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 王族は普段、パーティーの時は専用の席を設けられるものであるが、どうやらサイラスは本日はそちらには向かわず、パーティーホールでオリヴィアとともに過ごす気でいるらしい。


 おそらく、王族専用の席にはアランとティアナがいるから、オリヴィアが不快に思わないように気を遣ってくれているのだろう。


 ファーストダンスは、アランとティアナ、エドワール王太子と彼の妃であるエリザベートが踊り、それの終了を開始の合図に、それぞれがパーティーを楽しみはじめる。


 基本的に貴族たちにとってパーティーはそれぞれの思惑を腹に抱えた社交の場であるが、サイラスが告げたように、オリヴィアは今日は何も考えずに楽しむことができそうだ。


 父であるアトワール公爵も参加しているが、父についてあいさつ回りをする必要もないらしい。エドワール王太子の歓迎バーティーという大きなパーティーでありながら、今までで一番気楽なパーティーだった。


 サイラスに誘われてオリヴィアは二曲ほどワルツを踊ったあと、人目を避けるように彼とともにバルコニーへ向かう。


 少々風が冷たかったが、ダンスの前にシャンパンを飲んでいたため、ほてった頬には気持ちよかった。


 バルコニーに並んで、サイラスとともに月明かりに照らされた庭を見やる。彼と他愛ない会話を楽しんでいると、背後から呼ばれて振り返った。


 見れば、ティアナがアランとともに立っていた。


 サイラスがさりげなくオリヴィアをかばうような位置に移動する。サイラスの背後からアランを見れば、彼はどことなく気まずそうな顔をしていた。


「オリヴィア様、探しましたのよ!」


 ティアナがにっこりと満面の笑みで言う。


 オリヴィアは怪訝に思った。少なくともティアナは、オリヴィアを目の敵にしていたはずだ。オリヴィアをわざわざ探しに来たのはどうしてだろう。


「オリヴィア様、エドワール王太子殿下がオリヴィア様にお会いしたいとおっしゃられているんです。さあさあ、まいりましょう!」


 オリヴィアは思わずサイラスと顔を見合わせた。エドワール王太子とは確かに面識はあるが、親しいわけではない。その彼がオリヴィアに会いたがるだろうか?


「兄上、エドワール王太子殿下はオリヴィアにどういったご用件でしょう」


「私はよく知らない。さっきまでは侯爵たちと話していたからな。だが、ティアナが言うにはエドワール殿下がオリヴィアを呼んでいるらしい」


 オリヴィアと呼ばないでほしいと言ったのに、アランは相変わらずオリヴィアのことを名前で呼ぶつもりらしい。注意をするのも面倒で、オリヴィアはもう一度サイラスと顔を見合わせると、呼ばれているなら仕方がないと、エドワール王太子の元へ向かうことにした。


 エドワール王太子はエリザベート妃とともに国王と王妃と談笑中だった。


 オリヴィアたちが近づくと、エドワール王太子が微笑んだ。


「久しぶりだねアトワール嬢」


「お久しぶりでございます、殿下。妃殿下」


 エドワールの隣で、エリザベートもにこやかな笑みを浮かべた。オリヴィアがアランと婚約破棄をしたことは聞いているはずだが、触れられないことにオリヴィアは若干ほっとする。訊ねられてもオリヴィアに答えられるだけのものがないからだ。


 ティアナはアランの腕に自分の腕を絡めながら、


「殿下、ほら。先ほどのお話の件! オリヴィア様ならきっといい案をお持ちですわ!」


「ああ、そうだったね」


 ティアナに言われて、エドワール王太子が頷く。


 エドワール王太子に言われて、オリヴィアたちは席を移すことにした。どうやら「先ほどの話」とはあまり人に聞かれたくない話らしい。


 国王と王妃に断って、オリヴィアたちは二階の王族専用の休憩室へと移動する。


 アランが給仕に軽食とドリンクを運ばせると、エドワール王太子は白ワインを口に運びながら穏やかに口を開いた。


「実はね、ブリオール国との国境付近にある町なのだが、近年、税の支払いが激減していてね。町の人間が領主に言うことには、不作の年が続いているらしいのだよ。その町の領主は善人を絵にかいたような伯爵でね、税はその年の出来の割合で取り立てるようにしているのだが、ここのところ、通常の三分の一以下の税の支払いが続いていて、財政が圧迫されているようでね。私としても歴史あるかの伯爵家を没落させるわけにもいかず、かといって不作の原因もわからず困っているんだよ」


