11 - パンはふわふわが正義
秋祭りの日はよく晴れていた。前日に雨が降り出していたので、少し心配していたのだが、地面がぐちゃぐちゃになる前に雨も上がり、今日は清々しい天気だ。
「おはようファウロ」
「ユキくん! おはよう!」
ユキはファウロ一家の牧場に朝から訪れた。どこで合流するかといった話を何もしていなかったのを思い出し、だったらファウロが家にいる間に訪問しようと、急いでやってきたのだ。
「朝ごはんもう食べた?」
ファウロに聞かれてちょっとだけ首を傾げ、頷く。この時間には、ユキとイケは身支度も済ませて朝食を終えているのが普通だったから、そんなことを聞かれるとは思わなかった。
「あ……もしかして、ごめん、早かった?」
気がついて、ファウロに謝る。ユキは村の暮らしをよく知らないが、もしかしたらまだ朝食の時間帯なのかもしれない。
合流することだけ考えて行動していた自分が、常になく浮かれていたことを、ユキはようやく自覚した。見送る時のイケの苦笑は、これのことだったに違いない。言ってくれればいいのに。
「ううん、大丈夫。中入りなよ」
招き入れられて、温かな室内に思わず吐息を漏らす。思っていたより体は冷えていたのかもしれない。
「いらっしゃい、ユキくん」
「おはようございます、リリーさん」
ファウロの母親、リリーに勧められて、そのまま家族の食卓にお邪魔してしまう。テーブルに載っているのは、香ばしくて美味しそうなパン、チーズ、サラダ、それからミルク。硬パンではない、あのふわふわのやつだ。
思わず目を輝かせたユキに、牧羊一家がにこにこと笑う。
「ユキくん、朝ごはん済んでるらしいけど……」
ちょっと笑いながらのファウロに、ユキは慌てて頷いた。これはファウロたちの朝ごはんで、ユキが食卓に招かれるのはちょっと厚かましい。ふわふわのパンに心が動いてしまったが、こんな時間に訪れたのも迷惑だっただろうし、きちんと待たなければ。
「あら、そうだったの? じゃあ入る分だけ食べて行ってね」
「えっ」
決意があっさりとかわされたようで、ユキはリリーを見上げた。にこにこと笑顔を浮かべたまま、ユキの前にてきぱきと料理を用意してくれる。もちろんユキの朝食が済んでいるということもあって量は控えめだが、チーズもサラダも、そしてふわふわのパンは一つならず二つも。
「えっ、あの、えっと」
「今日はお祭りだもの。しっかり腹ごしらえしていかなくちゃね」
ファウロの父親のフォートもにこにこしながら、ユキの前にミルクの入ったコップを置いてくれる。
「喉が渇いてもいけないからね、飲んでいきなさい」
夫婦からの歓待にユキは戸惑った。
お約束のように本人は知らないものだが、礼儀正しく、また進んで手伝いをしてくれ、かといって対価を求めるわけでもないユキに対し、一家の好意は天元突破しているのである。
隙あらば甘やかしたいと思われていた。
「えと……ありがとう、ございます? いただきます」
もらえるならもらっちゃおうかな、とユキはお相伴に預かることにした。なかなか食べられないふわふわのパンの誘惑に負けたわけではない。ご夫妻が是非にと勧めてくれるものをお断りするのは、悪いかなと思ったのだ。決してふわふわのパンのためではない。大事なことなので二回言っておく。
パンの食感に幸せそうな笑みを浮かべるユキに、ファウロは苦笑した。
「ユキくんは、何持ってきたの?」
村の秋祭りは、収穫と山の恵みに感謝するものだ。朝から徐々に神さまに捧げるものを持ち寄って、集められたもので村の女性たちが昼食を拵える。神さまにそれを捧げた後、村人たちで分け合って食べ、夜には大きな火を焚いて、次の一年に向けた願い事をする。大まかにはそんな流れだ。
ファウロたちは羊を一頭捧げることにしているという。ユキは自分で獲ってきた山兎を持ってきていた。
「山兎、一頭だけだけど……」
「すごいね!」
ファウロは猟師ではないから、例え一頭でも、魔獣を狩れるユキを褒めてくれた。ちょっとくすぐったくて曖昧に笑い、ユキは別の話を口にする。
「イケは、今年も何もしないって」
今年もというか、毎年イケは秋祭りには参加しない。獲物を持ち寄ることもしないし、昼食に参加することもしないし、願い事をすることもない。ユキが下りることを止めはしないが、積極的に村に関わるつもりはないようだった。
「そっかー」
村人の方も、イケに悪感情もなければ好感情もないといったところだ。交流が深いのも、村長やウォレス、ユキにまとわりつくターニャくらいだろう。村の周りの魔獣を倒してくれている、というのは知られているらしく、その点は感謝されている、らしい。
これまた何となく聞いただけの話なので、確かなことではないのだが。
「まぁ、人によって信じるものが違っても、おかしくないからね」
フォートの穏やかな声に、ユキはまた曖昧に笑うしかなかった。
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