6

 サイラスが王の私室を訪れると、父はまるでサイラスが来るのがわかっていたかのように笑顔で出迎えた。


「そろそろ来る頃だと思っていたよ」


「兄上がオリヴィアとの婚約を解消するというのは本当ですか?」


 挨拶もそこそこにサイラスが詰め寄るように訊ねれば、王は表情を変えずに頷いた。


「そうだな」


「そうだなって父上――」


 サイラスは、まさか父が兄とオリヴィアの婚約破棄を認めるとは思っていなかった。


 驚く息子に、父は続けた。


「それで? お前はそれを確認しに来たのかな?」


 サイラスは父に勧められてソファに腰を下ろすと、大きく息を吸った。


「兄上とオリヴィアの婚約破棄を認めるのであれば、オリヴィアを僕に下さい」


「くださいと言われても、オリヴィアは私のものではないからね。彼女自身に聞かないと」


「では、オリヴィアを口説くチャンスを僕に下さい」


 重ねて言えば、父は苦笑を浮かべた。


「いつになく急いているようだが、少し冷静になりなさい」


 父はローテーブルの上のシガレットケースをあけると、葉巻を一本取り出した。


 目の前で紫煙が天井に吸い込まれていくのを見やりながら、サイラスは少しイライラした。


 オリヴィアは美人だ。そして、相当な才媛である。うかうかしていると、ほかの男に横からかっさらわれるとも限らない。またにないこのチャンスを逃すつもりはないサイラスには、父の言うように「冷静」でいられるほどの余裕はなかった。


「どうしたらオリヴィアを僕にくれますか」


 父はふーっと煙を吐き出してから、顎を撫でた。


「それはお前が考えることだが……、そうだな、私から言えるとすれば、『王妃』はオリヴィアだ。それ以外、私は考えていない」


「王妃……?」


 サイラスは怪訝そうに眉を寄せ、それからハッと目を見開いた。


「理解できたようで何よりだ」


 サイラスは父がのんびりと葉巻をたしなんでいる間、ただ黙ってそれを見つめた。そして、王が葉巻を灰皿に押し付けた直後に、口を開く。


「父上。賭けをしませんか?」


 父王は笑った。


「いいだろう。ただし、期限はそれほど長くやれないぞ」

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