28 - 秘密の対価は秘密です
安全地帯でしばしの休憩を取って、ユキたちは再びダンジョン攻略を開始した。
攻略しているのは主にカイルであって、ユキは抱っこされているだけではあるが。
「ほんと、ユキくんいると楽」
ばしばしと魔獣を倒しながら、鼻歌でも歌いそうな雰囲気でカイルは歩を進めている。辺りを警戒して慎重に進む、などという緊張感は全くなく、散歩でしかないのではないかと思うほど、軽快な歩みだ。
「……ぼく、何もしてないんでしゅけど」
あくまで、ユキはカイルに抱っこされているだけである。周囲の気配を探ることすらしていない。それなのに、カイルは普段のダンジョン攻略より遥かに調子がいいという。
「魔法使い放題魔力切れの心配不要! って煽り文句付けたら、一生地面に足つけなくて良さそうだね」
「……じぇったいいやでしゅ」
ぞっとしてユキは身を震わせた。間違ってもそんな人生歩みたくない。大丈夫だって、誰にも話さないから、とカイルは言っているものの、記憶を消す魔法なんてものが存在しないかと、半ば真剣に考え始めている。
安全地帯で会話し、実験のようなこともした結果、どうやらユキを抱っこしていると、針に糸を通すような精度で魔法が使えるようになることがわかった。そのおかげで、ダンジョンの魔獣を倒すと得られる魔石を魔法で集めて魔法の袋に入れる、という、器用というべきか怠惰というべきかよくわからない使い方ができているようだ。
ちなみに、ダンジョンの魔獣はダンジョンの魔素から作られているので、倒すと魔素に戻って煙のように消えてしまうのだそうだ。
そして、それだけばかすか魔法を使っていても、カイルは一切自分の魔力を消費していないのだという。ユキ自身も疲れを感じていないから、ユキがその分の魔力を肩代わりしているわけではない、と思われる。なので推測ではあるが、ダンジョンの魔素を体内魔力の代わりに使えているのではないか、ということらしい。
魔素だの魔力だのの細かい知識をユキは持っていないので、どこかで学んでおいた方がいいかもしれない。そういうのに適したところは、やはり学校だろうか。
「まあ、実際ばれたらいろいろと危ないし、他の人には知られない方がいいと思うよ」
「……しょう思いましゅ」
実際に魔法が使い放題となれば、ユキを手に入れたいという人が大量発生しそうなのは、さすがにわかる。そういう場合、お金とか権力とか諸々の力が働きそうだし、何だか危なそうな人に捕まったら、というか捕まりたくもない。ユキはイケと暮らせれば十分だ。
一度ふるりと身を震わせてから、ユキはカイルの顔を見つめた。
「ん、なぁに?」
狼の魔獣の時もギルドに話していないくらいだし、カイルはユキのことを誰かに話したりはしない、と思う。ただ、どこまで信じていいのかわからない。
「……何でも、ないでしゅ」
何をどう言えばいいのかわからなくて、ユキは言葉を濁した。カイルに黙っていてくれと頼むのは簡単だが、それが守られるかどうか、信頼していいのかどうか、確実なことは何一つわからない。確かなことがないのであれば、口に出さない方がいい。
「オレね、エルフの血が混ざってるらしいんだ」
唐突な言葉に、ユキは小首を傾げた。
あいにく村にいた時もアトヴァルカでもエルフを見たことはないが、そういう種族がいるのは知っている。森の奥に住む種族で、金色の髪に碧の瞳を持っている美しい人々らしい。
カイルの目も、綺麗な碧玉のような色をしている。
「まあ誰でも、目を見たらわかると思うんだけどさ。そのせいで、家に帰ったら殺されちゃうんだよね」
「ころ……!?」
物騒な言葉にぎょっとしてカイルを見た。カイルの方は、淡々とした顔のままだった。
「オレの家、何だっけ、血統主義? 純血主義? 何だったか忘れたけど……人族以外の血が混じってるやつは、排斥の対象らしくてさ」
一目でエルフの血が入っているとわかるようなカイルの見た目が、カイルの一族は気に入らなかったらしい。母親が生きている間は表立ったことは起きなかったが、彼女が亡くなってからはいよいよ身の危険を感じるようになったそうだ。
そのため、シーカーとなって故郷を遠く離れ、今はアトヴァルカを拠点に活動しているのだという。
普通は平静を保てない内容のはずなのに、魔獣を倒す手際を鈍らせないまま、ちょっとした困りごとのようにカイルは話していく。ユキの方が何だか胸が痛くなって、メグがしてくれるようにカイルの頭を撫でた。
「……ユキくんはいい子だなぁ」
ユキは少しだけ眉を寄せたが、うりうりと頬を擦り寄せてくるカイルを止めはしなかった。こんな話をされた後でその相手を振り払うほど、ユキも薄情ではない。
「ひとまず、オレが今差し出せる秘密はこんなとこかな」
寄せていた眉をさらにきつくして、カイルを見つめる。差し出せる秘密、の意味がわからなかったからだ。
「お互いに秘密を握ってたら安心かな、と」
「……しょんなに、気にしなくても」
「じゃあついでに、敬語とさん付けなしで」
「しょれ、今言うことなんでしゅか?」
ダンジョンの中で、子供を抱っこして、魔獣を倒しながら。
思わずじっとりと睨んでしまったユキを意に介さず、カイルは軽やかに笑う。
「二人だけの秘密を持ってるからには、もう対等に話したいし」
地面に罠のスイッチでもあったのか、何かを飛び越えるようにジャンプしている。その時にも風の魔法を上手く使っているようで、抱き上げられているユキにはほとんど振動が伝わってこない。
「お、上手くいった」
「上手くいった?」
「君のマネしたんだよ。枝跳んでる時、風魔法使ってるだろ?」
初耳だ。
ぱちぱちと瞬きしてユキが首を傾げれば、カイルも不思議そうに首を傾げた。
「あれ、違う?」
「ぼく、魔法使ったことない……と、思いましゅ」
「うっそ、無意識?」
苦笑する顔が見えて思わず眉を寄せる。そんな顔をされるいわれはないはずだ。宥めるように背中を撫でられたが、ごまかされるつもりはない。
「どういう意味でしゅか?」
はぐらかすつもりなら問い詰めようときつめの声で尋ねたのだが、相手も少し拗ねた様子で言い返された。
「敬語なしで」
こだわるらしい、とユキは目を細めた。年上の人には敬語を使え、とイケに教えられていたので、ユキは一応カイルに敬語を使っていたのだ。アーレント家の人々には、家族なのだから敬語を使うこともないだろうと言われて、もう使わないことにはしている。
ただ、カイルがその対象かというと、違うように思うのだ。このダンジョンでここまでしてもらっておいて、一回会っただけの知り合いです、という扱いにするつもりはない。しかし、ある程度の節度を持って相対する人、という認識にも変わりない。
「……何で敬語なしにしたいんでしゅか」
なので仕方なく、理由を尋ねることにした。その頼みを無下にするには、カイルに情が移りすぎている。
「……エルフだの何だの、君は気にしないだろ?」
「はい? まあ……しゅじょくはどうでもいいでしゅけど」
人だろうが獣人だろうがエルフだろうが、ユキにとってはさして重要な情報でもない。同じ獣人でも、ファウロみたいな友だちはいるし、トニオみたいな苦手な相手もいる。それだけだ。種族による特性を考慮する必要はあるが、だからといって何かが変わるわけでもない。
「だから、対等でいてほしいんだ」
ユキは頷くしかなかった。カイルの顔が、とても寂しそうに見えたから。
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