03 - それは君のことが

「その、何というか、災難だったね」

「……はい」


 一通りユキとターニャの話を聞いて、手当てをしながらのウォレスの言葉に、ユキは何とも言えずそれだけ返した。避けたらターニャに当たるかもしれない、と自分が盾になることを選んだのだが、もしかして叩き落とせば問題なかったかも、と今さら気づいたのだ。

 そうすればこんな怪我をすることもなかった、と一人反省会状態なのだが、庇われたことも知らなければ、飛んでくる石をユキが難なく叩き落とせることも知らないターニャは、トニオたちの振る舞いに対して怒りを露わにしていた。


「人に対して石を投げるなんて、本当にありえない!」


 ぷりぷりしながら部屋の中を歩き回っている。手当てができるわけでもなく、かといって他にやることもなく、それでいて怒りが沸き上がっているから、歩くことで紛らわせているのだろう。

 ウォレスはそんなターニャに苦笑しつつも、ユキの頭に包帯を巻きながらため息をつく。


「いくら何でも、これはね」


 彼はトニオの思いを知っていて、なおかつ村長の息子として少し我儘に育っているのもわかっていて、どうしたものかと頭を悩ませている大人の一人だ。彼の子供はすでに、年齢としては大人の仲間入りを迎えているから、こうした騒動に巻き込まれることはほぼない。

 ちょうどユキが薬師のサリノからもらっていた傷薬をつけて、清潔な布を当てて包帯を巻いて、と、ウォレスの手際は悪くなかった。すでに血は止まっている。額の怪我は、見た目が派手なだけなのだ。


「ふらふらするとか、気持ち悪いとか、具合は悪くないかい?」

「大丈夫です。手当てしてもらって、ありがとうございます」


 ぺこりとユキが頭を下げると、ウォレスは再び苦笑した。ユキの頭をそっと撫でてから、袋を渡してくれる。


「今日は何を持ってきてくれたのかな。ついでだから、ここでやってしまおう」


 額に血を流した状態で店に現れたユキを、ウォレスは慌てて裏の自宅へ招き入れてくれた。その時店番を妻のシリルに任せていたから、雑貨屋としては困らないのだろう。わざわざまた店に戻るのはユキとしても億劫だったし、ウォレスの気遣いはありがたい。

 血みどろでお店に行くのはさすがに良くなかった、とこれも反省するユキだった。


「山鼠と山兎の毛皮、山狼の牙です」


 肉は冬ごもり用に加工して保存してあるから、雑貨屋に卸すのはユキたちが使わないところばかりだ。山狼の毛皮も使いはしないのだが、ユキが持ってくるにはかさばって重いので、イケが村に来る時に任せるつもりだった。

 小さめの魔獣の毛皮と、中型の魔獣の牙とか角とか、ユキが持ち運べるのはそこまでだ。


「いつ見ても思うけど、綺麗に解体してあるね」

「ありがとうございます」


 慣れない人が魔獣を解体すると、商品価値が落ちるらしい。ユキも最初の頃は散々だったが、イケに教わって回数を重ねるうちに、ウォレスのような商人にも褒めてもらえる腕前になっていた。


「えーっと、今日は何がいるのかな?」


 普通はそのままお金と引き換えるらしいのだが、山の中に住むユキたちにとっては、金銭より物の方が必要だ。そういうわけで、持ってきた魔獣の素材の代金のうちから、ウォレスの店の品物を購入して、残りをお金でもらうことになっている。


「冬ごもりに備えたいので、塩をちょっと多めにと、あと新しい鍋がほしいです。それ以外は、食料をいつも通りかなぁ……」


 無制限に購入するわけにもいかない。ユキが持って帰れる範囲の荷物に留める必要がある。本当は布も買いたいけど、そこまで買ったら絶対重たい。食料の方が大事。


「わかった。入れてきてあげるから、ここで待っていなさい」


 ウォレスの気遣いに再びぺこりと頭を下げて、ユキは大人しく椅子に座っていた。ターニャも徐々に落ちついてきたのか、空いていた椅子に腰かけている。


「ユキ、本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ。ありがとう、ターニャ」


 さすがに触ったらじくじくするが、そんなに痛いわけでもない。包帯はちょっと大げさな気もするものの、他に薬のついた布を押さえておく方法もないから、仕方ないだろう。

 見たらイケがものすごく怒りそうな気がする、と、ユキは怪我以外のことで気が重かった。


「トニオったら、何でこんなことするのかしら」


 君が好きだからだよ。

 とはもちろん言えなくて、ユキは曖昧に肩を竦めた。人の恋路に首を突っ込むと、馬に蹴られるらしい。馬を見たことがないけれど、牛をもうちょっとほっそりさせて、首を長くした生き物らしいので、蹴られたら痛いだろうなとは思った。


「来年からは、学校に行くんでしょ?」


 本当の理由は口に出せないから、別の話題に流しておく。村の子は何歳かになったら山を下りて、町の学校に行くらしい、と聞いたことがある。

 それが何歳からなのか知らないし、自分が行くものとも思っていないところが、ユキの大雑把さではある。


「あたしとトニオ一味とファウロが行く予定。ファウロじゃあいつらを止められないから……あたしが頑張るしかないわ」

「……大変そうだね」


 好きな子から一味呼ばわりかぁ。

 この村の村長は、別に代々受け継がれるものでもないのだが、トニオはどうやら、自分が次の村長だと信じて疑っていない節がある。どういう理屈なのか、ユキは知らない。

 トニオのお仲間辺りはそれでトニオを持ち上げて、ちょっとしたおこぼれに預かっていたり幅を利かせたりしているようだが、それも村民たちの悩みの種であるらしかった。子供の喧嘩に親が出るわけにもいかないし、かといってトニオにがつんと言える同年代の子供が、ターニャくらいしかいない。そのターニャに怒られると、トニオはますます意固地になる。悪循環再びである。


 ユキは彼らより少し年下ではあるが、トニオにあれこれ言って聞かせる気はない。正直なところ面倒くさい。ユキは礼儀正しくてしっかりしているから、などと勝手に期待する大人も面倒くさい。そっちのことはそっちでやってくれ、と思っていた。


「ユキも一緒に行けたらよかったのに」

「……僕、トニオと一緒はちょっとやだなぁ」


 正直な気持ちを苦笑いとともに漏らすと、ターニャも曖昧に微笑んだ。


「お待たせ、持ってきたよ」


 戻ってきたウォレスから袋を受け取り、ユキはお礼を言って雑貨屋を後にした。

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