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「まず、レモーネ伯爵令嬢がおっしゃられたことですが、身に覚えのないことですので否定させていただきます」
「なんですって! 厚顔も甚だしいですわ!」
「レモーネ伯爵令嬢、少し静かにしていてくれるかな? 私はオリヴィアに話を聞いていてね」
国王が穏やかに、けれども有無を言わさずティアナを黙らせると、オリヴィアは一拍の間ののち続ける。
「順を追って説明させていただきますと、エドワール王太子殿下のおっしゃられた税収が芳しくない町というのはウィンバルの町――、国境をはさんでこちら側にあるのはデボラの町でございます。この二つの町に言えることでございますが、過去十年ほどにさかのぼって確認したところ、このあたりの気候に大きな変化や異常気象などは見られず、また虫などによる被害、水質の変化なども特に見当たりませんでした。実際、デボラの町の農作物の生産については大きな変化はみられておりません。けれども、ほとんど気候も地質も水質も変わらない隣国のウィンバルだけ生産が落ちている。そこには何らかの意味があるのではないかと、わたしとサイラス殿下はデボラの町へ調査へと向かわせていただきました」
「な――」
口を挟もうとしたレモーネ伯爵を、国王が視線で黙らせる。
「続けなさい」
国王に促されて、オリヴィアは頷いた。
「デボラの町を調べてわかったことですが、やはり作物の生産量についての変化は特にみられませんでした。けれどもただ一点、国への税収の報告書に記載のなかったものがございました」
「そうなのか、レモーネ」
国王がデボラの町を含む一帯の領地を管理しているレモーネ伯爵へ視線を向けた。国王に続き、大臣たちやアラン王太子も彼を向く。ただ一人、ティアナだけが状況を理解できていないのか、きょとんとした顔をしていた。
「い、言いがかりでございます!」
レモーネ伯爵がつばを飛ばしながらわめく。
サイラスが護衛官のコリンに命じて、用意してきた資料を持ってこさせた。
コリンがアトワール宰相に資料を手渡すと、彼はそのまま国王に差し出す。
「そこにある通り、デボラの町から少し離れた一帯に、金の加工工場ができております。外見はただの民家にしか見えませんが、間違いはございません」
「ほう……」
「けれどもデボラの町を含むレモーネ伯爵の領地で金鉱山を見つけたという報告はあがっておりませんし、調べたところ、特にそれらしいものはございませんでした」
「なるほど、妙な話だな」
報告書を読み終わった国王が、黙ってそれをアトワール宰相へと返す。
オリヴィアは頷いて、それからコリンに頼んで新たな資料をアトワール公爵に渡してもらった。
「けれども、金の加工をしているということは、どこかしら金の出どころがあるはずです。そこで今度は、エドワール王太子殿下がおっしゃった、ここ数年税収が減ったというウィンバルの状況を探らせました」
「それがこの報告書か」
国王は宰相から渡された次の報告書を開いて、それから眉を寄せた。
「……これは事実か?」
これまでにこやかな表情を浮かべていた国王の顔が険しくなる。
オリヴィアは首肯した。
「はい、真実です。ウィンバルの町のほど近い山で、金が産出されています。けれどもそれについてはあちらの国へは報告がされておらず、また、ウィンバルの町の領主もあずかり知らなかったことのようです。そちらで掘られた金は国境をまたいでデボラの町へ運び込まれています。ウィンバルでひそかに金の採掘の仕事をしていた人間に話を聞いたところ、数年前から金を掘る仕事を持ち掛けられたとのことでした。金を掘ってそれをデボラへ運べば、農業を営んでいた時の三倍の収入が入ると」
「……金の密輸、か」
「はい。それがウィンバルの税収が減った理由です。採掘した金をウィンバルで売ることは、農夫たちにはできません。領地で取れたものは領主、そして、金であれば収益の五割が国の取り分です。そのため、農夫たちが農業をやめて金鉱で金を掘る仕事をしたところで、彼らの懐はさほど潤わないでしょう。むしろ畑仕事の方が場合によっては儲けになるかもしれません。けれども、掘った金をデボラで買い取ってもらった場合は異なります。農夫たちはこれまで通り作物を作るよりも金鉱山で働いたほうがより多くの収入が得られるので、自然に畑仕事をしなくなりました。金鉱山での収入は秘密裏に支払われているため、領主に税金として搾取されることもありませんから」
国王はしばし沈黙して、ゆっくりとレモーネ伯爵の方を向いた。
「これは本当か?」
レモーネ伯爵は真っ青な顔をして、ふるふると大きく首を横に振った。
「し、知りません! 私は何も知りません! 言いがかりです! アトワール公爵令嬢が、私の娘に王太子殿下の婚約者の座を奪われた腹いせに、私を陥れようとしているのです!」
「なんですって? アラン殿下聞きました? オリヴィア様ったら――」
まだ状況がわかっていないのか、ティアナが父親の言葉をそっくりそのまま鵜呑みにして、隣にいるアランに言葉をかけるが、アランは疲れたように息を吐いた。
「……君は、何もわかっていないのかな」
ぽつりとアランがつぶやいた言葉にティアナは首をひねった。
だが、ティアナが言葉を重ねる前に、オリヴィアが続けた。
「伯爵、この件についてはすでに裏が取れています。税収に大きな変化がないにも関わらず、ここ数年、伯爵の周囲で大きなお金が動いていました。例えば新しい邸をいくつも買われたり、美術品を仕入れられたり。夫人や令嬢が身につけられている宝飾品やドレスも、一度身に着けたら処分しているのかと疑いたくなるほど毎回違うものを身に着けていらっしゃる。失礼ですが、伯爵の領地はさほど広くはなく、税収もそれほど多くはありませんでしたね。帳簿を確認したところ、本来であれば湯水のように使うお金はないはずです。伯爵。加工した金製品の販売先はレバノール国ですね?」
