25 - クッキー クッキー

「ユキちゃん、クッキー作ってみない?」

「くっきー?」


 出かけていく三人を見送って、メグと二人でのんびりと一息ついていた時、出された単語にユキはオウム返しに答えた。


「あら、クッキー知らなかった?」


 首を縦に振って、どういうものか尋ねる。作る、ということは、何か小物か、食べ物なのだろう。

 ちょっと待ってね、と本棚に何かを探しに行ったメグを、お茶を飲みながら待つ。


 村ではほとんど見たことがなかったが、アトヴァルカでは紙が当たり前のように使われていて、紙を何枚も重ねた本というものまである。本には文字や絵が載っていて、誰かの知識が書かれていたり、物語というものが書かれていたりするそうだ。ユキはまだ文字をゆっくりとしか読めないので、アーレント家にある本はまだ読んでいない。そのうち、文字が少なくて絵がたくさん載っている、絵本というものを買ってくれる、らしい。

 いまだに物を買い与えられたり、何くれとなく世話を焼かれたりするのがこそばゆい。


 メグが戻ってきて、ソファのユキの隣に座った。持ってきた本を開いて、ユキに中身を見せてくれた。


「クッキーっていうのは、お菓子のことなの。甘いもの、好き?」


 見せてくれた本には、クッキーの作り方が書いてあるらしい。ベージュ色っぽいお金に似た形のものが、積み上がっている様子が描かれている。


「甘いのは、しゅき」


 たまにしか口にしたことはなかったが、大山蜂の蜜が採れた時には、イケにおやつのように食べさせてもらったりした。村にも分けていたからそんなに量はなかったものの、こんなにおいしいものがあるのかと、衝撃を受けたのは覚えている。


「甘いものは美味しいわよね。そろそろギルド長が帰ってくると思うから、手土産代わりに作っておこうと思うのよ」


 ギルドに行ってみよう、とは話したが、メグはそのギルド長と会いたいようだった。しかし肝心のギルド長が、何かの用事でしばらく出かけているという話で、しばらくそのままになっていたのだ。ようやく近々、アトヴァルカに戻ってくるらしい。

 手土産を持って会いに行くということは、何かお願いなり頼み事なりをするんだろうな、とユキは子供らしからぬ考え方をした。自分ではそう思わないし、イケにも言われたことはなかったが、ユキは大人びているらしい。もっと無邪気にしていいと言われても、逆にどういう振る舞いが喜ばれるのか考え込んでしまったから、自然体でいいよとも言われた。匙を投げられたのではないか、と思ったのも、あながち間違いではあるまい。


 とにもかくにも、クッキー作りである。メグに助けてもらいながら読んだレシピの本によれば、用意するのはバター、砂糖、塩、卵、小麦粉だけでいい。足りなくなりそうだから買いに行こう、とメグとお出かけだ。

 戸締りをして歩き出し、顔見知りになった人たちと挨拶を交わす。今日もちらほらと警備隊の人がいる。そういえば、ハンスやサイラスが見回りをしているところに会ったことがないが、二人はどこで仕事をしているのだろう。


「ま、ママ」


 サイラスが兄ちゃんで、エリックがちぃ兄ちゃん。ではハンスとメグはどうなるかというと、パパ、ママ呼びを求められた。いや、ハンスは求めていなかったが。メグの強い主張というか圧力というか、言葉に出していないのになぜか感じられたというか。

 とにかく、呼び慣れないものの、ユキはメグをママと呼ぶことになっている。


「なぁに、ユキちゃん」


 ママと呼ぶと、メグはとても嬉しそうな顔をする。いつのまにかちゃん付けで呼ばれるようになっているのだが、それも何だかメグが嬉しそうなので、ユキももういいかなと思っている。


「パパ、と、兄ちゃんは、どこでお仕事してるの?」


 尋ねてみると、二人は警備隊の詰め所にいるとのことだった。サイラスはまだ見習いなので、体を鍛えたり警備に必要な知識や技術を学んだりしていて、そろそろ見回りにも出始めるらしい。ハンスは隊長のため、詰め所で書類仕事をするのがほとんどだそうだ。


