18

「大丈夫だった?」


 オリヴィアが自身に与えられている部屋に戻って間もなくして、サイラスがやってきた。


 テイラーがお茶を用意して控室に去ると、サイラスは心配そうな顔でそう問いかけてくる。

 オリヴィアはピンときた。


「もしかして、王妃様のお部屋にティアナ嬢を連れてきたのは――」


「連れてきたわけじゃないよ。ただ、遣いをやって母上とオリヴィアがお茶会をしているという情報を与えただけ」


「……サイラス殿下」


「ごめん。でも急いでいたんだ」


(急いでいた?)


 オリヴィアは首をひねる。


 サイラスは茶請けのスコーンを手に取ると、二つに割ってクロテッドクリームを塗った。さすが親子。王妃と塗り方や塗ったクリームの量がほぼ同じだ。


「単刀直入に訊くけど、母上について『どう』思った?」


「頭のよろしい方かと」


「本音は?」


「……腹の底が見えない方です」


「そう。その通り!」


 サイラスはぱちんと指を鳴らした。


「母上はタヌキなんだ。昔から。そして、何よりも兄上を溺愛している」


「溺愛?」


「そう」


 サイラスはスコーンを咀嚼すると、どこか拗ねたように口を尖らせた。


「だから、母上は兄上の将来の地盤が少しでも揺るぐことを是としない。つまり、今回の婚約破棄の騒動と、レモーネ伯爵令嬢との兄上の婚約を、面白く思っていない」


「と、言うと?」


「あわよくば、君と兄上を再婚約させるつもりでいる」


「え……」


 そんな馬鹿な。一度婚約破棄をして、もう一度婚約を結びなおすなんて、それ相応の理由がない限りは認められないだろう。今回の強引な婚約破棄騒動で、王太子への批判が集まっているとも聞く。この状況でオリヴィアとの再婚約を押し切ろうものなら、議会が荒れる。下手をうてば廃太子の可能性だってあるだろう。


 だが、サイラスの言うとおりであれば、王妃は「王太子の将来の地盤が少しでも揺るぐことを是としない」。廃太子にならない方法は考えているのだろう。


 サイラスは肩をすくめた。


「もし君が母上の前で馬鹿をやってくれれば、状況は変わったかもしれないけれど……、君がそうしてくれるはずはなかったから、だから手っ取り早くレモーネ伯爵令嬢を使って邪魔をさせたんだ」


 なるほど。あの場でオリヴィアは「馬鹿」を演じることが正解だったのだ。王妃の問いにすべて不合格で返していればよかったのだ。……まさか王妃がそのようなことを考えているとは知らず、選択を間違えた。


(ずっと『馬鹿』を演じていたのに、一番大事なところで失敗するなんて……)


 王妃は試していたのだろう。オリヴィアの言った、「王太子の欠点を補えるもの」にオリヴィア自身が値するかどうかを。


 サイラスはきゅっと唇を引き結ぶと、テーブル越しにオリヴィアの手をとった。


「僕と婚約して」


「殿下……」


「待つつもりでいたけれど、うかうかしていたら母上に全部持っていかれる」


 サイラスが顔をゆがめる。それほどまでに王妃は厄介な人物なのだろうか。


 サイラスに本気で求婚されては、オリヴィアだって断れない。王子の求婚をあっさり断ることなどできるはずがないからだ。


 だが、その気にさせて見せると言ったサイラスの言葉は、オリヴィアには未知でまだ理解が及ばない。貴族は政略結婚が常。公爵家にとってこの結婚以上の良縁はないだろう。王太子アランはお断りだ。ならば――


「待ちなさい」


 オリヴィアが頷きそうになったそのとき、低い声とともに静かに扉が開いた。


 苦笑を浮かべて部屋に入ってきた相手を見て、オリヴィアは息を呑む。


「……陛下」

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