08 - 手袋は計画的に

 外で作業をした方が気持ちよさそうな気もしたが、思った以上の空気の冷たさに早々と家の中に引っ込んで、ユキは黙々と編針を動かしていた。

 ユキは編み物が得意なわけではない。料理もそうだが、必要に応じてやっているうちに、ある程度のことができるようになった、という程度に過ぎない。だから、料理なら村の誰々さん、編み物なら別の誰々さん、と自分より上手な人はいくらでも挙げられる。

 それでも、イケと二人で山の上に住んでいるからには、やらないわけにいかないのだ。


「うーん……?」


 もう一段そのまま編むんだっけ、減らすんだっけ。

 ウォレスやフォート家がお裾分けしてくれた毛糸を木の実で染めて、イケのために黒い手袋を編んでいる最中である。セーターを作るには量が心もとなく、山の中を動き回るユキやイケにはマフラーは邪魔だ。もらった毛糸を使わないのももったいないし、手袋なら普段使いできるだろうと作り始めたのだが、行き当たりばったりで始めたせいで、編み目の数が度々わからなくなる。

 ユキの大雑把な性格がここでも自己主張しているのだが、本人が気づくものでもない。


 手を止めて首を傾げ、ユキは編み途中の手袋を持って外に出た。外には、ユキが家にいるならと、今日は見回りをやめて薪割りをしているイケがいる。


「イケ」


 乾いた音を立てて木片が綺麗に割れたのを見計らって、ユキは少し離れたところから声をかけた。手斧を振っている途中で声をかけたら、イケの手元が狂うかもしれないし、そもそも聞こえないかもしれない。

 振り向いたイケは、薪割りのせいか少し汗をかいていた。


「どうした」


 傍に置いていたタオルを手に取って、汗を拭きながらイケが近づいてくる。積み上げられている薪は、冬を越すには今少し量が必要だろう。


「手、出して」


 不思議そうな顔だが、そのまま左手を出してくれる。信頼の証のように思えて、ユキは少し嬉しくなった。戦う人はそう簡単に利き手を他人に委ねたりしないと、以前イケが教えてくれたことがある。

 編んでいた手袋をそのままイケの手に合わせて、様子を見る。ここは目を減らさずにもう少し伸ばした方が良さそうだ。


「ユキの分は作ったのか」

「イケの方が、大きいんだもん」


 先にユキの分を作ったとして、イケの手袋を作れるだけの毛糸が残るのか、自信がなかった。だから先にイケの手袋を作って、ユキの分が足りなければ、使わない毛糸の小物なり何なりを解くつもりでいる。色合いがおかしなことになっても、自分のだったら気にならない。


「わっ」


 指がこれくらいで、とイケの手を目測で測っていると、ふいに体が持ち上げられた。そのままイケの腕の中に収められたので、抱っこされたのだとわかる。手の大きさを確かめるのに夢中過ぎて、前触れにも全く気づかなかった。


「冷えるぞ」


 中に戻ろうと促されて、家の方に振り返って自分の失態に気づく。

 編み途中で歩いてきたから、引っ張られた毛糸が道しるべのようになっている。恥ずかしい。


「どこにいたのか、すぐにわかるな」

「笑わないでよ……」


 からかうような口調だが、もうほとんど笑っているようなものだ。居たたまれずにぺちぺち叩くが、イケにとっては痛くも痒くもないだろう。


 過たず元の椅子に下ろされて、せめてもの抗議に頬を膨らませる。


「少し待っていてくれ。外を片付けてくる」

「はぁい」


 ふてくされた返事をすると、苦笑してぽんぽんと頭を撫でられた。


 子供扱いして! 子供だけど!


 むぅぅと口を尖らせ、先ほど測った感覚で編針を動かす。イケが外に行って戻ってくるまでの時間では、大した進み具合にはならないだろうが、ちょっとでも驚かせたい。

 そういえば、指先まで覆うのではなくて、指先は出ている形の方がいいだろうか。戻ってきたら聞いてみよう。

 少し機嫌を損ねたとしても、すぐに気持ちを立て直せるのは、ユキの美徳である。


「もう手はいらないか?」


 戻ってきたイケが近くの椅子に座り、湯気を立てるコップを机に置いた。ユキの分と、自分の分だ。中身はただのお茶だが、外に出て冷えた体には温かい飲み物は美味しい。


「もうちょっと……貸してほしい……」


 編み物の方に夢中になりながらのユキに頷き、イケはそのまま待つ姿勢になった。薪割りも特段急いでやらなければいけないことではないし、ユキがやる気になっているなら、それを好きにさせておいて構わない。

 するすると毛糸の擦れる音を聞きながら、のんびりとお茶を口に含む。


「あ、イケ、指出てた方がいい?」

「……その方が、作業がしやすいだろうな」


 ふんふん頷いて指の部分を編み上げ、またイケの手に合わせて確かめる。きつすぎても緩すぎても使いにくいから、いい塩梅というのが大事だ。


 適当な長さで毛糸を切り、綺麗に最後の始末をして、あちこち点検して完成の喜びを一通り味わってから、ユキはイケに手袋を渡した。


「つけてみて!」

「ああ」


 イケの大きな手に手袋がはめられていくのを見て、ちょうどいいでしょうそうでしょうとにこにこしてしまう。今まで作ってきた編み物の中では、会心の出来栄えだ。

 手袋をつけた手を何度か開いたり閉じたりして、イケはユキの頭をぽんぽんと撫でた。これは満足してもらえた印。


「……春になったら、狩りに行ってみるか」


 柔らかいイケの表情に何度か瞬きしてから、意味を理解してユキは目を見開いた。


「連れてってくれるの!?」


 今までは罠を使った猟しか認めてもらえなかったから、ユキは小さな魔獣くらいしか獲れなかった。狩りに行くということは、つまりだ。大型の魔獣と戦ったり、もしかしたらゴブリンのような、賢い魔獣とも戦ったりさせてくれるのかもしれない。


「まずは戦い方を覚えてから、な」

「やったー!」


 椅子から飛び降りてイケに抱きつき、ユキは喜びを露わにした。危険には慎重なところのあるユキも、魔獣を狩ったり倒したりする大人に憧れる気持ちはあるのだ。

 落ちつけと撫でてくれるイケに苦笑されつつ、ユキは彼を質問攻めにしたのだった。

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