「じゃあ、お仕事してる時は会えないんだ」


 街中で会えたらちょっと嬉しいかもしれない。そんな気持ちもなくはなかったが、機会がないなら仕方がない。

 無意識に唇を尖らせたユキに、メグは笑みを零す。


「ユキちゃん、クッキー多めに作ろうか」

「多めに?」


 メグの言葉に首を傾げると、ちょうど食料品を売るお店に着いた。二人で中に入って卵の籠を手に取り、魔道具で冷やされているバターを選ぶ。


「ギルド長のお土産と、ハンスたちの差し入れ分を作りましょう?」


 ユキは俄然やる気になった。


 家に帰って、メグが作ってくれたエプロンをつけて、クッキー作りの開始だ。

 バターを放置して常温に戻す傍ら、小麦粉をふるいにかけてさらさらにする。バターが柔らかくなったら、クリーム状になるまでよく混ぜて、砂糖を何回かに分けて加える。この時塩をちょっとだけ入れる。砂糖とバターがしっかり混ざったら、卵を加えてさらに混ぜる。卵が全体によく混ざって黄色くなったら、今度は小麦粉だ。これも何回かに分けて加え、生地がぽろぽろと固まるようになったら、一塊にしてしばし寝かせる。


「う、腕ぷるぷるしゅる」

「お菓子作りって、結構力仕事よねぇ」


 だるくなってしまった腕を振りつつ、メグが淹れてくれたお茶で休憩する。メグの方は終始楽しそうで、疲れた様子はない。これが元シーカーの実力なのかもしれない。

 ひと段落したら、寝かせていた生地を少し切り分けて、薄く伸ばしてコップで型抜きしていく。天板に載せて、休憩前から温めていたオーブンに入れて、後は焼き上げるだけだ。


「焼けたら、味見しようね」

「たべる!」


 後片付けをしながら、辺りに漂うおいしい匂いに幸せな気持ちになっていく。クッキーとは、こんなに幸せな香りの食べ物らしい。早く食べてみたい。


 ちょっと待っててね、とメグは部屋を出ていった。危ないからオーブンは一人で触ってはダメ、と言われたものの、気になってしまいその前に陣取った。

 村で食べたお菓子というか、おやつだったのは、たまに採れた大山蜂の蜜、ハーブを練り込んだ小麦粉を焼いたもの、蒸かした芋くらいのものだった。クッキーなんて聞いたことすらない。それが村と街の違いなのか、グラウィアンデ帝国とレガレムニス王国の違いなのか、ユキには区別がつかなかった。


 イケはクッキーを知っていただろうか。基本的にイケが作ってくれた料理はおいしいものだったが、薄味が多かったと思う。アトヴァルカで食べた料理は、ユキにはとても濃い味に感じられた。おいしくないわけではないのだが、たくさんは食べられない。


「ユキちゃん、焼けたらこれに包みましょう」


 カウンターの向こうから声をかけられて、とことことメグの方に向かう。ローテーブルに、柔らかくて綺麗な紙と、紙袋が大量に並べられていた。


「クッキーを何枚かずつ、ペーパーナプキンに包んで、それから紙袋に入れるの。そうしたらみんなに配りやすくなるでしょう?」


 ハンスたちだけでなく、警備隊の人たちにも配ることにしようと言われ、ユキも頷いた。公園で袋に閉じ込められた時、警備隊のお兄さんにお世話になったし、カルモ川でユキを見つけてくれたという人にも、お礼を言いたい。

 メグがオーブンから出してくれた焼きたてのクッキーを食べて、おいしさにほわほわしながらペーパーナプキンに包む。それから紙袋に入れてきちんと閉じると、メグがクッキーを食べさせてくれるので、またほわほわする。


「おいしー……」

「う、うちの子、ほんとかわいい」


 クッキーをさくさく言わせながら、俯くメグに首を傾げるのだった。

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