18 - 人数くらい数えられる
気づいたらハンスの背負い袋がだいぶ膨らんでいる。とことこ歩きながら見上げるユキに、ハンスの視線がかち合った。
「どうした?」
「……ぼく、お金持ってないでしゅ」
「さっきも聞いたな」
そう、さっきも言った。というか何回か言った。
メグに渡された紙を見ながら、最初の店でユキの服を買い、次の店で子供サイズの食器を買い、と移動するハンスの様子を見て、どうやらユキの生活用品を買い揃えてくれているらしいのに気づいた。確かに食事やベッドを提供してもらってはいるが、アーレント家がユキを世話する理由はないはずで、いろいろと買い与える必要もないはずだ。
自分で買うならまだしも、とは思うが、目が覚めたら知らない家でした状態のユキには、もちろん手持ちのお金などない。お店に何か売りに行くにしても、どのお店が買い取りをしてくれるのかわからないし、採取や猟をするにも街の外に出る道も知らない。
もしかして一人で動けない状況なのではないか。
はたと思い至って、ユキは小さくため息をついた。
「疲れたか?」
質問するような声音だったが質問ではなかったようで、ユキはあっさりとハンスに抱き上げられた。
昨日今日ですでに三人目である。そのうち抱っこの目利きになれるかもしれない、とユキはちょっと現実逃避した。いつのまにか体が小さくなってしまったショックは、意外と大きい。
「疲れてないでしゅ。下ろしてくだしゃい」
少しむくれて体を反らせたところで、ハンスが持っている紙が目に入る。文字はまだ読めないが、何が書いてあるのかは知りたい。ぐい、と覗き込むような姿勢になったユキに、ハンスの声がかかった。
「気になるか」
ユキが顔を向けると、ハンスは面白がっているような様子だった。不機嫌そうな顔からずいぶん雰囲気が柔らかくなって、これなら怖くない。
安心しつつ、素直に教えを乞うことにする。
「お前の服とか食器とか、あと鞄とか、まあその辺を買ってこいと。それから昼飯食って、ついでに街を簡単に案内してこいと書いてある」
「……おやしゅみの日に?」
警備隊の仕事がどういうものか知らないが、休みの日には家でゆっくりしたいものではないだろうか。突然現れた子供を連れて、買い物に歩いたり案内したりするのは、休息にはならないとユキは思う。
「休みだからだろ」
家を出る前にも同じことを言われたような気がする。理屈がわからず首を傾げるユキには構わず、ハンスの足は目的地に向かっているようだ。
「そろそろいい時間だし、昼飯にするぞ」
道すがらハンスが説明してくれたところによれば、先ほど買い物をしていた通りには、食事ができる店はないらしい。服や雑貨の店が並ぶ通り、食べ物を売る通り、食事の食べられる店の通り、などと大まかに分かれているそうだ。もちろん必ずそこに店を開かなければいけないわけではないから、通りから外れたところにあっても、評判のいい店はあるらしい。
ハンスが連れてきてくれた店も、呼び込みの喧騒とは少し離れた場所にあった。
「よう」
「おう」
店主とそれだけの挨拶をして、勝手知ったる様子でカウンター席に座る。そこならユキの背でも届くのかと思ったら、当然のようにハンスの膝の上だった。不本意ではあるが、膝の上に座らせてもらってちょうどだったので、何も言えない。
「可愛い同伴者だな」
すかさず店主が水の入ったコップをカウンターに置く。二人の気安い様子に、ユキはちょっと身動ぎした。仲のいい人たちの間に入るのは、何ともすわりが悪い。背の高いコップと、子供向けらしい小さなカップで出してくれた気づかいは、ありがたかったけれど。
「こいつでも食えそうなもん出してくれ」
背負い袋を足元に置いて、ハンスがぽんぽんとユキの頭を撫でた。お昼ごはんはここで食べるらしい、と理解してから、ユキはハンスを見上げる。
「金のことは気にせず、お前はしっかり食え」
先んじて言葉を封じられ、ぐっとユキは口を引き結んだ。むむむむむと不満が顔に出たのか、ハンスが苦笑してコップを呷る。
「機嫌直せよ。ここの飯はうまいぞ」
子供だから仕方ないことはわかっているのだが、どこまでも子供扱いなのも気に入らなくて、ちょっとだけ威圧感を放って意趣返しする。強そうだからハンスには通用しないだろうが、ユキだってお腹に力を入れてぐぐっとやれば、弱い魔獣を追い払うくらいの気配は放てるのだ。
「ぼくだって、やればできましゅ」
ハンスの目が見開かれて驚いたのがわかり、ユキは満足してコップに口をつけた。自分ではそうも思わなかったが、意外と喉は渇いていたらしい。
「……今の、お前か?」
ぽんぽんと頭を撫でられる。あれをやっても子供扱いが改善されないなら、他に何の手を使ったものか。
コップを置いてハンスを見上げ、頷いて返答に変える。何をすれば彼が子供扱いを軽減するかわからないから、よく観察して糸口を見つけるのが大事だ。
「……この店に今何人いるか、わかるか」
ユキは首を傾げた。それを知って何が嬉しいのかわからない。
「だめか?」
「十人でしゅ」
ハンスがどうしても知りたいなら、調べるくらいは簡単だ。店の中の気配を探って、人っぽいものを数えれば済む。
ユキが答えた数を聞いて、ハンスが店主に視線を向けると、店主も困ったような顔で頷いた。店員は入れず、客だけ数えた方が良かったのだろうか。
「おみしぇの人は入れない方が、よかったでしゅか?」
「……いや、そっちで正解だ」
それなら何故二人とも困ったような顔をしているのか。はて、とユキがもう一度首を傾げると、ハンスと店主が二人揃ってため息をついた。
「訳アリにも程ってもんがあんだろうよ」
「知るかよ、部下が拾ってきちまったんだ」
「あーあー、偉くなるってのは大変だなー」
途端に言い合いを始めた二人をどうしたものか。取り扱いを決めかねたユキは、会話を無視してご飯を待つことに決めた。お腹が空いた。
二人が言葉を投げ合っている間に、料理ができたのか店の奥から店員が運んできてくれる。魚を焼いたのとスープがセットらしい。サラダが魚の皿に一緒に載せられていて、彩りも綺麗だ。後から持ってきてくれた、小さめのフォークとナイフで食べ始める。
「うまいだろ」
「おいしいでしゅ!」
食べたことのない魚だが、山で食べたものより味が濃い気がする。調理法がそもそも知らないものだし、味つけも違うのだろうが、おいしいことには変わりない。
「たらふく食え」
くしゃりとユキの頭を撫でて満足したのか、ハンスも同じものを食べ始める。しばらく無言で食べ進め、ユキは今後のことを少し考えた。
ひとまず、ここまで子供扱いされるくらい体が小さくなってしまったなら、ユキがイケを探しに行くのは相当難しい。そもそも元いた場所がどこなのかもわかっていないから、街を出て、どちらの方角に行けばいいのかもわからない。となると、自分が移動するのは諦めて、イケに見つけてもらうのが次善の手だ。
ただ、見つけてもらうと言っても、どうやって、というところがまた問題だ。ユキに伝手があるわけでもないし、イケが誰かと連絡を取り合っていたような記憶もない。
な、何も思いつかない。
おいしいご飯を食べていたはずなのに、ユキは頭痛がしてきたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます