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サイラスがアトワール公爵邸にやって来たのは、王太子アランから婚約破棄を告げられた二日後のことだった。
王太子の婚約者でなくなったオリヴィアは、ご機嫌伺いで城に出向く必要もなくなって、その分を大好きな読書の時間にあてた。
自室で本を読んでいるときに執事のモーテンスからサイラスの到着を告げられて、オリヴィアは目を丸くした。
事前に先ぶれも何もなかったからだ。
階下におりてサロンに入ると、「まあ、うふふ」と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
見れば、母である公爵夫人が、まるで少女のように頬を赤らめて楽しそうに笑っていた。
オリヴィアの姿を見つけると、ソファから立ち上がった母はまるでスキップでもしそうな足取りで近づいてきた。
「サイラス殿下がお見えよ。ではわたくしは席を外すわね。……いいこと? くれぐれも、仲良くね」
最後に小さく念を押して、母はご機嫌な様子でサロンを出ていく。
(……なるほど、すっかりサイラス殿下を気に入っちゃったわけね)
サイラスが何を言ったのかは知らないが、それは母を喜ばせるに十分すぎることだったのだろう。
オリヴィアが席につくと、サイラスが花束を手渡してきた。また薔薇。殿下は赤い薔薇が好きらしい。
「ごきげんよう、殿下。本日はどうなさいましたの?」
メイドがオリヴィアの分のティーセットを用意して去ると、オリヴィアはまず、サイラスの訪問の理由を確認しようと思った。
サイラスは微笑んで、それから少し表情を曇らせる。
「君に用意されていた城の部屋があるだろう? あの部屋なんだが、ティアナが使うことになったから、それを伝えにね。ほら、私物もあるだろう?」
「ああ、そのことですか」
言われずとも、オリヴィアはその可能性についてはすでに考えていた。オリヴィアは王太子の婚約者ではなくなったのだから、部屋が撤去されてもおかしくはない。それほど私物をおいていたわけでもないが、捨てられる前に回収する手はずは整えてあった。
「そのことをわざわざ……?」
その程度のことであれば、わざわざサイラスが足を運ばなくとも、誰かに伝達するなり手紙で伝えるなりすればいいだろうに。
するとサイラスは困ったように頬をかいた。
「あー、うん。まあ、建前は」
「建前?」
ということは、まだほかにあるのだろう。
サイラスは「まだ内緒なんだけど」と口元に人差し指を立てて、
「実はね、来月、隣国のエドワール王太子がいらっしゃることになっていてね。歓迎も兼ねてダンスパーティーを開くことになっているんだ」
隣国の王太子の歓迎パーティーであれば、少なくとも侯爵以上には全員招待状が配られる。公爵家であるアトワール家には確実に届くだろう。
(そういうことね)
王太子アランとの婚約は破棄されたが、オリヴィアは公爵令嬢。出席義務がある。けれども、新たな婚約者を伴ってアランが出席するとなると肩身の狭い思いをするだろう。
「……わたしをパートナーにしてくださる、と?」
「もちろん、君が嫌でなければ」
王太子から婚約破棄された女を誘う男はいないだろう。サイラスの誘いを断れば、オリヴィアは一人で出席することになる。兄には婚約者がいるから、オリヴィアの相手をさせて迷惑をかけるわけにもいかない。
「わたしをパートナーにしても、いいことはないでしょうに」
オリヴィアが苦笑すると、サイラスは片目をつむってわざと明るい声を出した。
「言わなかった? 僕は君を口説いている最中なんだよ」
虚を突かれたように目を丸くしたオリヴィアは、直後、まるでゆでだこのように真っ赤になった。
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