06 - 頬より腹を膨らませたい
「……量は指定した方が良かっただろうな」
「こんな、に、くれる、なんて、思っ、て、なかった、から」
大荷物を背負って、ユキは懸命に足を動かしていた。だいぶ息が上がっている。イケが心配そうにこちらを見ているのは知っているが、半ばヤケで歩いていた。
「……持とうか?」
「がんばる、のっ!」
ふんす、と気合を入れて荷物を背負い直す。頼りたい気持ちとやり遂げたい気持ちで揺れる男の子心である。
鋼牙猪とコボルトの話を聞いたカサドルは、少し迷った後、ユキに教えられた鋼牙猪を無事に仕留めたらしい。その後急いで村に戻り、鋼牙猪を持ち帰る手伝いを村人たちに頼んでから、村長にコボルトの件を伝えた。コボルトのことを知った村長は、慌ててイケの元に退治を依頼に来たが、家にいたのはユキだけだった。すでにイケは退治に向かっており、無事に討伐して周辺に別のコボルトがいないことも確かめてから、悠々と家に帰ってきたら肩透かしを食らったような村長と対面した、というのが事の顛末だ。
コボルトを退治したことをきちんと用心棒の仕事として認めてもらうため、イケは一度村に向かうことになった。カサドルが村に戻っていることを聞いたユキも、約束した肉と素材を分けてもらおうと、同行することにした。
そうしてイケが村長と何やら難しい話をしている間に、カサドルのところに向かったのだが、鋼牙猪を狩れたことの感謝と、危険を顧みずコボルトの偵察をした勇気への感動が極まったらしく、ユキが思っていた以上のお裾分けを頂いてしまったのだ。
鋼牙猪を見つけたのはたまたまだし、コボルトの偵察に関して、ユキは全く危険を感じていなかったので、何だか申し訳なかった。こんなに持てないしちょびっとでいいよ、と固辞したのだが、それがますます拍車をかけてしまったらしい。感謝されるのは嬉しいが、感謝の表れが重たかった。何とか鋼牙猪の半分以上の肉をもらう事態は回避したのだが、ユキが持て余すほどの量の肉と、素材にあたる牙に至っては二本ともくれた。
なかなか戻らないユキを心配してイケが迎えに来てくれたのだが、彼も絶句していたので、おそらくこの量は尋常ではない。ちなみに肉はイケが持ってくれた。
「カサドル、さん、いい人、だけど……ちょっと、お人よし、かも」
「……悪いことじゃない」
とうとう足が止まってしまったユキの背中から、牙が一本奪い取られた。
「あー」
抗議するように声を上げるが、ユキより遥かに重い荷物を持っているはずのイケに、ちっとも疲れたところは見られない。
「何ならユキも運ぼうか」
からかってくる余裕さえあるらしい。
「やだ!」
むくれて言い返し、これ以上奪われまいとイケから逃げるように歩き出す。一本持ってもらって楽になったのも本当で、ちょっと悔しい。大人と子供だから差があるのは当然で、なおかつイケはどんな魔獣でも倒せるような強い人だから、体力とか腕力とか敵うわけがないのはわかるけど、それにしたって何だか理不尽だ。
膨れっ面で牙一本を懸命に運んでいるユキは、見守るイケの表情がとてつもなく優しいことには気づかない。
「ユキ」
「なぁにっ」
それでも呼ばれれば返事をしてしまう辺り、まだまだ素直で可愛い子供だと思われてしまうことにも思い至らない。大人への道は結構険しいものなのだ。
「晩飯は、猪鍋にしようか」
くりんと向きを変えて、イケを見上げる顔にはもう不機嫌の影はどこにもない。
「……する!」
頬を膨らませるより腹を膨らませたいお年頃である。
久しぶりに美味しいお肉が食べられる、と足取りも軽くなったユキに、イケは忍び笑いを漏らした。現金とも言えるが、あっさり釣られてくれるのは、世話をしている方からしてみれば助かることでもある。
どちらが世話をしているのかわからない時もあるが、と日頃のユキの甲斐甲斐しさを思い出し、うきうきと家路を急ぐ背中を見つめる。
少なくとも今はこちらが保護者だな、と、イケは急かすユキの声に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます