第二話

プロローグ

「オトワール陛下がそのようなことを?」


 夫であるブリオール国王からその話を聞いた王妃は、きらんと目を光らせた。

 二人がいるのは、王妃の部屋である。

 オトワール陛下とは、ブリオール国の北にあるレバノール国の国王のことである。

 ブリオール国とレバノール国、そして東にあるフィラルーシュ国の三国を、ルノア三国という。一昔前までこの三国は一つの大国であったことから、国交も盛んでとても仲がいい。


 王妃は白のビショップを盤上におき、ナイトを奪い取ると、ゆったりとソファの背もたれに背中をうずめた。

 現在、王妃と国王はチェスの勝負の最中だった。かける対象は、今年の避暑地をどこにするのかということ。先ほどの夫の話を聞く限り、今年は避暑地でのんびりできる期間が少なそうだった。正直、王妃としてはどこの別荘を避暑地に選ぼうが、どうでもいい。だが、勝負を挑まれたからには受けて立つ。王妃はとても負けず嫌いだ。


「さすがに例の一件があるからな、こちらとしても突っぱねられない」

「あら、突っぱねる必要がどこにあるのかしら?」


 王妃が形のいい口元に弧を描くのを見て、国王の眉間にしわが寄った。


「……何を企んでいる?」

「まあ、企むなんて人聞きの悪い」


 ふふ、と王妃は笑う。その笑顔で国王は確信した。長年連れ添ってきた愛する王妃である。純粋に楽しんでいる笑顔か、姦計を図ろうとしている笑顔か、見ればすぐにわかるのだ。

 王妃はクイーンを手に取った。


「わたくしは賛成でしてよ」


 ことん、と王妃は盤上のクイーンを動かした。何気なく盤上に視線を落とした国王の顔がサッと変わる。


「ま、まて! そこは……!」

「今日の勝負も、わたくしの勝ちのようですわね」


 黒のキングはもう目の前。

 次の手でクイーンを取られたとしても、その次の王妃の一手でチェックメイト。

 ふふ、と王妃は今度は、純粋に楽しそうな笑顔を浮かべる。


「わたくしに運が向いてきたようですわ」


 国王は、うぐぐ、と悔しそうに低く唸った。

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