27 - 魔力で殴る

「悪かったって。機嫌直してよー」


 そんなこと言ったってダメなものはダメだ。

 ユキはむすっとした顔のまま、ダンジョンの中をカイルの抱っこで進んでいた。


「さすがにさぁ、無策でやるわけないじゃん? 事前に言わなかったのは悪かったけどさ」


 出てきた魔獣を、子供を抱っこしたまま事もなげに倒すのだから、確かにカイルは強いのだろう。でも、それとこれとは別なのだ。


「……ぼくを危ない目に遭わしぇちゃダメって、ママ言ったじゃないでしゅか」


 ダンジョンの中でも明かりがあるのも、カイルのおかげだ。魔法で光の玉を作って、二人の周りに浮かべてくれている。明かりだけで難所を避けられるわけではないが、辺りが見えるだけでも、ダンジョンを進む不安は和らぐ。


「えっ、危ない目に遭ったのオレだよね?」


 安全な地面にユキをそっと下ろして、見つけたらしい罠をあっさりと解除している。それからすぐにユキを抱き上げてくれるので、もはや至れり尽くせりと言っても過言ではない。


「……カイルしゃんが、怪我したら、帰れないじゃないでしゅか」


 ユキは傷薬の素になる薬草は探せるが、傷薬を作れるわけではない。魔力も持っているらしいが、魔法は使えない。森の中や、このダンジョンの中でカイルが動けなくなっても、助けられないのだ。

 それどころか、ダンジョンに入れるようにしたこと以外、現状お荷物でしかない。


「なになに、心配してくれてんの」

「……いろいろとしぇちゅめいを求めましゅ」


 何となく腹が立ったので、質問で返した。噛んだけれども。

 怒るなって、と苦笑してユキを撫で、カイルはまた魔獣を倒している。ユキを抱っこしたままで問題ないのは、全て魔法で対応しているからだ。


「どっから説明したらいいかな」


 カイルが放ったらしい風が、出てきた魔獣を切り刻む。

 恐ろしい光景のはずなのだが、風が魔獣の体を切り裂いた瞬間、煙のようになって消えてしまうのだ。後に落ちているのは白っぽい石ころのような塊で、それもカイルが風で集めて、魔法の袋にしまい込んでいる。


「……何でぼくを連れてきたんでしゅか」


 石ころとか魔獣が煙のようになって消えてしまうこととか何で常に抱っこ移動なのかとか、聞きたいことはたくさんあるが、まず初めはそこからだ。


「あー……ダンジョンのことどれくらい知ってる?」

「……今いるここがダンジョンってことくらいしか」

「そっかー」


 少し考えた後、カイルはゆっくりと説明しだした。


 実のところ、ダンジョンについて、詳しいことが解明されているわけではない。人々の経験知が積み重ねられてはいるが、それが通用しないダンジョンもあり、一概に言い切れる法則はなかなかないらしい。いくつかわかっているうちの一つとして、ある日突然、何もなかった場所にダンジョンが発生することがあるのだという。


「今回もそれで、いつのまにかできてたっぽいんだよね」


 ユキがカイルに助けを求めることになった狼の魔獣の件は、どうやらダンジョンができて、本来の縄張りから離れざるを得なくなった群れが多数いたための、不幸な事件だったようだ。縄張りを巡った群れ同士の争いが激化して森の浅いところまで移動し、たまたまその中に、シーカーたちが巻き込まれてしまったらしい。

 カイルはギルドに狼たちの一件を報告した後、ギルドから改めて依頼されて原因を調べることになり、ダンジョンが発生したことまで突き止めた。


「で、突き止めたはいいんだけど、入れないのわかってさ」


 目に見えて何かあるわけではなかったが、一定以上進もうとすると、あの雷に撃たれるような仕掛けに阻まれることが、確認できたという。

 他のシーカーが被害に遭ってはまずいと、いったんダンジョンへの侵入は諦めてギルドに戻り、ダンジョンができていたこと、入ろうとすると手痛い仕掛けで防御されることを告げた。ギルド側も、不用意にこのダンジョンに近づくことを禁止した。


「とはいえ、放置しとくわけにもいかないし」

「どうしてでしゅか?」


 誰も入れないなら、そのままにしておくしかないようにも思えるが、そうはいかないらしい。


 ダンジョンでは、魔獣が生まれてくるスピードがダンジョンの外よりも遥かに速く、放っておくと魔獣が増えすぎて溢れ、近くの村や街に雪崩れ込んでしまう危険がある。そうならないように、適切に管理して魔獣を間引くか、ダンジョンをクリアして消滅させるかしなければならない。


「入らないって選択肢はないんだよね。だから入る方法調べたんだけど、手段が魔力で殴るだったもんだから」

「魔力で殴る?」


 ダンジョンによっては入るのに条件があることも知られている。このダンジョンの場合には、一定以上の魔力がある人間であれば、周囲の雷のような仕掛けに入り口を作り、そこから進める、ということをカイルは何とか解明した。

 ただ、その一定以上の魔力、というのが問題だった。


「今アトヴァルカにいるシーカーの中で、オレが一番魔力高いのにさ、入れなくてさ」


 他の街に行って探せば、カイル以上の魔力の人はいるだろう。ただ、あてもなく探しに行くわけにもいかなければ、情報を得て向かった先に、本当にいるかもわからない。そうこうしているうちに、ダンジョンから魔獣が溢れてくる可能性だってある。

 これは混乱を招く、と判断し、カイルはダンジョンの突入条件をギルドにのみ明かして、手出しや詮索をしないように頼んだ。そして条件を突き止めたその足で、ユキのもとに来たのだという。


「オレより魔力高い人、ってユキくんしかいなくて、で、迎えに行っちゃった」


 迎えに行っちゃった、などと、てへ、みたいな感じで言われても。


「…………連れてこられた理由はわかりました」


 反応のしようもなく、ひとまず返事をした。

 魔力が高いだの低いだのがユキにはわからないので、何とも言えない。この人強そう、といったことを感じることはあるが、それは別に魔力を基準に判断しているのではないし、何となく、印象でわかるだけだ。シーカーというのは、魔力だったり技能だったり、いろいろとユキの知らないことも知っているのだろう。


 なお、中に連れてきたのは、侵入を防ぐような仕掛けがあるとはいえ、魔獣が出るところに一人で待たせておくわけにもいかない、ということのようだった。


「他にもいろいろと聞きたいんでしゅけど……」

「いいよー、ユキくんにならスリーサイズでもなん」

「しょれはいらないでしゅ」

「せめて最後まで言わせてよ」


 ダンジョンの中なのに、こんなに緊張感のないやり取りでいいのだろうか。

 ユキとしては、全く危険を感じない状況ではあるが。


「……ひとまず、どこかで休憩をお願いしましゅ」

「わかった」


 手頃なところ見つけたらね、と頭を撫でられて、ユキは素直に頷いた。ダンジョンには安全地帯というものがあるらしく、そこはなぜか魔獣に襲われないため、シーカーたちが攻略途中に休憩したり、仮眠を取ったりするそうだ。

 ユキはシーカーではないけれど、お子様なので休憩を要求した。

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