26 - 焼き尽くす閃光つんざく轟音

 どうしてこうなった。


 いつかも思ったようなことを、ユキはぼんやりと考えていた。森の中なので当然周囲を警戒すべきなのだが、隣を歩く男が全部やるだろうと、半ば八つ当たりのように役割を投げている。


 ユキがいるのは、アトヴァルカ東の森だ。同行しているのはエリックたちではなく、あの時一度会っただけのカイルである。


 あの後、ユキはギルドに呼び出されることはなかった。襲われていたシーカーたちには会わなかったし、カイルがユキのことを口にしなかったのか、あの事件に関わったことは、ギルドの誰にも知られていないらしい。

 それでほっとしていたのだが、そのカイルが家まで訪ねてきたのである。


「こんにちは、ユキくん」

「ユキちゃん……カイルと知り合いだったの?」


 訪問を受けたメグは、困惑気味だった。たまたま休養日で家にいたエリックは、あからさまに顔をしかめている。ユキも顔をしかめたい気持ちだったが、話がややこしくなりそうな気がしてやめた。

 なお、アーレント家の面々には詳細を話してあり、きっちりお叱りを受けている。


「あの時会っただけでしゅ」

「事実だけど、なんか手厳しくない?」


 ひどいなぁと笑うカイルは、この街のシーカーの中でもトップランクに入るそうだ。そのトップランクに冷たい目を向けるエリック、大物になる気がする、とユキは座っていたソファから下りた。

 大量に作ったクッキーの一部を、エリックに振る舞っていたところだった。さらに残っている分は、メグが持っていた魔法の鞄に収納してもらっている。


「ご用は何でしゅか?」


 とことことカイルの前に行くと、彼は床に膝をついてユキに視線を合わせた。対等な存在として話したいという意思表示だろうか。ちょっと面倒そうだなと、眉間にしわが寄ったのは許してもらいたい。


「助けてくれない? 困ってる」


 眉尻が下がっているし、嘘ではないのだろう。しかし、ユキでなくてもいいはずだ。


「ぼく、小しゃい子供だと思うんでしゅけど」


 アーレント家には話してあるが、他の人に話せば面倒なことになる、とユキも理解している。それをカイルに押しつけたところがあるのは否定しない。

 けれど、あの時彼もそれを了承したはずだ。そして、そのカイルと一緒にいれば、ユキが変な勘繰りを受けるかもしれないというのも、わかるはずだ。


「わかってる。けど、頼りたい」


 そこまで言われると折れたくなってしまうではないか。ユキは、カイルの視線から逃れるようにメグを見上げた。


「この街では、私がユキちゃんのママなのよね」


 メグがひょいとユキを抱き上げる。カイルは膝をついたまま、二人を見上げるような姿勢だ。


「だから、ユキちゃんを危ない目に遭わせるのは許しません」

「危険はない……とは言えない。正直、何が起きるかわからない」


 正直すぎないかと思うが、そこで嘘をついているようでは、シーカーのランクも上がらないのかもしれない。嘘で固めて信頼されないような人間は、認められないだろうから。

 エリックがソファから立ち上がって、ユキとメグを守るようにカイルから遮った。カイルは立ち上がらない。


「ユキに何させる気だ」


 冷えて硬い声にも、カイルは立ち上がらなかった。視線はエリックに向いているが、言葉を届けようとしている先は、ユキのように感じられた。


「オレと一緒に、新しいダンジョンに行ってほしい。君がいないと、誰もあそこに入れない」


 その言葉を、メグとエリックが否定しなかった理由はわからない。ユキはダンジョンなど今まで聞いたこともなかったし、ユキがいなければダンジョンに入れないという理由も、突拍子もないものに思えた。


 それでも、二人は押し黙った後、メグの部屋から魔法の鞄を持ってきて、ユキに持たせてくれ、カイルと二人で送り出されたのだ。


「……何で、ぼくがいないとダンジョンに入れないんでしゅか?」


 他のシーカーの気配を避けて、森の奥まで来たらしいところで、ユキはようやく口を開いた。協力は求められたが、理由がさっぱりわかっていない。


「……半分は勘というか、ごめん、説明しづらいんだけど」


 はぐらかそうという様子はなかったが、ユキは少しだけ抗議の意味合いを込めて、じろりとカイルを見上げた。カイルの方は、困ったような顔で、ただ逃れようとすることなく、ユキの視線を受け止めている。


「見てもらった方が早い、かな」

「……わかりました」


 もうすぐなのだろう。意識して周囲を探るようなことはしていなかったが、それでも異様なものが迫っているのは感じられた。胸の奥がざわざわする。

 吐き気はないが気持ち悪い、という何とも解消しがたい状況に、いっそカイルを置いて帰ろうかと思い始めたころ、それが見えた。


 普通の木、に見えた。空に向かって枝が伸び、葉は落ちているものの、生命力が感じられるたくましい幹をしている。しかし、根元にいくにつれて、幹は枝と同じように広がっていた。木のうろが開いているだけのようにも思えるが、そうではないのを、肌で感じてしまう。

 きっとこれが、ダンジョンの入り口だ。


「……見てて」


 立ち止まったユキの背中に、落ちつかせるように手を当ててから、カイルはそれに近づいていった。大丈夫なのだろうか。


 いや。


 カイルが一定の距離以上は近づけないことに、ユキは気づいていた。気づいていたというのが正しいのか、知っていたというのが正しいのか。言われるまでもなくわかってしまったのだ。

 たぶんこれは、


「……っカイル!」


 呼んだのが先か、触れたのが先か。

 カイルが伸ばした手の先から、閃光が目を焼いて、轟音が耳をつんざいた。

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