主催側に回る。正直これがちょっと面倒くさい。
王妃が選定した招待客は三十人くらい。大臣たちの夫人や、公爵家の夫人や令嬢、そして侯爵、伯爵家の中でも社交界に顔がきく夫人や令嬢たちが厳選されている。ある程度年齢の上の夫人方は王妃が相手をしてくれるそうだが、オリヴィアと年齢の近い夫人や令嬢たちの相手は当然のように任された。本音を言えば、きゃぴきゃぴした同じ年くらいの令嬢たちより、年上の夫人たちの相手の方がオリヴィアは得意で、あわてて今の令嬢たちの流行を調べている。主催側は招待された側と違い、話しに適当に相槌を打っていればいいというものではないのだ。
アランの婚約者を長年務めていたオリヴィアは、当然令嬢たちの名前と顔は一致しているし、趣味や特技などもあらかた覚えているが、だからと言ってそれだけで切り抜けられるわけでもない。
うまく盛り上げ、フロレンシアと令嬢たちの橋渡しをして、テーブルについている全員が楽しめるように対処する。無理ではないが、相当気を遣う仕事なのだ。
「紅茶は七種類、そして最近流行しているコーヒーもそろえてみました。軽食や甘いものなどは城の料理人が作ってくださるそうで問題ないかと。それからフロレンシア姫を紹介することがメインとなりますのでレバノールの特産である旗織物でテーブルクロスを作成して、お菓子もいくつかあちらの国のものをお出しする予定です」
「……ほとんどそなたが準備しているじゃないか」
アランがあきれ顔をすればサイラスが肩をすくめた。
「将来王子妃として茶会を主催することが増えるオリヴィアの練習にもなると言って、体よく押し付けられたんだよ」
「なるほど、母上らしい」
アランが同情的な視線を向けてくる。
そのとき、遠くから「でんかー!」とバックスの声が響いてきた。
「アラン殿下、バックス様が呼んでいるようです」
アランはがっくりとうなだれた。
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