13 - 秋祭りの夜に

 これはイケ、好きじゃなさそう。


 夜の広場での喧騒に、ユキはげんなりと肩を落とした。イケが、というかユキもこういった騒がしいのは好きではない。大人というのは、お酒を飲むとうるさくなるものらしい。

 広場の火に願い事をしようと思ってやってきたのだが、全然近寄る気になれなかった。


「ユキくん、大丈夫?」

「……だめ」


 耳を塞いで首を横に振る頭を撫でて、ファウロは広場の端の方にユキを促した。

 祈りの儀式にも参加して、お昼も食べて、屋台でも遊んで後は願い事だけなのだが、思わぬ障害である。


「うぅ……むり、ファウロ、一人で行ってきて……」


 村から離れてイケと二人で暮らしている分、余計にきついのかもしれない。騒がしさに慣れておくべきだろうか。とはいえ、こんなものに慣れたいとも思えない。

 お酒のにおいもきついし、いろんな人が大声で喋っているし、こんなんだったら参加しなくてもよかったかもしれない。


「一人じゃ行か……あれ?」


 ファウロの声に、ユキは俯いていた顔を上げた。ファウロが見ている方に目をやると、誰かが村から出て行こうとしているように見える。


「……シーカーさんじゃ、ないよね?」


 違うと思う、とユキは首を振った。あの四人はみんな大人で、あんな小さな人影ではないはずだ。


「……小さい?」


 そう、人影が小さいということは、子供だということだ。いくらシーカーが見回りをしてくれているとしても、村の外に出るのは危険だ。大人だって安全ではないし、ましてや子供が一人で出るなんてもってのほかだろう。

 どうしよう、とファウロと顔を見合わせて、それから広場の大人を見やる。

 言っては何だが、誰一人正気じゃなさそう。

 早く追いかけて連れ戻さないと、危ない気がする。さっきはぱっと見で誰かわからなかったが、たぶんトニオだ。他の子はそこまで無鉄砲ではない。


「ファウロ、シーカーの人呼んできて。僕、追いかける」

「えっ、ユキくん、危ないよ」


 二人でシーカーを探して頼もうと言うファウロに、首を横に振る。夜だから魔獣は活発に動くようになっているし、ますます危険だ。ユキが一人で行って魔獣と戦ってトニオを守る、などという蛮勇をするつもりはないが、少なくとも、足を止めさせたり、引き返すよう説得したりすることはできるはずだ。

 またイケにめちゃくちゃ怒られそうな気がするけど、これは仕方ない。だって人の命は守らないといけない。

 いい子期間をどれくらい続けたら許してもらえるだろうか。


「急がないと、ほんとに危ないとこまで行っちゃうかもしれないから」


 お願い、とファウロの腕をぽんと叩き、ユキはトニオの姿が消えた方へ駆け出した。


 トニオのことは、好きではない。嫌いかと言われると、苦手ではあるけど憎む気持ちはない、と思う。ターニャの気を引きたくて無茶苦茶なことはするけど、魔獣のようにユキを殺そうと向かってくるわけではない。そういう相手が、ユキが見逃したせいで死んでしまったりしたら、ちょっと寝覚めが悪い。


 なお、嫌がらせをされたら相手を嫌ってもおかしくはないし、殺されるかどうかで判断するのが尋常ではないことを、ユキは知らない。


「いない……」


 ファウロとはそんなに長く話していたわけでもないのに、トニオはどこまで行ってしまったのだろうか。気配を探る範囲を広げてみるが、それにも引っかかってこない。

 少し焦って周囲を見回し、茂みの中に人が通ったような形跡を見つけて、それを進むことにする。暗いからどれほど新しいものか判別しにくいが、可能性はあるだろう。一応、近くに魔獣の気配はしない。

 あまり音を立てないように急ぎながら、茂みを抜けてさらに痕跡を探す。まだ探知範囲には引っかからない。歩く速さはそんなに変わらないと思っていたのだが、獣人がその気になればやはり速いのだろうか。トニオは鹿の獣人だから、彼が本気で走ったらたぶん敵わないとは思う。

 これ以上深入りするか否か、ユキは立ち止まって少し逡巡した。ここまで来たら進むも引くも一緒のような気もするが、とはいえこの状況で魔獣が出たら、大人しく死を覚悟するしかない。まだ死にたくはないけれど。


