16

「母上がオリヴィアをお茶に誘った?」


 護衛官コリンからの報告に、サイラスは思わず舌打ちした。


 どこかのタイミングで動いてくるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早くとは思わなかった。


(オリヴィアが兄上の仕事をやっていることがもう耳に入ったのか……)


 サイラスは自室の扉に手をかけながらコリンを振り返った。


「ティアナは今日、城に来ているかい?」




     ☆




 オリヴィアが部屋を訪れると、王妃は笑顔で出迎えた。


 アランと長らく婚約関係にあったが、思い出してみる限り、王妃と顔を合わせたのはパーティーなどがせいぜいで、個人的にお茶に誘われたことはなかった気がする。


 王妃付きの侍女たちからの冷ややかな視線が気になるが、オリヴィアがソファに腰を下ろすとほぼ同時に、侍女たちは王妃によって部屋から追い出された。


 すでにテーブルの上にはティーセットが用意されていたが、色とりどりのお菓子が並べられた中にひとつ、異彩を放つものがおかれており、オリヴィアの目が釘付けになる。


(……チェス?)


 テーブルの真ん中におかれていたのは、チェス盤だった。王妃はチェスをたしなむのだろうか? チェスをたしなむ女性がまったくいないというわけではないが、この国においては非常に少ないはずだ。


「まずは、この度の王太子の非礼を詫びます。ごめんなさいね」


 王妃は凛とした声で告げて、まるで礼儀作法の手本のような隙のない動作で頭を下げた。


 オリヴィアは慌てて居住まいを正して首を振った。


「そのようなことをなさらないでください」


「いいえ。これはけじめです。わたくしのあずかり知らぬうちにとはいえ、王太子がとんでもないことを。……陛下も、どうして容認したのか」


 王妃はわずかに眉を寄せて細い息を吐き出す。


 それから、恐縮しきったオリヴィアを見ると、ふと相好を崩した。


「あなたとこうしてお茶を飲むのははじめてですね。固くならずに楽にして頂戴。今日のお茶はわたくしの兄の領地でとれたものなの。なかなかおいしいのよ」


「はい。ありがとうございます」


 オリヴィアは勧められるままにティーカップに口をつけた。確かに薫り高く、渋みの中にも甘さを感じる美味しい紅茶だった。


 王妃もティーカップに口をつけながら、おっとりと、けれどもアーモンド形の瞳を油断なく光らせながら訊ねてくる。


「そうそう、あなたが王太子の仕事を手伝っていると聞きました。本当かしら?」


 オリヴィアはぎくりとした。


 もしかして、今日はそれを咎めるために呼ばれたのだろうか。確かに、オリヴィアはもう王太子の婚約者ではないから、彼の仕事を手伝う権利はない。だが、これは王の命令であるのに。


 オリヴィアは表情を崩さずに王妃の様子を伺いながら、けれども虚偽報告はできないので、仕方なく頷いた。


「はい。ほんの少しではございますが」


「謙遜しなくて結構よ。あなたがほとんど片付けていると、ある大臣の一人に聞いたの」


 どこの大臣だか知らないが、余計なことを。オリヴィアは舌打ちしたくなった。


「聞いた話によると、今までもあの子の仕事のほとんどをあなたが処理していたそうね」


「……はい」


「そう。……正直耳を疑ったけれど、本当だったのね」


 王妃は紅茶を飲み干すと、からになったティーカップを脇に置いて、突然、チェスの駒の入った箱をオリヴィアに差し出した。


「あなた、チェスはできる?」


「え? ええ、一通りルールは……」


「そう、じゃあ一勝負してくださるかしら? もちろん、手加減なんてしないでね」


 オリヴィアは、王妃が何を考えているのかさっぱりわからなかった。

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