25

「殿下」


 パーティーが終盤に差し掛かった頃、オリヴィアはバルコニーで涼んでいたエドワール王太子に声をかけた。


 エリザベート妃は王族専用の席でティアナたちと談笑中のようだ。


 サイラスは先ほどアランに呼ばれて、一時的にオリヴィアのそばから離れている。


 エドワールと二人きりで話すチャンスは今しかなかった。


 オリヴィアが近づくと、エドワールはまるでオリヴィアが話しかけてくるのを待っていたかのように振り返った。


『一人になったら話しかけてくると思ったよ』


 エドワールがフィラルーシュ国の言葉で答える。内緒話をするにはフィラルーシュ国の言葉を使うのが得策だろう。オリヴィアもすぐに言葉を変えた。


『先ほどのお話の件ですが、例の町がどこか、具体的に教えて頂いても?』


 ブリオール国とフィラルーシュ国の国境付近に位置する町はいくつかあるのだ。オリヴィアはどうしてもその町の場所を知る必要があった。


『ウィンバルの町だよ』


『ウィンバル……』


 オリヴィアは頭の中に地図を描いた。


 エドワールはじっとオリヴィアの顔を見やったあとで、唐突に話題を変えた。


『どうしてアラン王太子と婚約を破棄したのかな?』


 遠慮して訊ねないようにしているのかと思ったのに。オリヴィアは思考を中断して顔を上げ、仕方なく答える。


『それは殿下に聞いていただけると』


『なんだ。てっきり君の方からフッたと思ったのに、その様子じゃ違うのかな』


『ええ、まあ』


『なるほど。……もしかして、アラン王子は破滅したいのかな』


 エドワールが小さくつぶやくが、オリヴィアは聞かなかったことにした。


 オリヴィアはそんな世間話よりも大事な話があるのだ。話の腰を折られてはたまらない。


『エドワール殿下。勝手なお願いとは承知していますが、ウィンバルの町の件、少しだけわたしに預からせていただけませんか?』


『おや、他国の町のことが、王太子の元婚約者様に何の関係があるのかな?』


 エドワールは意地悪な質問を返した後で、すぐに相好を崩した。


『冗談だよ。私としても、できれば今回の件については事を荒立てたくはない。こちらにもさほど利はないだろうし、面倒ごとが増えるだけだからね。君が解決してくれるなら、願ったりだ』


 エドワールはそう言って立ち去ろうとして、思い出したように振り返った。


『そうそう。よくわからないが、私がこの話をアラン殿下に持ち掛けた時、彼の新しい婚約者のティアナ嬢が、きみならいい答えを導き出せるかもしれないと言っていたが、あれはおそらく善意からの言葉ではないだろうね。君も大変なようだが、まあ、悪意には気をつけておいたほうがいいだろうよ。特に君は頭はいいようだが、少々鈍感なきらいがあるようだからね』


 エドワールがひらひらと手を振りながら去っていくと、入れ替わるようにサイラスが戻ってきた。


「何を話していたの?」


 わずかに曇ったオリヴィアの顔に、サイラスが心配そうに訊ねたが、オリヴィアはゆっくりと首を横に振った。

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