12 - 見世物からの軍資金
一家で羊を運ぶファウロ一家にくっついて、ユキも山兎を捧げ台に納めた。その後は夫妻と別れ、二人でぶらぶらする予定だ。今日ばかりは、夜遅くまで子供が起きていても、大人も何も言わない。
「って言っても、お昼までやることないよねぇ」
「そうだね」
屋台が出るのも、お昼の祈りと食事が済んでからだ。それまではみんな準備に忙しいので、屋台どころではないらしい。
何してようか、と広場から離れつつあった二人の肩に、誰かの手ががしっと乗った。
「わあぁぁ!?」
叫んで体を飛び跳ねさせたファウロの方に、ユキも驚いて飛び上がる。誰かが近づいてきているのは気づいていたのだが、ファウロがそこまで驚くとは思わなかった。遅れて胸がばくばく言っている。
「えっ、なんかごめん!」
「先に声かけなきゃ、驚くに決まってるでしょ……」
声に振り返ると、先日助けたシーカーのうちの二人だ。
「ハンナさん、と……エドワードさん?」
女性は一人なので覚えやすいが、男性が三人いたので、そのうちの誰だったか少し自信がなかった。先ほどの手で驚き過ぎたのか、ファウロが男性から逃げるようにユキの後ろに回る。逆ならまだしも、ユキの体格では、ファウロはちっとも隠れられないが。
「覚えててくれて嬉しいわ。ユキくんよね? お友だち?」
滑らかな動きでエドワードの頭に鉄拳を落とし、地面に屈み込んで呻く彼を物ともせず、にこやかに話しかけてくるハンナを見て、ユキは決意した。
怒らせたらダメ、絶対。
「はい。友だちのファウロです」
「こ、こんにちは……」
ちらりと見ると、ファウロの目線も地面で呻く彼を捉え、少々怯えている。村にこういうタイプの女性はいないし、驚くというか怯えるというか、そういう反応になるよなぁとユキは少し遠い目をした。
「今日がお祭りの本番なのよね?」
「はい」
ユキは一通りの秋祭りの流れを説明した。村長から聞いているかもしれないが、ハンナが聞きたそうに見えたからだ。
話し終わる頃には地面の男性も復活していて、それでもまだ痛そうに頭をさすっている。
「驚かせてごめんな。オレはエドワード」
「初めまして、ファウロです……」
手を取って握手をしているから、痛みは問題ないのだろう。たぶん。
秋祭りの間、彼らは二人一組になって、交代で村の中と外を見回ってくれるそうだ。今は他の二人が村の外を警戒していて、ハンナとエドワードが村の中の見回りらしい。
屋台を出すためにやってきた行商人以外には村人しかいないのに、村の中の見回りがいるのだろうか。夜になったらお酒も入るから、羽目を外す人もいそうな気はする。でも昼間はさすがにそこまでではないはずだ。
「そうねぇ……たぶん、見回りじゃなくて話題作りなんだと思うわ」
「話題作り?」
ハンナの言葉にユキは首を傾げた。村の中を歩くことが、何の話題になるのか。横では、雑貨屋があそこで薬屋があそこ、とファウロがエドワードに村の作りを説明している。
「先に断っておくけど、馬鹿にするつもりはないのよ? ただ……この村って、日々の暮らしにほとんど変化がないでしょう?」
ハンナの言葉に頷く。村人は全員が知り合いだし、山奥だから、人が来ることも滅多にない。ここでしか取れない特産品があるわけでもなければ、シーカーが来るほど実入りのいい魔獣がいるわけでもない。魔獣の襲撃に関しては、用心棒のイケがいればほぼ問題ない。
ファウロの牧場で子羊が生まれれば、ちょっとしたニュースになるくらいだろうか。つまりはほとんど変化がない。
「だから、普段村にいないシーカーが歩いているだけで、ちょっとした変化になるのよ」
「……見せ物じゃないんだから……」
ユキは渋面を作った。不躾な視線を他人に向けるのは、いいことではない。
「あら、楽な仕事よ? 歩いてるだけでお金がもらえるんだもの」
にこにこと言ってのけるハンナに、ユキは口を噤むしかなかった。
それでもやっぱり、失礼なのには変わりない。まさかとは思うが、村長はちゃんと、そういった心配りまでしているだろうか。少し心配になる。
眉間に皴を寄せて悩み始めたユキを手招き、ハンナはファウロとエドワードを示した。エドワードが何事かを話し、ファウロがそれをきらきらした顔で聞き入っている。
「ああやって外の話を聞けるのも、いいことでしょ?」
「そう……かも、しれないです」
ユキには想像もつかないが、町の学校に行ってそのまま町で暮らす人もいたらしいし、シーカーになることだってできる。
でもそのきっかけは、外からもたらされない限り生まれないかもしれないのだ。部屋を換気する時のように、そういう新しい風を入れるために、村長がシーカーを頼んだのだとしたら、ただ悪いこととは言い切れないのかもしれない。
ファウロのきっかけが増えて良かったと表情を緩めたユキに、今度はエドワードが声をかけてきた。
「この前の、ごめんな。案内助かった、ありがとう」
謝られるようなことをされただろうか。思い当たらず首を傾げるユキに、エドワードはばつが悪そうに頭をかいた。
「村に来た時、子供が案内人? ってちょっと馬鹿にしちゃったから」
言わなきゃいいのに。
そう思ってから、ユキは苦笑した。言わなければ気が済まない人なのだろう。そういう姿勢には好感が持てて、ファウロの服の裾を引っ張る。気づいて少し屈んでくれた彼に、こそこそと耳打ちした。
「いい人っぽいね」
「そう、みたいだね」
二人で顔を見合わせてくすくす笑う子供たちに、エドワードはますます困った顔をした。
「ちょ、な、内緒話やめてくれ、不安になるだろ」
子供にすらからかわれているエドワードに、ハンナが少々人の悪い笑みを浮かべて近づく。ぽんぽんと肩を叩いて慰めるようなふりをして、あれは絶対に悪いことを考えている顔だ、とユキは思った。
「本当に失礼だったわよねぇ……これはもう、お詫びとしてお祭りの軍資金を渡すしかないわよね?」
こてんと同じ方向に首を傾げる子供二人の頭を撫でて、ハンナはそれはそれは人が良さそうな笑みを見せた。
これは深入りしてはいけない。
ユキとファウロは無言で頷き合った。
「ぐ、ぐんしきん?」
「何事にも誠意を見せるのが大事よね?」
エドワードが若干涙目になっているように、ユキには見えた。そしてなぜか、ユキとファウロは臨時のお小遣いを手に入れたのだった。
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