10 - シーカー四人組

「……村長さん、悪い人じゃないんだけどなー……」


 麓への道が見渡せる太めの木の枝に座って、ユキは言い訳のように呟いた。

 ちなみに、先日のクラウディオの話を伝えたところ、イケは激怒した。それはもう怖かった。今すぐ村へ乗り込んで凄惨な行為を働きそうなくらい怖かったので、何とか押しとどめた。今年中はずっとイケの言いつけを破らないし、危ないことはしないし、大人しく、いい子に、それはもういい子にしますと必死で交換条件を持ち出し、怒りは収まらないながらも実力行使はやめてもらった。本当に怖かった。


 今日は秋祭りの五日前、シーカーたちが山に上がってくるという日である。

 あの後シーカーのギルドというものと何度かやり取りして、山の中腹辺りから案内人を付けるという条件で落ちついたと、クラウディオが教えてくれた。こちらの都合を無視して何が落ちついたのだと、それにもイケは怒っていたが、ユキはもうどうでもよかった。イケの実力行使をやめさせる方にすっかり力を使い果たし、疲れきっていたからだ。

 イケを怒らせるのだけは、本当にやめてほしい。


 ため息をついて首を振り、先日からの悩み事を頭から追い払う。今はシーカーの人たちを無事に村まで送り届けることを考えるべきだ。

 水筒、ナイフ、基本の薬類、と持ち物を確認し、教えられたシーカーの情報を思い出す。

 彼らは四人で行動していて、男性が三人、女性が一人。戦闘能力はあるし、村人よりずっと体力があるから、今日中に村まで辿りつけるはず。ちょっとした食料や道具も自前で持ってきているはずだから、ユキが何か用意したりする必要はなく、あくまで、村まで迷わないように手助けするだけだ。


 よし、大丈夫。


 初めての頼み事に少々緊張しつつ、ユキはシーカーたちが現れるのを待っていた。

 が、おかしいなと空を見上げた。

 朝方麓を出発したなら、いい加減この辺りに差し掛かっているはずだ。シーカーというのは体力勝負の仕事と聞いたし、何ならもっと早く姿を見せていてもいいはずだ。

 鼻にしわを寄せるようにしてから、ユキは辺りの気配を探知する範囲を広げた。引っかかった大きな塊の方へ、枝を飛び降りて走る。

 目的地に走りながら、目当ての植物を探して視線をさまよわせる。運良く群生していた箇所から何本か引っこ抜き、風下に回って採取した草に火をつける。持っていた袋からも同じ草を取り出して、火の中に放り込んだ。


「なっ、煙……!?」

「落ちついて! これたぶん……魔獣除けよ!」


 うるさいくらいの魔獣の羽音の中から、人の声がする。大山蜂の群れに襲われていたのか、と思わず顔をしかめた。

 周りに火が燃え広がらないように注意しながら、魔獣除けの煙が絶えないように管理して、羽音が聞こえなくなるまで待つ。イケだったら退治してあげられたかもしれないが、山歩き用のナイフしか持たないユキでは、魔獣除けの煙を焚くのが精いっぱいだ。


「もう……いなくなったか?」


 男性の声にユキも用心深く耳を澄ませ、大山蜂の羽音がしないことを確認した。水筒の水をかけて火を消し、周りの土を掘り返してかぶせてから、そっとシーカーと思われる四人組の視界に映るように移動する。


「シーカーの人、ですか?」


 瞬間的に向けられた殺気に身を強張らせるが、両手を上げて何も持っていないことを示しておく。敵対されても困る。ユキの仕事は、彼らを無事に村まで連れて行くことだ。


「はじめまして、ユキです。シーカーの人を村まで連れて行くように言われて来ました」

「子供……?」


 こちらの姿を確認できたのか、殺気がなくなる。煙が薄れて、ようやくユキも四人を視認することができた。地面に蹲るようにしている一人を三人が囲んでいる様子が見えて、また顔をしかめそうになるのを何とか堪える。

 まさかこの辺りに大山蜂が出るとは思っていなかったから、毒消しまでは用意していない。急いで袋の中の薬草を確かめながら、違ってくれと思いつつ確認する。


「大山蜂に、刺されましたか?」

「え、ええ、彼が……」


 戸惑いからいち早く脱出したらしい女性が答えてくれる。

 やっぱり刺されたのか。


「すみません、毒消しまでは持ってこなかったんです」


 目当ての薬草が無事に袋の中にあったことに安堵しながら、説明しつつ女性に手渡す。


「これ、イソラっていう薬草です。効果は高くないけど、そのまま噛んでも毒消しになるので、その人にあげてください」


 本当に応急処置にしかならないから、早く村に連れて行って、サリノに診てもらった方がいい。二人ともイケほど背が高くないけど、男性が二人いれば、怪我人一人くらいは運べる、と思う。


「ま、待ってくれ、君が案内人なのか?」


 ユキはとっさに言葉が出ず、押し黙った。

 また大山蜂が戻ってくるかもしれないし、毒を受けている人はいるし、この場を立ち去ることが最優先、のはずだ。とはいえ、魔獣に襲われて怪我人もいる中、子供に案内しますと言われても、不安になる気持ちも理解はできる。ユキは戦力にはならない。

 どう返すべきかユキが戸惑っていると、大山蜂の毒で顔色が悪くなっている男性にイソラを含ませていた女性が、立ち上がって詰め寄った。


「最優先は何!? 移動することでしょ!」


 わぁ強い。


 詰め寄られた男性とユキがぱちぱちと瞬きをしている間に、もう一人の男性が怪我人を背負っていた。


「ハンナ、エド、落ちつけ。今は……えーっと」

「ユキです」


 こちらを見ていることに気がつき、もう一度名乗っておく。

 頷いた彼が、背中の男性を揺らさないように歩いているのもわかった。激しく動かしたりすると、体に毒が回るのも早くなってしまう。


「俺はジェラルド。あっちの男がエドワード、女がハンナ、背中のがニコルだ。村まで案内を頼む。それから、歩きながらで構わない。イソラで村まで保つのか教えてほしい」


 一度にたくさん与えられた情報に目を丸くしながらも、彼らを案内すべくユキは山道へと歩き始めた。

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