7
アランはイライラと爪先で机をたたいた。
目の前に山になっている書類はすべて、アランの決裁待ちの書類たちだ。
「おい、どうしてこんなにあるんだ」
アランが補佐官であるバックスを睨むと、彼は禿げかかった頭を撫でながら、言いにくそうに口を開いた。
「ですが殿下、書類はいつもこのくらいありましたよ……?」
「馬鹿な! いつもはこの十分の一くらいだったはずだ!」
「それは……」
バックスは口ごもると、意を決したように続ける。
「書類のほとんどは、その……、アトワール公爵令嬢が片づけてくださっていましたから……」
バックスが言いにくいのには訳がある。アランの仕事が遅く、書類がたまっていく一方で弱り切っていた時に、それとなく手を差し伸べてくれたのがオリヴィアだったからだ。彼女は的確に書類を分類し、王太子の婚約者という立場の彼女が処理できると判断できた大半の物を手元に引き取ってくれていた。王太子の手に残ったのは、特にややこしくもない、わずかばかりの書類だけだ。そのわずかな書類でも相当な時間をかけていたアランに、どうしてこの秘密が言えようか。王太子が遅いから婚約者様に泣きつきましたなんて、言えるはずがない。言ったは最後、矜持を傷つけられて怒り狂った王太子の手によってバックスの首が飛ぶ。
「オリヴィアが!?」
よほど驚いたのだろう。アランが執務机から立ち上がった。
勢いよく立ち上がりすぎたせいで、積み上げていた書類がばらばらと床に散らばる。
「馬鹿な! あの女にできるはずがない! あの女は王妃教育も受けていない無能ものだぞ!」
「ええっと……」
バックスは返答に困った。無能はお前だと言いたかった。もちろん言えるはずがない。
どういうわけか、アランを含め、城で生活している大半の使用人たちはオリヴィアのことを愚者だと思っているが、とんでもない。バックスをはじめ、アランに困らされていた一部の人間からすれば、オリヴィアは女神のような女性だ。彼女がいるから、今まで仕事が回っていたのである。
バックスがどう説明したものかと悩んでいると、突然アランが手を叩いた。
「そうかわかったぞ! オリヴィアめ、誰か頭の切れる人間を雇ったな! そうに違いない!」
どうしてそうなる。
バックスは頭を抱えたくなった。オリヴィアがアランのために誰かをこっそり雇う理由がどこにある。それならアラン自身に雇わせればいいだけだ。馬鹿馬鹿しい。第一、アランの手元にある書類に決裁できる人間は限られる。誰でもいいわけではないのだ。どこの誰とも知れない人間を雇っても、その人間が決済できるものではない。というか、目に入れるのも問題だ。
「バックス! 今すぐにオリヴィアの雇った人間を探し出せ!」
そんなものがいるはずもないのに、アランは無茶を言ってくれる。
バックスはだらだらと汗をかきながら、遠慮がちに告げた。
「恐れながら殿下、それらの書類は、殿下か殿下の婚約者様、陛下、王妃殿下にしか決済できない書類でございます……」
「……それもそうだな」
さすがにそのあたりの「常識」は理解してくれたらしい。ほっと胸を撫でおろしたバックスだったが、次のアランの発言に目を剥いた。
「わかった! では、ティアナに手伝ってもらおう」
やめてくれ! バックスは叫びそうになったが、寸前のところで口を押えて必死に耐えた。
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