05 - 猪とコボルトと

 翌日、ユキは一人で出かけることに成功した。まだ安静にさせようとするイケの手から何とか逃げ延び、山中に仕掛けた罠を見回ることにしたのだ。何でも一人でできるほど大人になってはいないが、何でもお世話をしてもらうほど子供でもない。


 難しいお年頃なんだから、とユキは独り言ちた。


 山菜を採りに向かった場所とは違って、この辺りは茂みが多い。よく利用するような場所であれば、ある程度下生えは刈るようにしているのだが、全ての場所に手が回りきるわけではない。本格的に冬が来る前にもう一度手を入れておこうか、と計画を立てようとして、ユキは足を止めた。

 ひょいひょいと木の上に登ってから、感じた気配を吟味する。二つが魔獣、一つが村人だろうか。村人の動きをしばらく追って、これは誘導した方が良さそうだとそちらに向かう。

 イケだったら放っておくかもしれないが、ユキは基本的には村の人たちが好きだ。危ない目に遭いそうだったら、助けてあげたいと思う。


「カサドルさん」

「うわっ!? あ、ああ、ユキくん?」


 驚かせてしまった。

 魔獣を刺激しないように気配を殺していたし、木の上から話しかけられれば普通は驚くか、とようやく気付いてから、ユキは地面に降り立った。地面を走るより木の枝を渡っていった方が速いと思って、ついそのまま来てしまった。


「こんにちは」

「あ、ああ……」


 カサドルは雑貨屋のウォレスの息子で、イケよりもまだ若いが、村では実力が見込まれた猟師だ。すでに成人しているものの、まだなり立てだから子供っぽいところもある。秋祭り向けの獲物を探しているのかもな、と思いながら、ユキは山の下方を指さした。


「あっちに獲物がいますよ」


 村の猟師を見かけたら、ユキはたまに獲物の位置を教えるようにしている。彼らが獲物を探して歩き回って、薬師サリノの息子のように魔獣に襲われて命を落とす、なんてことになってほしくないからだ。

 ただの親切心だけではなくて、その辺りを荒らされたくないだとか、ユキが狙う獲物から目を逸らさせる、とかいった打算もなくはない。


「本当か!?」


 カサドルの目の色が変わった。ここから下の方にいる鋼牙猪は強い魔獣だが、頭を使えば狩れない獲物ではない。経験の浅い彼のような猟師でも、十分獲れるはずだ。それに、成果として申し分ないはず。


「……お肉、くれます?」


 逸る若者をじっと見つめる。別にタダで情報を与えてもいいのだが、それでは搾取されるだけだろうとイケに怒られたのだ。それ以来、一応対価を要求することにしている。カサドルとは何度かこうしたやり取りをしているし、向こうも断りはしないはずだった。


「わかった、毛皮……はいらないだろうから、それ以外の素材も付ける」


 ええっと、それだともらいすぎのような。

 少し考えてから、ユキはゆっくりと二つの方向を示した。


「こっちの、下の方……ええっと、リーツの沢の向こうくらいに、鋼牙猪がいます。それから、あっちにコボルトが何匹かいるから、見てきます」


 鋼牙猪の牙もくれるなら、危険な魔獣を偵察してくるくらいはしてもいい。

 そう思った申し出だったのだが、カサドルの反応はユキの想定とは違っていた。


「待ってくれ、コボルト?」


 そのまま身を翻して向かおうとしていたユキは、少しバランスを崩しながら立ち止まった。


「コボルトがいるのか?」


 思ってもみなかった真剣な顔に、ユキは面食らった。戸惑いのまま何度か瞬きをして、質問を思い出して頷く。こんなに切羽詰まった様子で呼び止められるとは考えてもいなかったので、何かまずいことでも言っただろうかと気を揉んでしまう。

 だからカサドルが近づいてきて力強く肩に手を置いてきた時、びくりと肩が跳ねてしまった。


「そんな魔獣に近づいちゃダメだ! 危ないだろう!」


 ふえ、と間抜けな声を漏らしそうになって、慌てて顔を引き締める。

 集まっているコボルトは二、三匹程度だから、様子を窺う分には問題ないと思うのだが、村で把握している群れなのだろうか。巣まで作っているようなら、確かにユキがふらふらと見に行くのは危ない。


「巣があるからですか?」


 ユキの質問に、カサドルがぎょっとした顔をする。


「巣まであるのか!?」


 いやいや、村でそこまで把握しているはずでは?


 何かおかしいな。


 眉間にしわを寄せて少し考え、ユキはようやく結論に辿りついた。


「カサドルさん、僕を心配してくれたんだ」

「……へあ?」


 今度は面食らった顔だ。表情のよく変わる人だなと場にそぐわない感想を持って、ユキはカサドルに笑みを向けた。


「大丈夫です、見てくるだけ。危ないと思ったらイケに知らせるから」


 優しくていい人だ。にこにこと肩のカサドルの手を外し、鋼牙猪の方に体の向きを変えさせて、ぽんと背中を押してやった。


「ちょっ、ユキくん!?」

「お肉と牙、待ってるね」


 また木の上によじ登って、風上にならないよう注意しながら、先ほど見つけた気配を追う。巣まで作っている大きな群れだったら、偵察隊のコボルトはもう少し数がいるはずだ。二、三匹が集まっているくらいなら、まだ巣を作る前で、手頃な場所を探している頃合いだろう。それだったら、巣を作り出す前に殲滅してしまった方がいい。

 実際に目で見て確かめて、それからイケに知らせて、村は最後でいいだろう。村での魔獣退治といっても、実際に駆り出されるのはイケだから。


 どこかで聞いたのか何だったのか忘れたが、イケは村の用心棒というものにあたるらしい。普段から村と深く関わっているわけではないものの、村の施設を使わせてもらったり、物を融通できたりするのは、用心棒として役目を果たしているからなのだそうだ。人が棒なのかと不思議に思ったものだが、とにかく、用心棒というのはこうして魔獣が出た時に退治したり、山賊なんかが出た時に退治したりするらしい。

 そういえば、山賊というのも見たことがない。


 魔獣と山賊は別物なのか、などと呑気に考えながら、ユキはコボルトが見える位置に辿りついた。

 推測通り、コボルトは三匹だけで、巣を持っているようには見えない。それぞれ手に持っている武器は棍棒だから、まだ人が襲われたこともないはずだ。コボルトが人を襲うと、その武器を奪って装備するらしい。

 倒せそうな気もするけど、許可がないのに戦ったらイケにものすごく怒られる。

 少し悩んで、ユキはその場を後にした。言いつけを破るのは簡単だが、その後もう一度信頼を得るのは難しい。コボルトに気づかれないよう、刺激しないよう注意しながら、山の上の方にある家に向かう。


 抱っこによる拘束が意外と堪えていたユキだった。

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