「そこまでわかったのか」
国王が目を見張る。
オリヴィアは国王を見上げた。
「はい。隣同士の町の住人だけでやり取りしているのであればさほど目立たないでしょうが、輸出となればどんなに隠そうとしたところで隠しきれるものではありません。レバノール国の商人には裏が取れました。彼が管理していた帳簿も確認済み、レバノールの商人は密輸だと知らなかったと言われていますが、このあたりはあちらの国が調べることになるでしょう」
国王は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえてきつく目を閉じる。
「……レモーネ、言い分はあるか?」
唸るような国王の声に、レモーネ伯爵はこれ以上は言い逃れできないと判断したのか、がっくりとうなだれた。
国王が衛兵に命じてレモーネ伯爵の身柄を拘束させる。王はそののち、ティアナに視線を移した。
「ということだ。レモーネ伯爵令嬢、申し訳ないが、そなたと王太子の婚約はのちほど解消となる。そなたも自宅に戻って処分が決まるまで謹慎していなさい」
ティアナは瞠目した。
「どうしてですか! どうしてお父様が連行されますの? オリヴィア様っ、いったい何をしましたの! 逆恨みも甚だしいですわよ!」
「ティアナ、君はまだわからないのか? それとも、まだとぼけているだけなのかな」
「アラン殿下、どういうことですの!」
「……わかりやすく言えば、君の家と王家を縁続きにするわけにはいかないということだ。君とは結婚できない」
ティアナはひゅっと息を呑んで、それからオリヴィアを鋭く睨みつけた。
まるで射殺されそうな視線にオリヴィアがぎくりと肩をこわばらせると、サイラスが握っていた手に力をこめる。サイラスはオリヴィアが国王に説明を行っている間もずっと手を握っていてくれた。オリヴィアは彼の手のぬくもりにほっと息を吐く。
「殿下! わたくしが王妃にふさわしいから婚約なさってくださってのでしょう? それなのに、どうして……。まさか、そこのオリヴィア様と再び婚約なさるおつもりですか? オリヴィア様のように教養もない愚かな方を王妃にしたら国が滅びますわよっ」
ティアナの高い声が響き渡る。
それを聞いてため息をついたのは、誰だっただろうか。
黙って傍聴していた大臣たちの一人が、苛立たし気に口を開いた。
「陛下、発言を許していただいても?」
「許そう」
国王が答えると、大臣の一人がすっと前に歩み出る。
「レモーネ伯爵令嬢、この場でこのようなことは申し上げたくはありませんでしたが、これ以上は聞くに堪えません。あなたは何か勘違いなさっているようですが、オリヴィア様――アトワール公爵令嬢は、あなたの言う無知な方ではございません」
「ど、どういうことですの」
「あなたにもわかるように説明いたしますと、わたくしどもがオリヴィア様とあなたに頼んでいた書類のお話をいたしましょうか。オリヴィア様は非の打ちどころもないほど見事に仕上げてくださいました」
「わたくしも処理いたしましたわ!」
「なるほど。確かにあなたは書類にサインはしてくださいました。そう、本来仕訳けないといけない書類をすべて『可』とし送り返してくださいましたね」
「それの何が悪いんですの」
「まだわかりませんか。ではたとえ話をいたしましょう。例えばここに金貨が十枚あると致します。その予算をもとに何かの買い物をしなければならないとしましょう。金貨十枚に対して、購入しなければならないものを合計すると、金貨が二十枚必要になってしまう。あなたならどういたしますか?」
「足りない金貨を用意すればいいではないですか。お父様ならすぐに用意してくれますわ」
大臣はこれ見よがしなため息をついた。
「国はそうはいかないのです。予算が足りないのであれば、その中で予算内におさまるよう調整しなくてはいけない。例えば購入しなければならないもののリストから優先とそうでないものを分類するなどしてね。わたくしの言いたいことはわかりますか?」
「わかりませんわ!」
「そう、だからあなたは王太子殿下の妃にはふさわしくないのです」
ティアナはかっと顔を赤くそめた。まだ何かを言いつのろうとしたけれど、国王が衛兵を呼んで彼女を連れ出すように命じる。
「どういうことですか! 殿下っ、なにかおっしゃってください! わたくしのことを素晴らしいとおっしゃってくださったではございませんか!」
衛兵に引きずられながらティアナが叫ぶが、アランはきつく目を閉じて何も返さなかった。彼は彼で思うところがあるかもしれないが、今この場でティアナをかばうことはできない。庇えるだけの材料がどこにもないからだ。
ティアナがいなくなると、国王は咳払いをして、わざと明るい声を出した。
「慌ただしくてすまないな。この件に関しては、日を改めて会議とさせてほしい。我が国のことだけではないからな」
国王の言う通り、これは慎重に進めなくてはならない問題だ。しばらくの間は頭の痛い問題になるだろう。
王から解散を告げられて、大臣たちが席を外す。あとに続こうとしたところで、オリヴィアは国王に呼び止められた。
「オリヴィア。そしてアランにサイラス、そなたたちは少し残ってほしい、もちろん王妃もだ」
それまでただ黙って成り行きを見守っていた王妃は、薄く笑った。
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