「トニオー……?」


 魔獣を呼び寄せないよう大きな声にならないように、聞こえないことがないよう声が通るように、山の中に呼びかけてみるがもちろん反応はない。

 ユキの大雑把な性格がむくむくと頭をもたげた。

 近くにあった適当な木によじ登り、枝を跳ぶように移動しながら気配を探っていく。魔獣に気づかれやすくはなってしまうが、地面を歩いて探すよりよほど速い。


 見つけた。


 体の向きを即座に変えて、トニオのいる方へ飛び跳ねる。ここから先は木々が途絶えてしまう。枝を跳び下りて急いで向かう。


「トニオ!」


 見えた影の肩が、びくっと跳ねた。慌てて走り出したトニオを追いかけるが、獣人とただの人族では速度が違う。徐々に距離が開いていく。


「まっ、て、トニオ……!」


 そちらは危険だ。魔獣の気配がある。

 というか、トニオは何でこんなところに。

 後ろから追いつくのは諦めて、森を使ってショートカットを試みる。トニオの前に出て、せめて足止めでもできればいい。細かい枝が引っかかって擦り傷ができていく。もう少し、あの枝で下りてまっすぐ走れば、トニオの前に出られるはずだ。

 急ぎ過ぎて、最後に蹴った枝がばきっと音を立てるのが聞こえた。そのまま転がるように森から走り出て、両手を広げて通せんぼする。

 さすがにトニオも、前に立っている人を弾き飛ばして走り続けるほど、傍若無人ではない、はずだ。


 はたして、トニオは立ち止まってくれた。


「っ、んだよ、邪魔すんな!」

「この先、魔獣がいるから。危ないよ」


 本当は、こんな隠れる場所もないようなところで、日も暮れた後に、子供二人で向き合っている場合ではない。すぐ隣が崖で、下がどうなっているか、真っ暗になっていてよく見えない。崖から離れて森の方に入るのが賢明だ。魔獣をやり過ごせる確率が上がる。

 ユキは戦う術を特に持っていないが、トニオだって、魔獣を狩ったことがあるなんて話を聞かない。村からは離れてしまったものの、何とか引き止めて二人で帰った方がいい。


 うるさい邪魔するなとすり抜けようとするトニオと、止めようとするユキとで押し問答を繰り返す。


「ふざけんな! 自分はできるからっていい気になりやがって!」

「できるって何がさ!? とにかく、帰ろうよ!」


 こんな大声を出していい状況でもない。聞く気のないトニオの腕を掴み、村へ戻ろうと引っ張るが、獣人と人族の身体能力は大きく違う。

 全く動かせないのが恨めしい。


「放せよ! オレだって、魔獣の偵察くらいできるっつの!」

「魔獣の偵察……?」


 困惑したユキは、トニオが先に進もうとするのを防ぎながら、わめきたてられる言葉を整理した。


 先日ユキは、カサドルに獲物の場所を教え、コボルトの偵察も無事に果たした。カサドルはユキの行動を絶賛した。大山蜂に襲われていたシーカーたちを助け、無事に村まで案内した。シーカーたちもユキの行動を褒めた。

 そのことがトニオの自尊心を大いに刺激し、俺だってそれくらいできると、大人たちに告げた。しかし大人はそんなこと信じなかったし、一人で村の外に出るんじゃないと逆に怒られた。

 トニオは激怒した。自分だって来年は学校に行く歳なのだ。魔獣を追い払うのに参加したことだってある。村の外でゴブリンとかコボルトとかを見つけて、居場所を知らせればみんな思い直すに違いない。そのために、秋祭りでみんなが浮ついているところを見計らって、村を抜け出してきた。


「……トニオ、帰ろうよ」


 ユキは理解することを諦めた。ひとまず、ファウロがシーカーに知らせてくれたことを信じて、村の方までトニオを引っ張っていくしかない。


「だから邪魔すんなって言ってるだろ!」


 トニオは知らなかった。獣人族である彼は、自分でも思っている以上に力が出せることを。 


 発した弱々しい声が、どちらのものだったのかはわからない。


「っあ……」


 ユキは叫び出しそうになる口を両手で押さえた。悲鳴で魔獣を呼び寄せることになったら、それこそもう助からない。

 振り払おうとしたトニオに突き飛ばされて、ユキは真っ暗な谷底に落ちていった。トニオの青くなった顔が見えた気がした。

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