「本当にお可哀そう!」


 ティアナが全然可哀そうに思っていないだろう元気いっぱいの声で告げる。


 オリヴィアはティアナの様子にあきれつつ、マーマレードジャムの乗ったクラッカーを一つ口に入れながら訊ねた。


「不作の原因がわからないとのことですが、と言うことは、天候などに変化はないということでしょうか? 突然の雹や、バッタなどの害虫の被害も出ていないと?」


「そのような話は一切聞いていないね」


「土壌はいかがでしょう。突然質が変わったりとかは?」


「やだ、オリヴィア様ったら! そのくらい殿下が調べていないはずないじゃないですか!」


「ティアナ嬢の言う通り、そのあたりも確かめて見たが、特に変化は見られなかった」


 エドワール王太子は穏やかな口調のまま答える。


 オリヴィアは細いあごに手を当てて視線を落とした。


 疑問点は二つ。一つは先ほどエドワールが告げた「原因不明の不作」のその原因。そしてもう一つは――


(どうしてこの話をわざわざしたのかということね。アラン殿下やティアナに聞かせる理由がないわ。ブリオール国には関係のないことだもの……、待って)


 オリヴィアはちらりとアランとティアナに視線を投げた後で、わざとブリオール国の公用語意外の言葉、すなわちエドワール王太子のフィラルーシュ国の言葉で訊ねた。


『国境をまたいだブリオール国の領地でも同様のことは起きていますか?』


 突然オリヴィアが異国の言葉を話したからだろうか、アランとティアナが驚愕の表情を浮かべる。


 オリヴィアの隣では、どうやらフィラルーシュ国の言葉を理解しているらしいサイラスも驚いた顔をしていたが、こちらはオリヴィアがフィラルーシュ国の言葉を口にしたからではなく、オリヴィアが訊ねた内容に対する意味に気がついてだろうか。


 エドワールはワイングラスをおくと、小さな間をはさんで答えた。


『むしろ豊作だと聞いているよ』


『………。ありがとうございます』


 オリヴィアは難しい顔をして押し黙った。


「もう! オリヴィア様ったらなんですの? 内緒話みたいに!」


 のけ者にされて面白くなかったらしいティアナが口をとがらせる。


(……ティアナは呑気でいいわね)


 オリヴィアは嘆息したくなった。オリヴィアの隣でも、サイラスが険しい表情を浮かべている。


「それで、オリヴィアには原因がわかったのか?」


 アランがまるで探るような視線を向けてきた。


 だが、オリヴィアは答えられなかった。今ここで、脳裏をよぎった可能性を口にすることはできない。少なくとも、エドワール王太子のいる前では口にしてはいけない。


「もう、オリヴィア様ったら黙り込まないでくださいよ。もしかして答えがわからないんですか? ふふふ、わたくしはわかっちゃいましたよぉ」


 能天気な声でティアナが言う。


「わかったのか?」


 アランが驚いてティアナを見えれば、彼女は勝ち誇ったように言った。


「もちろんです! 答えは簡単! その町の人たちが収穫された作物を隠して自分たちばかり贅沢をしているんですわ!」


 オリヴィアはティアナの答えにも何も返さなかった。


 エドワール王太子はうっすらと笑って、「なるほど、そうかもね」と頷く。


 ティアナが嬉しそうに笑う声を聞きながら、オリヴィアは嫌な予感を覚えていた。

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