07 - 魔獣退治から掃除まで

 猪鍋を食べて大満足したユキは、晩ごはんの片付けもせずに寝てしまった。翌朝慌てて謝ったのだが、イケの方には特に気にした様子もなくてほっとした。

 孤児を拾って世話をしてくれる人のことを、育ての親と言うらしいのだが、ユキの育ての親のイケは、大体のことにおいて優しい。血の繋がりのある方は生みの親と呼ぶらしいが、ユキはそちらをあまり意識したことがなかった。顔も知らないし、会ったこともない人をどう評価するものなのかよくわからない。


 友だちのファウロの生みの親を見ていても、育ての親と生みの親でどう違うのかよくわからなかった。


「あ、ユキくん」

「こんにちは、ファウロ」


 ファウロは一家で牧羊を営んでいる家の子だ。ユキほど山の中をふらふらとうろついているわけではないが、羊を放牧しているだけあって、少なくとも村の他の子よりは山の中に詳しい。ユキも一緒になって羊を放すところを探したり、羊を目当てに寄ってくる魔獣を追い払うのを手伝ったりして、仲良くなったのだった。


「いらっしゃい、ユキくん」

「フォートさんも、こんにちは」


 ファウロの父親のフォートは、ユキが手伝うのを歓迎してくれる。たまにそれでお裾分けとして羊毛をくれたりするので、申し訳ないとも思いつつ、ありがたくお世話になることにしている。冬に向けて、寒さに備えられる羊毛はとてもありがたい。


「今日も手伝ってくれるなら、助かるよ」

「はい!」


 実のところ、鋼牙猪やコボルトが狩られて、他の魔獣たちがどういう動きをするか心配で見に来たのだ。せっかく育てている羊が秋祭り前にやられたら、一家としても困るだろう。


 ファウロとともに放牧を始めたユキは、辺りの気配を念入りに探り、近寄ってくる魔獣はいなさそうだと安堵した。


「ユキくんは、お祭り来るの?」


 ファウロに話しかけられて、ユキは少し考え込んだ。

 取り立てて来たいわけでもなし、死ぬほど来たくないわけでもなし。有り体に言ってしまえば、ほとんど興味がない。村の人たちはうきうきするらしいが、普段と違うな、という感想しかユキは持ったことがなかった。


「お祭りに来たら、ファウロと遊べる?」


 いいことと言えば、お祭りの日は村の子たちも仕事をしなくていいから、ファウロと一日遊べることだろうか。今も羊が変なところへ行ってしまわないように、適度に群れをコントロールしながらの会話だ。羊を構いながらでも不満はないが、他のことを気にせず一緒に遊べたら、もっと楽しいだろうと思う。


「もちろん! ユキくんも一緒に屋台回ろうよ、楽しいよ!」


 ファウロも嬉しそうに笑ってくれて、ユキはふわりと頬を緩めた。友だちが喜んでくれるのは嬉しい。

 ユキはあまり把握していなかったが、お祭りの日には村の外から行商人というものが来て、普段村では売っていないような品物を売ったり、食べ物の屋台を出してくれたりするらしい。もちろんウォレスの雑貨屋も屋台を出して、的当てという遊びができるそうだ。

 そういえば秋祭りの日は知らない人が村にいたな、とようやく思い出すユキの様子に、ファウロも少し呆れ顔である。


「あとね、今年は念のため、町からシーカーの人たちも来るんだって」

「しーかー?」


 聞き慣れない単語に、首を傾げる。イケから教わったような、教わってないような。でも記憶にないから、聞いたことがあろうがなかろうが意味がない。


「依頼を請け負って、魔獣退治とか、探しものとかしてくれる人たちのこと、シーカーって言うんだよ」


 ふぅん、とユキは曖昧な返事をした。

 用心棒と何が違うのかわからない。探しものをするところだろうか。イケは魔獣退治がメインだし。

 ユキがシーカーと用心棒の違いについて考えていることも特に構わず、ファウロは話を続ける。


「この前コボルトが出たでしょ? 何かあっても困るから、シーカーの人を呼んで、念のため村の周りを掃除? してもらうんだって」

「シーカーの人って、掃除もしてくれるの?」

「うーん、僕は聞いたことないけど、大人が掃除してもらうって言ってたよ」


 魔獣退治から掃除まで、シーカーの仕事とはずいぶん幅広いものらしい。コボルトと掃除はあまり関係なさそうに思えるが、綺麗にしていると魔獣が出にくいのかもしれない。家に帰ったら、普段より念入りに掃除をしてみようか。


 シーカーって大変なんだねぇと、ややずれた結論に落ちついた二人は、そろそろ戻ろうと羊を追い立て始める。暗くなる前に戻らないと、山は危険だ。


「そういえば、お祭りっていつ?」


 逸れそうになる羊を誘導し、囲いに戻しながらファウロに尋ねる。日付を合わせて下りてこないといけないし、あれこれ用事も済ませておきたい。


「十日後だよ」


 ファウロたちの家からすっ飛んできて見張りの姿勢になった犬たちを撫で、羊の世話を交代する。囲いを閉じてしまえば、後は牧羊犬たちに任せておいて大丈夫だ。


「わかった」


 それまでに一回狩りをして、山菜や木の実を集めておいて、そうだ、服も点検しておかないと。

 頭の中で算段をしていたユキは、方向転換した先に立っていた人物に気づかず、むぎゅっとぶつかってしまった。体格差もあってそのまま後ろに転がってしまう。


「ユキくん!? 大丈夫かい!?」


 フォートだった。息子と二人であわあわしている彼に大丈夫と立ち上がって、服に着いた土を払う。彼らは牛の獣人だけあって、体格がいい。ファウロも、ユキより少し年上というくらいなのに、体は一回りも二回りも大きいのだ。


「ごめんなさい。気づかなくて」

「いやいや、私もちょっと思い出さないといけないことがあって……あ、そう、あのね、村長さんが、家に来てほしいと言っていたんだ」


 何かユキに伝言を頼まれていたような、でも何だったっけと考えていたら、気づかずぶつかったらしい。

 思い出せてよかったと言っていいのか、微妙な空気に三人で曖昧に笑い、明後日顔を出すと村長に伝えてくれるよう、フォートを伝書鳩扱いしたユキだった。

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